第10話 とんこつ求めて一歩の勇気
「とんこつラーメン♪ とんこつラーメン♪」
昼休みのチャイムを聞くと自然と鼻歌が出ていた。俺の体はどうなってしまったのだろうと考えたけど、あの病みつきになる味を求めるのに理由は要らないだろう。
調理室へと続く道すがら、午前中の授業の事を思い出していた。
美術の時間はなかなか有意義なものだったと思う。あまり話した事がない人とも仲良くなれたから。
昔の俺なら人間関係なんて希薄なものだったと思う。だけどこの土地に来て、誰かと関わるのも悪くないと思い始めている自分がいる。
スマホのメモ帳に2人の名前を追加する指が止まらない。その時にニヤけた顔になるのは許して欲しい。
コンコンッ
「はーい開いとーよ! カラカラやろ?」
調理室の扉をノックすると中から待ち望んだ声が聞こえた。その瞬間、心の奥がドクンッと脈を打つのが自分でもわかる。
これはとんこつラーメンの匂いが刺激をもたらすからだ……
「……ふぅ。よしっ」
いざ、とんこつの園へ!
「よっ! ラーメン食いに来たぜ」
自分でも分かりやすい上擦った声。不自然極まりないその姿だったが俺を見つめる
「よく来たな小僧! ウチの事好き過ぎやろ?」
「!!」
訂正。
全く優しくない。さっきまで優しかった目はイタズラっ子のニヤニヤした表情に変わり追求する小悪魔が顔を出す。
「な、何言って……」
「ねぇ、なんでそんなに勢いよく入って来たん? 昨日の事があったけん恥ずかしかったんやろ?」
否定する俺の声をさらに否定するポンコツ女。
「またまた〜。さっきも扉の前で「よしっ」って気合い入れとったやろ?」
「なっ……」
どうやらこの女は千里眼の持ち主らしい。
「……お前、ホント性格悪いよ」
「ポンコツのウチにはわかりませ〜ん」
くそっ、こういう時だけ認めやがった。
この高校は特殊能力を使える奴が多すぎる。
「なんか変な事考えたやろ?」
「べっつに〜。相変わらず今日も元気だなと思ってな」
それが取り柄というように胸を張るポーズをするが、張るほどないのが悲しき現実……視線を下げて凝視してしまう。
「なんかその目やらしいんやけど……まさかウチの裸を想像して……」
「アホ抜かせ……ポンコツめ」
「バリむかっ!」
立て板に水の会話を続けるけど、よくよく考えれば俺は彼女にラーメンをご馳走してもらう身。少し言い過ぎたと思って口を開く。
「すまん……言い過ぎた。胸が無いって言ってごめん」
誠心誠意頭を下げる。しかしここで俺もやらかしてしまった。
「は? カラカラ……ウチの胸が無いって思いよったと?」
「え? ……あっやべ」
心の声が口から出ていた。
これはまずい……必殺土下座だ。
「ごめん! 思った事を隠さない性格が……」
「なお悪かたいっ!」
般若の如くギャーギャー騒ぎ始めるポンコツ女を宥めるのに昼休みの半分を使ってしまった。
「はぁはぁ……まぁ、全裸見られとるけんね。今更たい……」
「本当にごめんなさい」
頬にもみじマークをダブルで付けた顔で再度頭を下げる。
「デコちゃんやったらボコボコのボコになっとるよ?」
「それは怖い……もう細川さんだけにしか言わない」
こんがらがった頭でまた余計な事を言う俺。それを聞いた細川さんは呆れたようにもう一度ため息。
「はぁ……"さん"やないって言ったやろ?」
「む、むぅ……確かに……じゃあ、細川」
「んっ!」
少し機嫌を取り戻した細川は思い出したように寸胴に向かう。
「……怒らせたのにラーメンは作ってくれるんだな」
俺の言葉を聞いた細川は意味深な表情で麺を茹で始める。
「……約束やけんね」
湯気でしっとりした肌は、俺の瞳に妖艶に映る。
妖しく……
「はい、お待ちどー! 今日もバリカタやけんね」
「ありがと! これが食べたかったんだよ〜」
がっつく勢いで置かれたラーメン茶碗に手を伸ばす。彼女との予定外のバトルでお腹がペコペコなのだ。しかし……
「コラッ! 手を合わせていただきますやろ!」
「いてっ」
あまりにお腹が空いていたので礼儀を逸してしまった。
「ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
「はい、よく出来ました」
お前は俺の母さんかっ!
とツッコミたかったけど、俺が全面的に悪いのでしゅんとしてしまう。
「手を合わせて下さい」
「合わせました」
「いただきます!」
「いただきます!」
細川は大地の恵に感謝するように綺麗に目を閉じる。俺も一緒に大地の恵に……そして作ってくれた細川に感謝して食べ始める。
こってりした霧の中にダイブする。霧を抜ければ細麺ストレートの竹藪の中、一つ一つ丁寧に吟味し最高のタイミングで口の中へ……
ズゾゾゾゾゾゾッ
「うんまぁ〜」
「うまかぁ〜」
お互いに同じタイミングで言葉が出て来た。ぷはぁっと顔を上げて見つめ合う。
「ふふっ」
「ははっ」
さっきまでの言い合いは何だったのかと言いたくなるように笑みが漏れる。
チャーシューを箸で持つとゼリーのようにプルんとした感触。口の中が油の膜で覆われる。そこにネギの香りで追い打ちをかけスープで流す。
「……うまい」
レンゲの向こう側には満面の笑みの彼女。
……そして冷めないうちにスープの一滴まで残さず完食。今日の替え玉は欲張って2玉食べてしまった。
「なんか……色々ごめん。ウチ口うるさかったやろ?」
一緒に洗い物をしていると少ししょんぼりした声が聞こえてきた。細川さんはさっきの言い合いの事を言ってるのだろう。
「いや……気にしなくていいよ。俺はむしろ……」
「ん? むしろ?」
言っていいのだろうか。こんな複雑な心境を……窓ガラスに映る自分に問いかける。
窓越しに見える隣の小さな女の子なら受け入れてくれると、もう一人の自分が笑ってた。
「むしろ……嬉しかったんだ」
「……は?」
その反応はごもっともです。
「もしかしてカラカラってMなん?」
その反応は男女でするものじゃないと思います。
「……恥ずかしいから1回しか言わない」
「うん」
水道の音が雑音となり彼女には届かないでと思いながらも、知って欲しいと思う心も確かに存在する。
「俺の母親はさ……俺が小さい頃に亡くなってるらしいんだけど」
「…………」
らしいというのはその言葉どおり。
「だから口うるさく言われるのは……嬉しかった」
「………………」
隣の彼女を見るのが怖い。だけどここまで言ってしまったら最後まで言葉を繋げよう。
「細川の喋り方も、強引な所も、人の話を聞かない所も、ポンコツな所も……うまく言えないんだけど……なんだか懐かしくて……凄く安心する」
言ってしまった。
これってもしかして告白なのでは?
いやいや、好きとは言ってないからセーフ?
「……そっか。ウチとおると安心するっちゃね……そっかぁ」
長い沈黙の後、隣からは自問自答しているような声が聞こえてきた。自分の身内の事を語ったのは彼女が初めて。俺の予想通り細川は聞かれたくない事には触れないでいてくれる。
出逢って間もないのに、彼女に対してどうしてこんなに心を開けるんだろう。俺はもしかしてホントに細川の事が……
ジャーという水道の音が、まるで滝の側にいるような不思議な空間を創り出す。
そして静寂を破る彼女はもう一度……トドメの一言を言い放つ。
「……カラカラ、ウチの事好き過ぎやろ! あひゃひゃひゃひゃひゃ」
最後までボケるポンコツ女。
一瞬でもドキリとした俺の心を返して欲しい。
【あとがき】
メリークリスマス。
素敵で幸せな時間をお過ごしください。
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