第9話 後ろの席の心霊探偵

 結局昨日の昼休みはとんこつラーメンを食べる事ができなかった。


 その事実が地味にショックで今朝まで引きずっていたのだが、今日の昼休みになれば病みつきになるとんこつ味と出会う。そう思う事で心が少し軽くなる。



「……くん」

「……さくん」

唐草からくさくん!」


「えっ?」


 隣から大きめの声が聞こえた。考え事をしていたので全く耳に入ってなかったので素っ頓狂な声で返事をしてしまう。


「ご、ごめん。呼んでたんだよね?」

「うん結構前からね。次は移動教室だよ?」

「そ、そうか……ありがと。えっと……」


 隣の席の男子生徒。名前は確か……


「もうっ! 自己紹介したじゃん! 僕は片原かたはらいたしだよ」

「わ、わりぃ。どうも人の名前を覚えるのが苦手で……」


 前田まえだは前の席だから視界に入る。だけど隣の席の人はあまり見た事がない。それもそのはず……


「まぁ、僕は腹痛でよく保健室行ってるからね……でも今ので覚えてね?」

「わかった、ごめん」


 という理由らしい。

 片原君は左隣の席。右隣の席は誰だったっけ?


 片原君と一緒に教室を出て少し世間話をした。喋り方がナチュラルだったので聞いてみると「福岡県民が全員博多弁じゃない」との事。


 それから授業開始ギリギリに美術室へ入ったら丁度チャイムが鳴った。そのタイミングで扉から先生がやってくる。


「はーい、今日から新しい課題に入りまーす」


 よく通る声でクラス中に視線を巡らせるゆるふわパーマの女性教師。この人は確か細川ほそかわさんの担任の……筥崎はこざき宮子みやこ先生。


 天然なところが男子生徒に人気の先生だったはず。先生の説明によると今日から始まる課題は人物画のデッサン。


 絵を描くのか……まぁ勉強よりは出来るはず。


 そしてなるべく異性をモデルにする事が条件として付け加えられた。理由を聞くと……「その方がはかどるでしょ?」との事。


 思春期男子にとっては確かに捗る。だけどそれと同じくらい恥ずかしと感じる心はもあるわけで。


「……ポンコツ女が居ればなぁ」


 不意にそんな声が聞こえた。俺はガバッと目線を上にしてその声の主をキョロキョロ探すが……誰も反応しない。


「……まさか、俺の独り言?」


 信じたくなかったが、細川さんの事をポンコツ女と言う人物は俺ぐらいだろう。


 誰にも聞かれてないよな?


 ひとり悶々としているとクラス中がモデルを探して練り歩き始める。出遅れた俺は椅子から立ち上がらずその場に座ったまま。


「……モデルねぇ」


 誰か居ないかなと視線を泳がせていたら目の前に真っ黒なカーテンが現れた。


「おわっと……ビックリした〜」


 カーテンかと思ったら違った。

 真っ黒な黒髪を腰のあたりまで伸ばしている1人の女生徒がこちらを覗き込んでいた。


「えっと……キミは確か……」

「フフフフ……唐草くんの後ろの席だよ」


 今度は後ろの席か。申し訳ないけどわからない。


「ごめん。名前が分からない……教えて欲しい」

「フフフフ……素直でいい子。私は後神うしろがみひかれよ。後ろの席の後神と覚えてくれればいいわ」


 なるほど、それなら分かりやすい。

 前の席の前田、左隣の席の片原君、後ろの席の後神さん。後でメモしておこう。


「それで、えっと……もしかして相手探してる?」

「フフフフ……見えるわ」


 一体彼女には何が見えているのだろう。前髪で隠れた顔では表情が分からない。


「あ〜……もし後神さんが良ければ絵のモデルになってくれないかな?」


 失礼な言い方だが、モデルが居なかった俺にとってはタイミングが良い。


「いいわよ……この姿だったら描きやすいでしょう? 某有名心霊映画みたいで……フフフフッ」


 怪しく笑う後神さんは少し自虐癖があるのかな。だけど女の子がそんなに自虐に走るものじゃないと思う。


「せっかく綺麗な顔してるのにもったいないよ。確かに最初見た時はビックリしたけどさ。よく見たら髪だって綺麗にケアしてるじゃん」

「!!」


 一瞬の事で分からなかったけど、後神さんの目が大きく見開かれた気がした。


「フフフッ……そう。そうくるのね……面白い子」

「あははは……」


 虚空を見つめる後神さん。見えているモノは分からないけど、空笑いで乗り切っておこう。


「それじゃあ各自好きに書いてねー。だいたい6回くらいの予定だから」


 今日を含め6回。確か今週はあと2回美術があったな。という事は来週には描きあげないといけないのか。


「……それじゃあ後神さんから先に描いていいよ?」

「レディファーストって事かしら?」

「まぁ、そんなところ」


 見た目とは裏腹に饒舌に話してくれる後神さん。その前髪を上げれば男子から人気が出そうなのに……と思うけど、彼女には彼女なりの矜恃があるのだろう。


「フフッ……言っとくけど私は絵心がないわ」

「気にしないよ。感性なんて人それぞれだろ? 俺が偉そうに言えないけど……」


「そう……それじゃあ10分交代で描きましょう」

「分かった」


 妥協案を提案してきたのでそれに従う。改めて後神さんを正面から見るとやはり整った顔立ちをしていると思う。


 大和撫子やまとなでしこというのだろか?


「フフフフ……私はどちらかと言うと日本人形よ」

「うっ……」


 後神さんは俺の心を読んだのか口元をニヤリとしながらそんな事を言い放つ。


「私……見えるから」

「……マジか」


 何が見えるのか聞くのは辞めておこう。情けない話だが、俺は心霊現象やオカルト全般が苦手なのだ。こんなネタをポンコツ女が知ったらまた色々言われそうだ。


 ……ポンコツ女が知ったら。


「…………」

「どうしたの? 鳩が豆マシンガン食らったような顔して」


 豆鉄砲なのでは?

 心の中でツッコミを入れるが本題はそこじゃない。


「大丈夫……なんでもないよ」

「フフフフ……そう」



 口ではそう言うけど心は少しザワついていた。なんで俺はポンコツ女……細川さんの事を考えているんだろう。



 その答えは、こってりしたとんこつスープの底を覗くように……まだ見えない。





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