第5話 海の見える街
「カラカラもう鼻血止まった?」
「お前が余計な事言わなきゃもっと早く止まってるわ!」
「楽しい事言っただけやんか」
「楽しいって……」
俺が鼻血で苦しんでる間もこの女は喋り続けていた。よくもまぁ話題が尽きないものだ。その間で鼻血は止まったので持っていたビニール袋に入れて鞄に仕舞う。
「ふぅ。やっと止まった」
「んじゃ、行こっか! それに喉乾いたけんジュース奢って?」
「なんでだよ!」
ベンチから立ち上がると唐突過ぎる言葉にツッコまずにはいられない。また血圧が上がる。
「別に減るもんじゃなかやん?」
「俺の金が減るわ!」
「バイトしとーけんいいやん!」
「お前もバイトしてるだろ!」
「ウチお小遣い制なんよね。今月あと500円しかないんよ? 無理くない?」
「俺だって似たようなもんだって」
コイツと話すと興奮しっぱなしだ。また鼻血を出しても不味いので仕方なく……仕方なーく折れる事にした。
「はぁ……しょうがねぇな」
「やったー! ウチの勝ちぃ」
シャドーボクシングをする彼女は勝ち誇ったようにピョンピョン跳ねる。跳ねる度にヒラヒラとスカートが舞うのだが……正直目のやり場に困る。
「分かったから行くぞ、ポンコツ女」
「あー! またポンコツってゆうたね? ウチポンコツやなかもん! 美少女やもん」
「はいはい、ポンコツ美少女だな」
「バリむかっ! カラカラの癖にぃぃ」
「んじゃ、ポンコツ美少女はおしるこでいいな?」
「よくなかぁ!」
自販機にお金を入れてあったか〜いおしるこに指を持っていく。しかしその寸前でカバディばりにインターセプトが入る。
「元気だなぁお前」
「それがウチやけんね!」
「はいはい、じゃあ早く選んで案内してくれ」
「任せりー! アチョー、ほわちゃー!」
カンフー映画の真似をして自販機を押す彼女。そして変な格好で押したものだから予想外の物が転がり落ちる……この場合予想通りか。
「……あぁぁぁぁぁ! おしるこ出た〜」
「おうおう、やっぱりおしるこ飲みたかっんじゃん」
「ち、ちがっ」
「言い訳は聞きませーん。自販機は閉店しましたー」
俺は冷たい炭酸飲料を買って悠々とその場を離れる。
「うぅ、ウチが欲しかったやつやん……」
半泣きになりそうな彼女から嫉妬の視線が飛んでくる。ちょっと弄り過ぎたかなと反省して手を伸ばす。
「はぁ……ほらよ」
「えっ?」
キョトンとする彼女は俺の方を見て不思議な顔をする。
「俺……ホントはおしるこが飲みたかっんだよ」
「……なんそれバリむか」
言葉とは裏腹に彼女の声は嬉しそう。俺の炭酸飲料を申し訳無さそうに(嬉々として)手に取るとおしるこを渡してくる。
「それより、案内してくれよな細川さん」
「……わかっとるばい。それに"さん"はいらん」
「そっか……ポンコツ女」
「バリむかっ!」
憤慨したのは一瞬で、その後の彼女は自分の髪をくるくる回しながら俺の方をチラリと見る。着いて来いと言ってるのだろう。
「こっち」
「おう」
公園を出てすぐの林の中に入って行くので、その後ろをテクテク歩く。前を見ると獣道が広がっている。嫌な予感はしていたのだが……案の定それは的中してしまう。
カツンッ
「あっ……」
なんでもない所で躓き前に倒れそうになるポンコツ女。ルンルン気分でスキップしていたらそれはそうなるだろう。しかしそれを予想していた俺は後ろから彼女の手を引っ張る事に成功した。
「よっと!」
「あわわっ……」
少し力強く手を引いてしまう。彼女は引っ張られた事が予想外だったのか、俺の胸へ体当たり気味にドンッとした衝撃を伴ってやってきた。その感触は紛れもなく女の子の柔らかさ。
「すまん。大丈夫か?」
「う、うん……あ、ありがと」
「悪いな。なんとなくコケそうな予感がした」
「なんか失礼やね。まぁ……そういう事なら許しちゃる。やけど……その、早よ離してくれん?」
「わ、わりぃ」
「謝らんでよか。カラカラ謝ってばっかやん」
「ごめ……」
「ほらまた謝ろうとする!」
「…………」
胸の中の彼女と俺の視線がぶつかる。咄嗟の事とはいえ女の子を腕に抱いたのだ。それも裸を見た女の子を。なんというか気恥ずかしくなりお互い無言の時間が過ぎていく。
「そ、それよか喉乾いたね! ウチが買ったサイダー飲もっと!」
俺があげたやつだし、なんなら金払ったのも俺なのだが……しかし都合のいいポンコツ女はすっかり忘れて元気いっぱい。
「あ、おいっ!」
パッと離れた彼女は鞄に入れてたサイダーを取り出し強引に蓋を開ける。それを止める間は無かった。
プシャァァァァァァ
「ふぃやぁぁ! へぶぶぶぶぶふぶ……」
どこかで見た光景がフラッシュバックする。噴水のように発射されたサイダーが彼女の顔面を捉え唸りを上げる。
「あ〜あ。言わんこっちゃない」
「へぶしっ……」
濡れた彼女はくしゃみすると鼻ちょうちんを出していた。
「ぶははははは! ほら、鼻かんで」
「ちーんっ……」
鞄からティッシュを出し彼女の鼻に近付ける。
「これで顔拭いて」
「んっ……」
タオルを取り出し顔を拭いてやる。
「制服は……土日使ってクリーニング出した方がいいだろうな」
「うへぇ……」
何故か俺が甲斐甲斐しく彼女の世話を焼く羽目になった。彼女はそれに従うようにされるがまま。それが可笑しくて、可愛らしくて、自然と俺の口が笑っていた。
「くくくっ」
「なん笑いよーとよ!」
ぷりぷり怒る彼女は憤慨しながらも嬉しそうな表情。
「いや……なんか可愛いなと」
「は、はぁ? ウチが可愛い? そんなん当たり前やけん! 世界の真理やけん!」
「はいはい。ポンコツ過ぎて笑っただけだって」
「バリむかっ!」
そっぽを向いた彼女の耳は……目の前に沈みゆく夕日のように真っ赤だ。
「なんだかんだ言ってると着いたな」
「……うん。ここが、ウチの秘密の場所」
「誰でも来れそうだが?」
「もうっ! そこはノるんが常識やろーもん!」
砂浜に降りると一緒になって歩く。春先の海風は、ほんのりと肌寒さを孕んでいた。
「ねぇカラカラ、靴脱いでキャッキャウフフせん?」
「言い方が雑だな……まぁいいけど」
なんとなく彼女のお願いには逆らえない雰囲気。俺達は鞄を置き靴を脱ぎ去って波打ち際まで進む。
「きゃはっ! 冷たかー。カラカラも早よしーよ」
「慌てるとまた転ぶぞ」
「そしたらまたカラカラが助けてくれるとやろ?」
「……届くならな」
「んっ!」
夕陽とポンコツ女……実にアンバランスな組み合わせだ。波と戯れ足で水を蹴り上げる彼女。スカートの裾が捲れ上がり絶対領域が見えるのもお構い無し。その光景に目を奪われたのも事実。
無邪気にはしゃぐ彼女の瞳は幸せの形をしていた。彼女のガラス玉に映る俺は……どんな顔をしているだろう。
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