第4話 ポンコツの本領発揮
昼休みは間抜けな返事で幕を閉じた。
まさか自分が虐められているのを気付いていないなんて……
あの後俺は開いた口が塞がらず、何も言う事ができないまま午後の授業を受けていた。
「
「あ、はいっ……えっと……」
全く授業に集中できていなかったのでどこを指定されたか分からない。すると前の席の
「52ページの5行目」
「わり、ありがと」
「おう」
ガッシリした肉体の前田君は柔道部に所属している。いつもデカい弁当と購買のパンを掃除機のように食べている肉体派。
前田君の助けを借りてなんとか古文の授業を終える事ができた。
「前田君助かった。ありがとう」
「おう! 気にせんでよかよ。それよか唐草はしっかり食べよーとね? 体こまいけんしっかり食べなよ?」
どこかで聞いた言葉だ。俺の体はそんなに細いのだろうか?
「いやいや、前田君がデカすぎなんだって。これでも身長は高い方だよ」
「身長ばっか高くても強なれんよ? もっと栄養あるもん食わんと」
ガハハッと笑う豪快な顔は漫画で見るガキ大将のような快活さ。前田
「あのさ……前田君」
「なんね? ってか君なんていらんばい。タメやろうもん。それに話し方も硬か」
「やっぱりそう?」
「あぁ、もっと気を楽にせんね」
「うん。ありがとう」
「で、なんね?」
肉体派の前田君ならあまり噂話とか気にしないんだろう。だから俺は敢えて彼に聞いてみた。
「あのさ……2-5に
「細川……あぁ! ラーメン屋の細川ね」
「そういえば、家がラーメン屋なんだっけ?」
「あそこの店のラーメンはバリうまかとよ! 今度奢っちゃるけん食べ行こう」
「う、うん。それでさ……」
「ん?」
なんて言ったらいいのだろう。彼女はなんで虐められているのか……それを直接聞けばいいのだろうか。
「細川さんって……その……なんで」
「んん?」
キーンコーンカーンコーン
しかし俺が話す前に授業開始のチャイムが鳴る。結局聞けずじまいに終わってしまった。それから放課後になるまで悶々とした時間を過ごしてしまう。結局上手い言葉が見つからず、「また今度話すわ」と言って足早に教室を出て行く。
「ふぅ、噂話を耳にしたのは主に女子達が話していた内容」
近付くととんこつ臭がする。テストをカンニングしてる。私達の事を馬鹿にしてる。先生達をとんこつラーメンで買収している。
どれもこれも信憑性はイマイチだ。しかも
「まぁ、本人が気にしてないならいいのかな? 転校生がなんだかんだ言うのは違うのかな……」
結局どうすれば正解なのか、そもそも俺が口を出していい問題なのか。それすらも分からないまま独り言を言っていると後ろから凄い衝撃が襲ってきた。
「どーんっ!」
「いてぇっ! な、なんだ?」
慌てて振り向くとさっきまで頭の中で考えていた人物。細川さんが俺に体当たりしていた。
「カラカラ猫背やけんめっちゃ分かりやすか」
「細川……さん」
「ん! 美少女たい」
こちらを見て能天気に笑う彼女に若干イラッとしたものを感じたが、心の中だけで完結させておく。
「カラカラ今帰りなん?」
「あ、あぁ……そうだな」
「部活入っとらんとよね?」
「うん。銭湯手伝うから部活はしない。細川さんは?」
「ウチも世界一のラーメン作るけんやっとらんね」
「世界一のラーメンって」
てへっと舌を出しながらおどけて見せる彼女。何気に調理室以外で会うのは初めてかもしれない。
なんとなく一緒に下駄箱に行き外靴に履き替える。まるでそれが当たり前のように並んで下駄箱を出ると校門へ向かって歩を進める。
「ねぇ、開店までもうちょっと時間あるやろ?」
「え? あぁうん。あるよ」
「やったらウチがこの街案内しちゃろっか?」
「この街を?」
彼女からの突然の提案。その意図はわからない。もしかしたら昨日全裸を見た事を誰かに言うのではないかと疑っているのかも。
そんな事しないっての。
「この街来るの久しぶりなんやろ? やったら変わった所とかもあるやろし」
「そうだなぁ……じゃあお願いするわ」
俺が引っ越してくる事を
言葉ではそうかもしれないけど、実際俺は……
しばらく無言で彼女の後ろを着いて行く。彼女は何が嬉しいのか鞄を後ろ手に持ってルンルンと鼻歌なんて唄いながら空を見ていた。
俺の気も知らないで。
「カラカラ! どげんしたと? 鼻血出とるばい!」
「うぇ……マジだ」
俺の方を振り向いて少し焦ったような声で近付いてくる彼女。少し心配してくれたんだと思うと波立っていた心が静かになる。
深く考え事をしていたら鼻血が出る。昔からこういう体質だから仕方ないのだが……時と場所を選んで欲しい。
しかしそれを曲解するのがこのポンコツ女。
「あぁ! もしかして昨日のウチの全裸思い出して興奮したんやろ! カラカラえっちかねぇ〜」
大声でなんて事言うんだこの女は!
「ち、違うっ……ってか大声でそんな事言うな!」
昼休みはあんなに恥ずかしそうだったのに、今は天下を取ったような顔で俺をからかってくる。そんな彼女の口を片方の手で慌てて塞ぐ。
「ふんがぁぁぁ……離せぇぇカラカラ〜!」
もがもがふごごっと腕の中で暴れる彼女を人気のない公園へ連れて行く。
「ふぅふぅ……もうっ! カラカラ強引なんやけん……告白するならウチはもっとロマンチックな誘いがよかよ?」
いやんいやんと腰をくねらせしなを作る彼女。どんだけマイペースなんだよコイツ。
「すまん……だけどお前が悪い」
「ウチは悪くなか! 急に鼻血出すカラカラが悪い」
「こういう体質なんだよ」
「ウチを見たら鼻血出す体質って……ウチの美貌って世界一やったと?」
「何言ってんだこのポンコツ女が……それより悪いけど俺のバッグからティッシュ取ってくれない?」
勘違い甚だしい彼女の妄想を振り切り近くのベンチに座る。
「ポンコツ女ってウチの事ね? 失礼なヤツやね〜。せっかく事実を言っただけやとに。さっきまでは"細川さん"なんてさん付けで呼びよったくせして、ポンコツ女げな! カラカラの情緒が不安定やん。これじゃあ将来嫁にやれんね。まぁウチの美貌を見ればそうなるのも頷けるたい」
一言で言い切った彼女に俺は何も言えない。不安定だの嫁にやるだの言ってる事がめちゃくちゃだ。聞いてるだけで脳の処理能力がキャパオーバーになってしまう。
「くっ……」
それに、これ以上ツッコんだら鼻血が悪化してしまう。その前に冷静にならなければ。そんな彼女はまだ言い足りないのか、俺への不満をペラペラ喋る。だけどそれと同時にティッシュを渡してくれるので文句も言えない。
「カラカラ、大丈夫とね?」
「あぁ、すまんな。俺も興奮して言い過ぎた」
「知っとるよ。ウチの裸が魅力的やったんやろ?」
「くそっポンコツ女が……」
「なんて?」
人を食ったようなニヤニヤした顔。まぁ実際ラーメンは食べたんだけどね。
絶対心配してない彼女の言葉を飲み込みながらベンチで上を向く。瞳に映る空と頬を撫でる春風は……少し懐かしい感触がした。
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