第2話

ガチャガチャ…ガチャン。


ガラガラ…


住むものがいない家には静寂と埃が住み着いている。


キーン…


侵入を認めないような、空気を変えるのを拒むような金属のような静寂と


足を踏み入れるのを躊躇するような埃のコーティングが


私を包みこんでこようとしてくる。


しかし、私はあえて突き進む。マスクとメガネ、ビニール手袋の完全装備で。


早く終わらせてとっとと帰ろう。


懐かしさの残る家は私が離れた時から変わっていないようだが、


私には見覚えのない荷物が、私の知らない時間があることを教えてくれる。


荷物は二階って言ってたな…


トントン…


階段を上りながら電話をかける。


プルル…プルル…


「はい、もしもし。」


「母さん、家に着いたよ。二階のどこにあるの?」


「あら、ありがとう。二階の洗濯干してた部屋があるじゃない。」


「はいはい。ちょっと待ってね…洗濯の部屋のどこ?」


「タンスの引き出しに紫の風呂敷が入っているからそれを持ってきてもらえない?」


「紫ねぇ…あ~これ、かな?あったよ。」


「本当?他には何が入っているかしら?」


「え~っと…同じ引き出しには…封筒とかかな。書類もあるよ。」



「なら、その引き出しに入っているの全部持ってきて。」


「えぇ~。全部って重いし大変だよ。」


「タクシーで来たらいいじゃない。それくらいは出すわ。」


「…仕方ないなぁ。持っていくから待ってて。」


「ありがとう。助かるわ。」


ツーツーツー。


はぁ。


ため息を家に残し、私は荷物とともに出ていく。


聞いていた施設は東京からタクシーで一時間程度のところだった。


「…ここ?」


タクシーで降ろされた場所は、新しくデザインして建てられたホテルのようで、とても施設の雰囲気は感じない。


「こんにちは。どうされましたか?」

施設の職員さんだろうか、物腰の柔らかい人だ。


「あ、あの、私の母がここでお世話になっているって聞いてきました。」


「あぁ、景子さんの娘さんですね。荷物を持って来られると聞いています。この時期ですので、中に入る前に検温とアルコール消毒をお願いします。」


中に入ってびっくり。ロビーが広くシャンデリアまで飾ってあり、施設だと聞いて知ってはいたが、とても施設とは思えない作りだ。


「すいません。荷物なんですがこの時期ということもあり、お部屋まで持って行ってもらうことが出来ません。中身を確認してもらった後、こちらで預からせてもらいます。」


「あ、はい。大丈夫ですよ。」


「あと、景子さんが少しお話をしたいと言われていますので、こちらへどうぞ。」


通された部屋はロビーからパーテンションで区切られており、テーブルとパソコンが置いてあり、パソコンが置いてある。


「こちらでオンライン面会となります。準備が出来ましたら景子さんの顔が映りますので、少々お待ちください。」


「はい。」


久しぶりの対面がモニター越しになるとは。


この時期らしいなと思う。私としても直接会って話すよりも幾分、気持ちに余裕を感じている。


触れ合えないことによる寂しさを感じたりもしているが、同じ空気を共有しないことにホッとした気持ちが芽生える。


しばらくすると、母の顔が映った。


「あ、母さん。聞こえる?」


「あぁ、聞こえるよ。今日はありがとうね。おかげで助かったわ。」


「荷物は職員さんに渡しておくからね。それにしても急に施設入るって決めたのは、何か理由があったの?」


「はい、ありがとう。入った理由なんてないわ。自分で決めれる内にと思って探してたら、良いところが見つかっちゃっただけよ。」


「それならいいけど。ここは玄関からして、ホテルみたいにキレイなところだね。」


「そうよ、いいところでしょ?私も見学に来た時に一目ぼれしちゃったのよ。早めに申し込まないと売り切れると思ったわ。」


「本当にホテルみたいだよね。施設って聞いてたから、印象が違ってびっくりしたわ。荷物はあれだけでよかったの?」


「着替えとかは事前に持ってきてあったからね。持ってくる荷物は完璧に用意したと思っていたんだけど…ダメねぇ、忘れやすくなってしまって。困るわぁ。」


「それは仕方ないことだしね。とりあえず紫の風呂敷とその他もろもろね。」


画面に映るように手に持ち、母に見せる。


「あぁ。はいはい。ありがとうね。」


はらり。


荷物からこぼれるように一枚の封筒が木の葉のように舞いながら落ちる。


「母さん、この封筒は何?おしゃれな封筒ね。」


「どれ?」


私は母に見えるようにカメラの前に封筒を出す。桜の花びらが全面に飾られているピンクの封筒にワンポイントとしてクローバーとモンシロチョウが、さらに季節を感じさせる。


「…あぁ。懐かしいわね。昔お父さんにもらった手紙よ。」


「へぇぇ。あのお父さんが手紙書くことに驚くわ。そんなマメな人だったのお父さんって。」


「昔は手紙が当たり前だったからね。」


「へぇ。初めて聞いた。お父さんにも、そんなところあるんだ。」


「昔の人はそんなこと言いたがらないからねぇ。」


「若い頃は、どんなお父さんだったの?」


「お父さんは普通のお父さんよ。今も昔もあのままで、何も変わらなかったわね。あ、これから運動の時間だから切るわね。荷物ありがと。お金は職員さんに渡してあるからフロントで貰ってから帰ってね。じゃあね、また何かお願いする時は連絡するわ。」


「あっ、母さん…行っちゃった。」


フレームアウトする母を呼び止めたが、そのまま去ってしまった。


もぅ。自分勝手なんだから。


フロントでお金をもらい、封筒だけを抜き取りながら荷物を渡す。


タクシーに乗り込んだ私は、


長い帰り道の間、


封筒に入った手紙を読むことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る