ぼくが頼れるぼくは過去のぼく

ためひまし

 

 1、あらかた片づけが終わった世界は、掃除の途中に捨てようか迷うほどのものすら残っていなかった。もちろんそれは純愛にはじまった話ではない。偽りの愛だってこの世界からは隅々まで掃除されていた。まるで業者の手際のようだった。この際だから言わせてもらうが、ぼくはこの世界の方が棲みやすい。地球という生命体の命を少しでも長らえさせる方法を取っただけで他の生命体にも良い影響を及ぼすのだ。一石二鳥ということにもなる。ぼくはこれで所謂、神という立場に人類がいなくなることを引き換えに立たされたのだ。

 人類がいないという孤独感は突然に襲ってきた。途方もなく地平線を眺めるぼくの傍らでは、昆虫が昆虫による昆虫のための子孫繁栄を促していた。ぼくのこのまま寿命が来るまで他の生命体を食い荒らし生き延びる。やはりこの世界には神さえもいらないのかもしれない。そう思ったぼく《神》はこの世界を創りなおした。


 2、ビルが集合写真を撮っている大都会。背の高い奴が何も考えずに写りたがるエゴの塊の街でぼくは産まれ堕ちた。ちいさな身体で自分の命を主張するために、天井に向けて大きな産声をあげていた。

 それは今も変わらない。17年を経た今でも夜も眠れず、天井に向けて産声をあげる毎日だ。しかし、17年前とは少し違う。涙を流すことはない。それに、辛さを見られることもない。人は皆、心の中で泣いているのだ。ぼくは痛感させられた。心の痛みとは文明の発展のことなのだと。


 3、大農耕時代の人々の発展は目覚ましいものがあった。それは奴隷の利用だ。動物のみならず人までも道具として管理し始めた。壊れてしまったらそのまま捨てる。ぼくは裕福な家庭として奴隷が道具として扱われ、捨てられるところまでをこの目でしっかり見ていた。けれど何もすることはできなかった。この世界での反逆はいくらぼくでも耐えられないものがあったからだ。政府の圧政だ。

 人の欲は人を殺す。どうやら人の命とは人の欲のない世界のことらしい。しかし、欲のない世界に価値などあるのだろうか。あるとすればどんな価値なのだろうか。価値に価値を見出そうという考えが過ちだとすればぼくらはどんな未来を辿ればいいのだろうか。


 4、毎日が同じ生活で欲など存在しない。『仕事をしろ』と言われるから仕事をする。上司も『仕事を振れ』と言われるから仕事を振る。ただその発信源はどこにもないのがこの世界の不思議だ。その不思議にも探求心は存在しない。皆が皆、起きて働いて食って働いて食って寝ての生活を繰り返す。欲などない。革命家など現れない。欲がないのだから。

 食べなければならないという知識により人は食べる。寝なければならないという知識から睡眠をとる。お金も1日3食のためのお金と変化した。この世界では社会主義もその形を残し動き続ける。物欲も色欲もない。全て誰かからの知識により行動する。これでは昔の過ちだ。誰も知らない誰かからの奴隷制をしていることになる。その誰かとは誰かわからない。誰も欲がないから知ろうともしない。誰にも縛られない自由な世界。そんな世界が実現するのなら。きっと熱望するだろう。


 5、世界は荒廃した。物もお金も人もすべてに価値はなくなった。自由な世界とは不可能だったのだ。人には自由が生まれた時から備わっていた。それは全ての人間に適用される。そう、自由と自由の闘争だ。義務と責任は存在せずに荒廃した。経済のシステムは完全に破綻し、今までのコンテンポラリーな生活は全て塵と化した。人は欲のままに動き、欲のために考える。人を殺そうとも縛る法も存在しない。だったら、俺も。なんて考えが蔓延ったのだ。人の上に人を作らない最終形は世界の崩壊を指す。

 この世界には一定の答えはあるのだろうか。ぼくにはわからない。だから試す。自由がある特定の制約によって確立する自由だとしたら、それは本当に自由だと言えるのだろうか。人を殺す自由は完全に制限され、地球を壊す自由は完全に与えられる。こんなことがまかり通っていいのだろうか。その世界がどうなろうとも、ぼくはこの道しか通れない。

 

 6、自由は制限された。このままではぼくは人の上に立つ者として君臨してしまうが、この世界には偶然にも『神』という存在がいる。ぼくはその『神』という座に隠れてしまえばいい。それですべてが解決するのだ。潤滑な経済があり、豊満な財力が築きあげられ、不自由のない人間関係が根底として残る。

 資源枯渇、ゴミ捨て場の消失、海洋生物の絶滅危機、地球温暖化、水・食料不足、人口爆発、産業汚染、食物連鎖の崩壊、森林破壊、民族間紛争。簡単にこれだけの被害が挙げられる。細かなことを捉えれば無数に存在してしまう。そんな世界に価値などはない。どれもこれも原因を辿れば答えは見えている。見えていても見えていないフリを人はする。ぼくが理解をさせてやる。神の立場というものを見せてやる。


 人は神になろうとして堕ちる。


 7、あらかた片づけが終わった世界。人は過ちを繰り返す。それは、ある意味では自然の摂理なのかもしれない。しかし、これで見えた。ぼくも一種の人間だ。神になろうとしてなれなかった人間だ。ぼくも粛清対象だな。もし、ぼくが神でないのならこの神秘の地球には必要のない存在だ。

 動植物が黄金比のピラミッドを築きあげていたはずの世界にぼくらが上から圧迫して壊していったのだ。ぼくらの数と重さは絶大だったということだ。

 そんな汚い世界だったけど、夢くらい見させてくれてもいいよな。


 一つの世界が終わりを告げ、新たな世界が幕を開けた。『ぼく』は最後まで悩み切り、自ら命を絶った。『ぼく』は最期に人という実から取り出した心という種を植えた。飢えた世界に綺麗な花が咲き誇るようにと。そうやってこの世界は創りなおされていく。今の世が何代目かは誰も知らないものだが、少なくとも何人ものかけがえのない命が粛清され、創りなおされたのだ。我々もいつか。

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