第28話 モニターで見る父
「有村博士がここに入って何年だ?」
コウラが持ってきた小さな樹脂製の白い箱?たぶん未来の装置とノートパソコン、それを管理用のコンピューターにつなげた。
シグレはコウラの助手のようにてきぱきと働いている。
「博士はここに入って3年です」
室内には医療用のモニターが設置されているが心臓や脳波が止まって動いていないので心配になりコウラに聞いた。
「いいや、動いている。肉眼ではわからないほどゆっくりだから止まって見えるんだ博士の時間は3年たっても数分しか動いていないから」
教えてくれたコウラがパソコンを操作し始めた。
「そこから先に進めないんです」
パソコンのモニターを覗き込んでいたシグレが進言した。
試した事があるらしい。
「確かにここのメインフレームは有村室長の作ったものだ。この時代の技術ではセキュリティーを破るなんてどんなハッカーにも無理だろうな、俺にも無理だ。だけど室長は近い人間には重要な事を教えている。裏口の探し方をね」
シグレが何で有村博士を室長と呼ぶのか気にしていた。
コウラは元上司だから呼びなれていると言って笑う。
「室長の癖を正しく理解しているものだけがたどり着ける。ここがバックドア」
キーボードを私が理解できない使い方で打ち込み最後にENTERを小気味よく叩くと急に見たことが無いウィンドウ形状が現れた。
ゲーム画面のようにCGで何層かの扉が開かれた。
さっきまで沈黙していた医療用モニターが活発な波動を示し始める。
一つの消えていたモニターの画面にポリゴン化された父の顔が映し出された。
「お父さん?」
思わず口にするとシグレが驚いたように私を見た。
「有村博士の娘さん?」
驚いているシグレを無視してコウラがパラメーターの数字をいじりプログラムを操作している。
何度かテストみたいに父のモデルが回転して表示がOKかどうかの回答を求められた。
コウラが最後のOKをクリックするとポリゴンモデルは何度か瞬きして大きな欠伸した。
設定が完了した。
「室長お久し振りです。佐久間です」
『ああ、佐久間君だろうね、来ると思ってたよ』
有村祐一郎のポリゴンモデルが喋り始めた。
「寝ているところスイマセン、何分ですか?」
暫く口を開いたままのポリゴンモデルが何度かパクパクして喋りだす。
『8分40秒だ』
そういうとモニターの上にカウントダウンが表示され数字が減っていく。
「それでは率直に聞きます娘のサラさんのアウトサイドから人のデータを安全に持ち帰りたいのですが可能でしょうか、できれば方法もお願いします」
『データとは黒井クンのデータだね……理論的にはできる。だが彼には申し訳ないが取り出すことは不可能だ。取り出すには一人が代償となり残らなければなら無い……サラが残る事になる。しかも普通のメモリーガシェットでは精神素体を壊してしまうだろう』
「お父さん!精神素体を壊さないで連れ出す方法は無いの?」
私が思わず声を上げた。
『そこにいるのはサラなのか?こちらでは人数と性別ぐらいかしか認識できない、そうかサラがいるのか』
ポリゴンの父が口を開いたまままた止まった。考えているのだろうか。
『危険が伴うぞ、しかもそれを手に入れても一人は残らなければ空間崩壊が起きる』
「わかってる、方法を教えて、その後で私が決断するから」
コウラは黙ったまま聞いているがシグレは何のことか判らずに戸惑っている。
『わかった方法を教えよう、オーブを見つけなさい、金色のオーブを、それは何もかもをデータ化して読み取るオーブだ。そのオーブは使い方しだいで人の素体をそのまま記憶できる装置になる。それに現実世界からもって行く特殊なデバイスが必要だ。これは佐久間君がわかるはずだよ』
「わかります」
私がコウラを見ると代わりに返事をした。
「それでその金色のオーブはアウトサイドの何処にいるの?今まで見たことが無い」
『それは……アウトサイドを越えるんだ。向うの世界に行くしかない』
コウラがやっぱりかと言うような顔をした。
向うの世界を知っているらしい。
その横でシグレの表情が曇る。
『方法はわかるね、佐久間君』
コウラが「ハイ」と返事をした。
『もう時間が無い、サラ、よく考えておくれ、黒井君はそれを望んでいるのか?君自身を犠牲にできるほど人間と言うのは出来ていない、必ず後悔してしまう生き物なんだ。それから一つお願いだ。アウトサイドを壊すような事はしないでくれ、頼む……』
通信が切れて再び医療用モニターが目視で確認できない状態に戻ったように動きを止めた。
管理室は暫く息が詰まるほど静かな状態で私は暗い縁に立たされたような感覚になる。
「あの……向うの世界って何ですか?」
シグレがポツリと呟いた。
コウラが困った顔をする。
「それについての解答は出せない、君は科学者だから自分で答えを見つけないといけないんだ」
納得できない顔でシグレは部屋を出て行った。
「テル君のところに戻りましょう」
コウラが撤収の準備を始めた。
久し振りに会うテル君はいつもと代わらずハンモックで揺れていた。
私の周りで穏やかな風が舞う。
気持ちが落ち着いていくのがわかった。
テル君のいない世界は不安ばかりで私自身がわけのわからないモノに押しつぶされて消えてしまいそうになっていたのだ。
「たぶん僕はもうすぐいなくなる。だから安心しているんだ。君がスイッチを切らないからこの世界の居心地のよさに甘えてしまう自分をゆるして……このまま何時までも二人でいられるとか勘違いしそうになる」
眠そうに笑うテル君に私は何も言えずに目の前が滲んでしまった。
安心など出来ない現実をテル君なりに考慮しての言葉だろう。
「そんな悲しそうな顔をしないで……サラにもらった時間は僕の中で大切な宝物だ。だから残された時を無駄にしたくはない、現実ではあとどれくらいで僕は逝ってしまうのかな?サラは知っているかい?」
答えようもなく太陽に晒される私はテル君のいる木陰に入ることが出来ないでいる。
私は残された時間を有意義に過ごそうなんて考えていない、無駄かもしれない抵抗をしてその後の人生に大きな後悔を残すかもしれない、一歩踏み込むだけで甘く短い時間の誘惑に負けてしまいそうになり立ち止まる。
近くにいるのにこれからやろうとする事が体を強ばらせていた。
今甘えるような事をすれば私の中の決意が揺らいでしまうと直前に勝手な解釈をしてしまったからだ。
私は向うの世界に出かけることにしたのだ。
「私はテル君とあの映画を見たいんだ。もうすぐ4作目が公開だよ、早く目覚めてくれないと困る。3作目をチェックして映画館に行くんだから、だから……」
テル君は苦笑いした。
選択しなければいけないので本当はそんなことは叶わないと分かっている。
それでもかすかな希望みたいに私は告げたのだ。
「そうだね僕も見たい、サラと一緒に」
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