第27話 一条シグレ

「結局……有村祐一郎は未来に帰りたいだけなのかな……」

 施設のある某県に向かう新幹線に乗っている。

 コウラは飯島の許可を取ってついてきてくれた。

 最初は渋っていた飯島紀子にコウラがアウトサイドの解明に繋がる情報を授ける事で場所も教えてくれた。

 しかもコウラはかなりの額のお金を給料という名目でもらっているらしいので、移動の電車賃まで負担してくれたのだ。

 甘えている自分に溜息が出た。

 しっかりしている。

 コウラは現代で生きる術をすでに習得済みなのだ。

 リアルを避けて夢の世界に逃げてばかりの私とは全然違う。

「少し気になるんだ。有村博士が今行っている技術はすでに確立して誰でも使える技術だった。未来の話しだけどね、アウトサイドを解明する過程でわかった方法で簡単に言えばエネルギー消費を最小で維持できる人一人が入れる空間を擬似的にアウトサイドに仕立て上げる。その空間を光速で移動している空間として認識させ長時間維持する。実際には移動などしていないけど移動している状態にデータを改ざんすることによって空間の消費時間を実際の時間より遅らせる事が可能なんだ。未来への一方通行だけどね、だから今現在のテクノロジーでも実行可能な方法で未来に飛べる。有村博士は体感で数日程度寝ている感覚で220年たっているはずだ……だけど俺が知っている未来に有村博士が帰ってきた未来は存在しない。有村室長は2237年に失踪して俺が最後にタイムトラベルした最後が2239年だからもし帰ってきてるなら連絡してくるはず」

 コウラが納得行かない表情で駅弁を食べ終わる。

 弁当に納得行かないのか有村に納得行かないのかわからない。

「あんがいコウラが避けられていて連絡くれないんじゃないの?」

「いや、それは無い俺は室長が失踪する前に一つのブラックボックスを預かっている。データ管理用のブラックボックス、あれには博士が大事にしているモノが入ってると思う必ず取りに来るはず」


 某県にある有村祐一郎の研究施設は静かな山の中にひっそりとあった。

 常駐している人間は僅か三人で管理研究員1人と警備委員が2人、コウラが警備員に話をつけ施設内に入る。

 施設は平屋で外観は極めて小さな建物だ。

正直こんな所で父は220年も眠り続けるのだろうかと心配になる。

「ここは凄いな」

 コウラが言った。

 私は何事か分からずに首をかしげる。

 確かに自然いっぱいで人より野生動物の方が多いと言う点ではすごいかもしれない。

「ここは変わってない……俺はここに来た事がある。未来の世界で有村室長と一緒に、室長はここの地下施設でなにかの実験をしていたけど、こういう事か」

「やはり帰っていたんじゃないの?」

「いやわからない、俺は実験には立ち合わせてもらえなかった。と言うか誰も地下には入れてもらえなかったんだ。本当に有村室長が眠っているとすると有村室長は自分自身を観測していた事になる」

 通された待合室で管理研究員の一条シグレという男に挨拶した。

 メガネに束ねた長髪で俗世を離れている研究者と言う形容がこうも当てはまる人間はいないだろう。

 シグレはコウラの名刺を受け取り私を一瞥した。

 私は軽く頭を下げてみるが反応はなかった。

「ここの地下6階で実験をしています。私は地上から地下の状態を管理しているだけで地下には入る権限はありません、と言うかよほどの事態が起こらない限り誰も入ることはできないのです」

 私を無視するようにコウラにだけに話すシグレの話は、飯島に言われたとおりだった。

「それは聞いている。地下に入るには有村さんだけが知っているパスワードが必要なんだろ」

 シグレはそこまで知っていることに驚いていた。

「別に地下6階に入らなくてもアクセスできる地下2階の管理室を貸してくれる?そこまでなら君の許可があれば行けるだろ」

 飯島紀子はここに来て地下に入れ無い事を確認してみなさいと施設の立ち入りを認めたが、管理コンピューターへのアクセスは認めていない、困惑したシグレが飯島紀子に連絡しようとしてコウラがそれを制した。

「一条シグレ君、君は若手にしてはかなり有名なんだよね、君の論文を読んだよ、夢の領域における異世界へのアクセスと有人探査の可能性について……」

 シグレの顔色が変わる。

「それは……」

 今にも泡でも吹いて倒れそうな表情に私は見守りコウラは笑った。

「この時代にしてはいい所まで考えているね、だけどこの時代では何の価値も無い」

「あっあああ、ああ」と変な吃音を発して頭を抱えたシグレは泣き出した。

「どうしちゃったの?」

 私は大人の、しかも男の人が泣くのを見たことがなかったので少しうろたえた。

「一条君は生まれる時代を間違ったのさ、彼の研究が評価されるのは2154年以降、別の人物によって彼の理論は証明される。その間何度か検証されたけど、夢の話は結局夢の話なのだと一笑に伏される事しかなかった。仕方ないよな観測できないんだから」

「絶対に、ある……夢の世界は……あそこは入り口で、異世界にいけるんだ。僕は見たんだ」

 私は彼の「見た」について気になった。

「こいつは能力者なんだよ大神さんと同じアウトサイドを再現できる」

「それって?」私は息をのんだ。

「ただその力は大神さんの数百分の一程度、そんなモノに囚われて可愛そうなやつなんだ」

 一条が泣いているのをコウラは冷たい視線を送り「早いとこ冷静になってくれこちらは時間が無いんだ」と促した。

 コウラに急かされるように立ち上がった一条は青い顔のままで質問した。

「あなたは何を知っているんですか?一体何なんですか」

「俺はこの時代では神みたいなものだ。君の論文は半分ぐらいは当たっている。異世界の存在は必ず確認されるから研究は続けなさい、未来のいつか必ず役に立つ」

 コウラが本物の神みたいに偉そうな態度で一条シグレを諭した。

「僕は間違ってない……」

 シグレはコウラの言葉を聞いてから、今まで枯れていたものに精気が宿るように明るい表情になった。

「このまま続ければいつか異世界にいけるのか……」

 コウラが悪い顔をする。

「いつかと言ってもお前じゃないけどな」

 私に耳打ちするようにコウラがささやいた。

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