第26話 東京

 新幹線を降りて田舎者には厄介な地下鉄を乗り継いだ先K町の駅に着いた。

 私の住んでいる街と違い、小さな駅で降りてもそこはビルやマンションの立つよくある都会の風景だと思う。

 負けそうな気持ちを何とか鼓舞して歩き出そうとした時、軽そうな男性に声を掛けられた。

 ナンパか?

 都会に怯えた警戒心の塊と化した自己防衛本能が体を硬直させる。

「何そんなに緊張してんだよ、田舎者丸出しだぞ」

 ナンパ男は良く見るとコウラだった。

 社会人のようにセンス良くスーツに身を包むコウラは一見普通の人だ。

 メガネに髪型、小物に至るまで洗練されやがった。

 いつもの軽薄さは包み隠され都会に溶け込んでいる。

「どうしたの?どこか悪いんじゃない、何かマトモな人間に見える」

「失礼だな、迎えに来てやったのにその言い草」

 わざわざ迎えに来たコウラは、なにか企んでいるのかと勘ぐってしまう。

「俺は今紀子ちゃんのところで世話になってるんだ。ちょっとだけ神の力を与えてあげてね」

 研究者なら未来のテクノロジーに釣られないわけは無い。

「この時代でもわかるギリギリの技術だから改変は起きないけど、彼女がそれを習得すれば世界一の研究者になれるよ、たぶんだけど」

 タクシーの中で得意げに話すコウラはすっかり現代人で、よく分からないが未来人の面影はない、タクシーに乗る前に食べた牛丼はなれた感じで卵と漬物のセットだった。

 悔しいがコウラに会って少しホッとしている。

 先に上京した親戚の叔父さんに会ったような気持ちになったからだ。

「ここが紀子ちゃんのいる大学病院、研究しながらお勤めしてるよ、君の大事なテル君も入院中、僕は医師免許はもって無いから研究のための雑用と言う名目上の勤務なんだけどね、まあ元は同じ有村博士の弟子みたいなものだからやりやすい」

 コウラは私のためというよりは自分が身を隠すのに丁度いいからここにいるのかもしれないと思えるふしがある。

 それならそれでwinwinな関係で気兼ねしなくて済む。

 とにかく飯島紀子にあって話を聞きたいが、その前にテル君の様子を見ていこうと思う。


「これはどういうこと?」

 テル君は死にかけの実験動物みたいに沢山のコードや管をつながれてガラスの向うにいた。

 部屋全体が集中的にテル君を観察しているような状態だ。

 コウラの案内でおばさんに挨拶してガラス越しにテル君を見つめる。

 これではもといた病院のICUとなんら変わり無いと思い涙が出る。

「実はね、たいへん申し上げにくいんだけど照之君には時間が無いんだ。体は衰弱しきっていて予断を許さない。もってあと数日……」

 思った以上に悪い状態に愕然として、廊下の手すりで体を支えてやっと立っている。

 テル君とリンクしていて生命活動の何かが欠如したように感じていたが、見ないフリをしていた。アウトサイドは永遠に続いて私達は幸せな一生を終えるのだと錯覚していたのだ。

「今すぐ助ける事は可能だ。けれど前にも言ったとおり素体の記憶をインストールしてあげないと記憶の無い器だけの存在を作ってしまう」

 私が決めることではないのは明白で、家族でも無いのにこのまま目覚めて家族と暮らすほうが幸せなんじゃないかと思えてきた。

 記憶なんてなくても家族が守ってくれるはずだ。

「君はどうしたい?この3年君は彼の唯一の家族だ。君はこの先も彼と過ごしたいなら……過ごせる可能性があるなら有村博士を探さないといけない、時間は無いよ」


 飯島紀子は私を見ても表情を変えなかった。

 偉そうな局長室で、偉そうに大きな椅子にふんぞり返っている。

 コウラは付き添いみたいにドアの所に突っ立ったまま薄ら笑いを浮かべて様子を見ている。

 母よりも少し若い飯島に別に謝罪とか期待していたわけじゃないが、きわめて冷たい対応に少しだけ怒りが湧いた。

「それで私に御用とは何かしら?忙しいので手短に願うわ」

「有村祐一郎の所在について知りたいので教えていただけませんか」

 拳を握り丁寧に言葉を発した。

 変換するとこうだ、(親父の居場所、今すぐ教えろや!このババア)だ。

 穏便な笑顔で聞いたら失笑された。

「今さら博士にお会いしてどうするの?パパとか言って甘えておねだりとか?」

 バカにした顔で笑う飯島は想像以上に綺麗で腹が立った。

 母の殺したいはまんざら嘘ではなさそうだ。

 コウラが後ろで「えっ?」と驚いた声を上げた。

 そういえば私が有村祐一郎の娘とは言っていなかった事を思い出したがどうでもいい。

「おねだりなんてしません、アウトサイドのコントロールを頼みたいんです」

 アウトサイドという響きに呼応するように飯島紀子の顔色が変わり椅子から立ち上がった。

「あっ、あなた何を言って……まさかアウトサイドが開いたの?」

 あきらかに興味の対象を見る目に変わった飯島は鼻息が荒くなった。

「実験でも開かなかったものが何で今?」

「紀子ちゃん、有村室長に何も聞いて無いのか?たぶんその実験は前段階、バイオ合成型ブレインチップの挿入とただのイメージトレーニングみたいなものだ。だから実験とか大げさなものじゃない、紀子ちゃんが見たのは……」

 飯島紀子はコウラの言葉に少しムッとしてから私に向き直る。

「それでどうなの、アウトサイドはどんな感じ?私の推測では意識を保ったまま夢の世界を楽しむ事ができる。そんな世界なのでしょ」

 コウラが何か言おうとすると敵意なのか有村の弟子と言うライバル心なのか飯島が睨んで言葉を止めた。

「佐久間君は黙っていて!」

 コウラはここでは本名を名乗っているのだと思いフンとする。

「私はアウトサイドのコントロールは出来ると信じて研究してるの、これが実現すれば世界中の遊園地やゲーム産業は衰退して私は莫大な利益を受ける」

 この女は金のために研究しているのか……

「佐久間君の提案した夢にアクセスできる装置ももうすぐ完成するし後はアウトサイドの仕組みを解明して……」

 飯島紀子の皮算用が始まって夢見がちに視線が泳いでいる。

 こんな話をするために来たわけじゃない。

「申し訳ないですがその話より父は何処にいるのですか?教えてください」

 無理やり起されたみたいに不機嫌に私を見た飯島は数秒すると思いついたようにいやらしく笑った。

「教えてもいいけどその代わり佐久間君の観測機ができたらあなたのアウトサイドを観察させてくれる?私は無駄な事が嫌いなの」

 私は溜息をついて了承すると嬉しそうに契約書を出した飯島の顔は少し歪んでいるように見えた。

「これにサインして」

 渡された紙に目を通す。

 一つは研究に協力する事と、もう一つは秘密保持と金の話に関する契約書だ。

「それで有村祐一郎の所在ね」

 サインを確認して美しくて薄気味悪い顔に拍車がかかる。

「祐一郎さんはね……今は……旅をしているわ!二度と帰らない旅」

 わざわざタメを作ったクイズみたいな話し方に顔が歪んでいると思う。

 イラつきながらコウラと顔を見合わせ何のことか判らずに戸惑った。

「二度と帰らない?死んだ?何言って……今すぐに呼び戻す事はできますか?」

「別に死んでないわ、二度と帰らないと言うのは少し言いすぎかな、もう会うことが無い、私達と彼の時間は違えてしまったの」

 バカな生徒に解けない問題出すみたいな嫌味で飯島が笑う。

「タイムマシン?」

 コウラが呟いた。

「タイムマシン?まあ近いわね、祐一郎さんはある施設で時間を越える装置の中で睡眠中なの、私はすでに管理のみ関わっているけど実験自体の詳細は知らないわ、それで今は実験を兼ねた試作機の中で被検体として眠っているところよ」

 優越感で充たされたように飯島紀子は腕を組んだ。

「それは実験じゃない未来へ行くための一番簡単な移動方法だ。すでに理論は確立して有村室長ならなんて事の無い技術だよ」

「佐久間君、知りもしないで祐一郎さんの偉業を汚さないで、このプロジェクトのためにどれだけのお金がかかっていると思うの?彼の実験が成功すれば不治の病で苦しんでいる人が大金出しても使いたくなる技術なの、冷凍睡眠なんてばかげた事してゾンビを作るようなものとは違うのです」

 ある種の正義感じみた偉業が金額に変換され、金持ち目当ての商売に成り下がった。所詮飯島紀子は金になる事だけを優先しているのだろう。

「祐一郎さんは220年の眠りに付いたからもう会うことは無いデータは私が管理運営していくと約束しているから娘のあなたには関係ないの、あなたはお父さんの研究のために協力すればいいだけ、わかる?」

 私とコウラは有村祐一郎の実験施設の場所を聞き出して行ってみる事にした。

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