第25話 爆発の記憶
いつもの喫茶店に母と向かい合わせで座るのは変な感じがする。
ここには一度だけ指輪の証拠提示で来ただけで、こうして席に座り真面目に話すのは初めてだ。
いつも友達と女子トークをする店が違って見える。
母にはあらかじめ父のことで話があると伝えているので、微妙な威圧感が感じられるほど母が気を張っているのがわかった。
そんなに嫌な思い出なのだろうか?
私は父との記憶で嫌なものはない、研究所の記憶はなぜか曖昧でそのほかは楽しい思い出が多い普通の親子関係だと思う。
普通の……私はあることに気がついた。
正直父のことを深く考えたことが無いので気にすることはなかった。だが今の状況でどうしても想わなければいけないのだが父との記憶が動画として脳内で再生されない、画像が点在するだけでその前後のやり取りとかそれ以外の場面が思い出せないのだ。
まるで記憶を植えつけられたように……
「私ね、お父さんに会いたいんだけど、連絡先教えてくれないかな」
私はあまりにもストレートに聞きすぎたかな?と思い恐る恐る母を見た。
正直母の圧力に押され下を向いたままで言葉を発した事を悔やんだからだ。
「サラは子供の頃の事、何も憶えていないのね、あの最後の実験でサラは死にかけたのよ。あのマットサイエンティストのせいで……」
母の父に対する感情が溢れていて私の表皮がチクチクと痛むのを感じた。
マットサイエンティストとは科学者に対してひどく侮辱的な言葉だ。
母は躊躇う事無くそう言った。
しかも実験とは何だろう?
私にはその記憶が無い、あるのはあの研究センターで食べたやけに美味しいオムライスの思い出だけだ。
「ごめん私何も憶えてないや、実験ってセンターでの事だよね、あのセンターで憶えているのはオムライスが美味しかった事だけかな」
私はバツが悪いのと子供っぽい思い出に苦笑いした。
「オムライスってセンターにはそんなメニューは無いわ、それはたぶん飯島の作ったオムライスね、センター内にある特別区画はお父さんのための施設だったからそこで食べたものね」
母の機嫌がさらに悪化した。
飯島と言う助手への文句を言って荒れている。
大人の事情らしい。
「もしかして飯島さんって女でお父さんと……」
私の言葉に母がハッとして我に帰ったように咳をした。
図星か……
「その飯島さんとお父さんは今一緒にいるの?」
私の質問に困った顔をした母が言葉を捜しているようだ。
子供に対して親の恥部を晒すのは大人として迷うのは当たり前だろう。
「私、もう高2だよ、そんな事情があっても別に気にしない、よく分からないけど人間はそこまで綺麗な生き物じゃないと思えるから」
自分の躊躇いや愚かさを自分で指摘するように言った。
テル君を救う意味について代償を計算した自分と、自分を犠牲にすることをためらう生存本能みたいな汚さが今更ながらしみこんでくる。
「そうだよね、何時までも子供じゃないか。離婚した頃はその飯島紀子と言う助手と付き合っていたわね」
「ちょっと待って!飯島紀子?脳科学者の?」
私が知っている事に驚いた母は、その医者がテル君の担当だと聞いてさらに驚いている。
「今はもう一緒じゃないと思う。実はお母さんも知らないのよ、お父さんが今何処で何をしているか、あなた達の養育費は毎月キチンと支払われているから生きているとは想うけど」
本当に行方不明、マットサイエンティストらしい生き方しているな、未来人だし……
「サラはどうしても会いたいの?出来れば理由を知りたいんだけど」
母は何かを心配しているようなそぶりを見せた。
「テル君のことで聞きたい事があるし出来れば手を貸してもらいたい。ある人の話を聞いたの、テル君を本当に救えるのは有村祐一郎だけだって」
母は驚きもしないで私の話を聞いた。
まるでそれが本当で当たり前だと言いたげな顔をしている。
それほど天才だったのに今は何処にいるかすらわからない。
「探すのはかまわない、でも聞いて欲しい、幼いサラがあの人に何をされたのか……聞いてから決めなさい」
真剣な顔で聞くには目の前のパフェは邪魔だった。
コーヒーにするんだったと後悔している。
「あの人はサラの頭をいじったの、研究のために必要な実験だと言って、当時は睡眠と脳の研究はほとんど進んでなくて、実験用のコンピューターすらマトモなのがなかった時代、今のスマホのほうが遥かに高性能だと言えばわかるかな、そんな状態でどうやったかしら無いけど10日間もサラを監禁して実験動物のように脳の反応や私には理解できない実験を始めた。私はもちろん反対で娘にそんな事できる人が信じられなくなった。もちろん実験の担当から外されて特別区画に入る権限も取り上げられた。もちろん抗議したわ、警察にも相談してり児童相談所に通報したけど圧力が凄かった。一介の研究者がどうやったか知らないけどね、私が殺されなかったのはその後のケアのために必要と判断されたからだけ、だから何をされたか私は知らないけど実験が終わってサラを見たときショックだった。まるで廃人のように表情がなくなって、眠ると急に騒ぎ出すようになった。恐ろしい夢でも見るような感じだと想う。そのときお母さんは離婚を決意していたのだけど、お父さんはそれを予測していたみたいに言ったわ、私との間に愛など無いと、ただ遺伝子が適合しただけだと言ったのよ、もう呆れちゃって大笑いしたわ、もちろんぶん殴ったから少しすっきりはしたかな、ただその頃のサラを思い出すとお母さん心配でね、実験を止められなかったのも悔やまれるしこの前みたいに倒れるとお父さんと飯島紀子を殺したくなっちゃうのよ」
殺すんですか……さすがに冗談と言った母が私の手を握った。
「忘れないでね、あの人は天才で人間などには興味は無いの、だから会えたとしても変な実験に協力しちゃダメよ、二度とあわせるつもりはなかったけどサラが決めたことは応援する」
母が飯島紀子の連絡先を教えてくれた。飯島紀子は父の行方を知っているかもしれないと母がそう言って指の関節を鳴らす、面白くないのだろう事は察しがついた。
ユウとハルとその他2名と那須高原を満喫した。
正直そんな気になれないのは隠している。
ユウとハルは最初この旅行をやめようかと言ってくれたのだ。
テル君の状態が悪い事を理解してくれたし私が焦っている事も承知していた。
それでも私が旅行に来たのはどのような選択をしても後悔を減らすためだ。
この二人の大切な友人と大切な時間を過ごすことでキッカケが掴めると思ったのだ。
皆と楽しんでいても内心は焦る気持ちが体を満たしている。
そんな私は自分が酷い奴だと思いながらも、この今しか感じる事の出来ない空気を自分に取り入れた。
リアルに興味を持てなかった自分がリアルを楽しむ、私の中で大事なものがさらに大きくなっていく。
帰りは皆と別行動になる事を出発前に申し出ていが、出発前日にタケルは不満そうな顔をして東京に行くのやめろと言ってきた。
タケルは私のことを好きだと、大真面目に告白してきたのだ。
旅行の前に気まずくなるような事をしてしまうタケルに私は笑い出した。
「ありがとう、タケルの気持ちは伝わったよ、でも今の私はタケルと付き合うことはないよ、本当に愛する人がいるのに気持ちが動くことはないんだ。でも未来は分からないもしかしてタケルの事を好きになるかもしれないね」
「えっ?それって可能性が在るのか」
救われたような顔をしたタケルに笑いかけた。
きっとすごくズルイ笑顔だと、ちゃんと理解している。
「そう可能性はどこにでもある。タケルが私をずっと想っているかもしれないし、すぐに私を忘れて違う誰かを好きになるかもしれない」
タケルはそんなことは無いと全否定する子供だ。
生き続けるとは常に変わるモノだと理解できないでいる。
私は「そうなんだ」と言って笑った。
那須まで行ったその足で東京に行く。
不満そうなタケルとよく分からない大介、優しいユウとハルと別れテル君の見舞いと飯島紀子に会うために、上りの新幹線に乗った。
彼女に会って父の居場所を突き止める。
そしてついでに文句の一つも言ってやろうともくろんでいるのだ。
私の記憶はニセモノの可能性がある事にすでに気が付いている。
どうやったか知らないが植えつけられたみたいで、母と話しているうちに整合性を失った記憶が少しの頭痛と共にフラッシュバックするみたいに実験の断片が見えるようになっていた。
無表情な父と飯島紀子の顔も浮かんでくる。
それは暗い部屋で幾つものコードを体中に付けられて硬いベッドに横たわる記憶、モニターが目の前にあり訳のわからに情報を見せられている。
天上からモニターの横を透明の管が2本のびて私の後頭部に繋がっているイメージで吐きそうになる。
まるで筋肉を鍛えるように脳を鍛えられている感じで圧迫と抑圧、おぞましくも甘味な快楽が繰り返される記憶……そんな何篇かの記憶の最後に強烈な爆発がある。
私は生きているので夢かも知れないその爆発を再生させるたび体が震えた。
今の私が見る夢の体質と関係があるのだろうか?
その真相も飯島紀子から聞き出したいと思う。
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