第24話 希望と迷い
テル君が消えた日、目覚めてすぐに久子に電話をした。
スマホの起動やタップ、自分の指の動きがこんなにも鈍重で時間ばかりが平気でスピードを上げていることに困惑しながら久子の声を待った。
私はきわめて落ち着いた口調でゆっくりと話す。
そうしないとアウトサイドのテル君が消えてしまったことを簡潔に告げることができないと思ったからだ。
恐る恐る現在の容態はどうなのか聞く、もしかしたらテル君の時間が尽きてしまったのでは?などいやな想像が意識の表面に浮かび、私の思考を支配しそうになる。
「ごめんなさい、実は昨日お兄ちゃんは東京の病院へ転院になって……お父さんに黙っていなさいといわれて」
リンクの有効距離を越えてしまったということか?
私はすぐに東京に向かう準備をした。
東京にはたぶんだが、父がいるはず、行ってしまえば何とかなるような気がした。連絡先を母から教えてもらわないといけない。
そんな勢いと甘い考えで荷造りしているとスマホが鳴った。
『あ~コウラだけど、ねてた?』
いつもと変わらない陽気な声を聞いて朝からテンションがダダ下がる。
「今から出掛けるから相手してる暇無いよ」
私の言葉に少し間を置いて爆笑したコウラが咳き込んだ。
『いいからあわてるな、大神さんは東京に行こうとしているんだろ、彼氏のことで』
「なんで……あっ!あんたの仕業?」
『ご名答、コウラ様の力で転院をさせました。この時代の睡眠科学の最高峰で脳科学者の飯島紀子医師に担当してもらいます。感謝してください、だからいきなり東京に行こうなんて思わないでね』
私は一気に気が抜けてベッドに座り込んだ。
「それじゃあテル君は助かるのね」
私は嬉しさのあまり小躍りしそうになるのを押さえ冷静を装う。
『まあ、確かに損傷した脳の領域は治る。もちろん神の力を飯島博士に授けるのが条件なんだけどね、理解させるまでに結構苦労したよ』
神の力というのは未来の力なのだと私は知っていたがコウラには黙っていた。
『損傷した部分は直るよ、綺麗にね、ただ機能や記憶は白紙のままで目覚めても赤ん坊と同じで君のことも家族の事も分からない、ある程度成長しきった脳は赤ん坊のようには成長しないと思う』
「そんなんじゃ目覚めても意味が無いじゃん、今までの素体はやはり創造の産物だった事になるよね、神の力はそんなものなの」
私の落胆をよそにコウラは冷静に話し始める。
『確かにそのまま目覚めれば記憶は白紙に戻ったままだ、だけど素体を転送できればそのままの彼氏さんが戻るかもしれない』
「でも、テル君の脳は大部分が破損して記憶が無いんでしょ、アウトサイドのテル君は創造素体で……」
難しい事は分からないけど素体のテル君はやはり別物ということになる。
『ぼくも分からないけどね、アウトサイドにいる彼氏さんは本物だと思うよ、彼氏さんが事故にあった時に君たちは強くリンクして君の中に彼は無意識にダイブした。自分の大切な記憶を持ってね、今のアウトサイドは大神さんのモノだけど出来たきっかけは彼氏さんがいたから、非常に稀な偶然が重なって出現した広大なアウトサイドは彼なしでは成り立たないと思う』
「え、今テル君は私の中から消えてしまって……」
私は体中の血液が冷却されているように身震いした。
『それは問題ない、今彼が消えているのは本体がリンク外にいて形を保てなくなったからで心配する事じゃない、いまも実態は無くても大神さんの夢の中にいるはず』
「それじゃあテル君の素体を現実のテル君に移せば」
『端的に言えばそうなるよ、ただそれは高い代償を払う必要がある。アウトサイドの中から持ってくるのが普通の物体じゃない、人という大容量の情報を持ち出すことになれば、今形成されている広大なアウトサイドは一つの柱を失い形を保てなくなり崩壊する事になる……いや、もしかすると彼氏さんがこのアウトサイドの主なのかもしれない』
「主が消えてアウトサイドが消えるだけじゃないの?」
わたしの言葉にしばらく黙ってしまったコウラが溜息をついて話しだした。
『その空間を背負っているのは大神さんだからね、空間の崩壊が起きれば君の周り半径3キロは人の立ち入れない時空崩壊地帯になってしまうと思う』
「時空崩壊?それはどういう……」
『簡単に言うと宇宙の始まり以前の状態みたいなもので、そこには何も無いが何でも存在する領域、不安定なもの、そうだな、たとえば雷が落ちたり故意に爆弾などを炸裂させるとビックバンが始まって全てがリセットされてしまう』
「それってどうにもなら無いって事じゃない」
『だから代償が必要なんだ。よく聞いてちゃんと考えてほしい、大神さんは自分のアウトサイドの中では最強だ。そこはすでに新たな世界として存在している。実にすばらしい世界です。大神さんの彼氏を助けるためには、彼氏を現実に戻したら失った支柱を再構築して崩壊を防がなければいけない、それには大神さん本体でその世界を統べる必要がある。新たな柱としてリアルな大神さんをその世界に召喚してこの世界から独立させる。バランスの取れたデータ状態を維持することが必要なんだ』
「それってもしかして私が昏睡状態になるってこと?」
コウラがまた沈黙して長考した。
『正直に言う。大神さんは現実世界から消え、大神さんのアウトサイドはこの世界から弾き飛ばされる。新たな時空で新たな世界としてこの世界から独立します二度と繋がる事は無いだろう。今の現実世界では大神さんがいないと言う改変が起きる。最初から君の存在など無かった平和な時が流れだすだろう。だからよく考えてくれ……僕はこれ以上の助力は出来ない、能力の限界なんだ。このまま彼氏さんを治療して白紙の彼氏を目覚めさせれば情報はアウトサイドに残り空間は長い時間をかけて自然に消滅すると思う。もちろん彼氏さんは別の人格となり大神さんとのリンクも消えてアウトサイドでの形を保つことはないけど崩壊はふせげる』
私が何かを捨てればすべてが上手く行くってだけだ。
テル君を犠牲にして……だが現実でのテル君は助かる。
幸福かは図りかねるが家族が支えて生きていける。
私は何を迷っているのだろう?素晴らしくいいことじゃないか……
でも……私の大切なものは何も存在しない、大切なモノを捨て去ってまで生きていく価値があるのだろうか、救うべきは私自身なのだ。
それを見捨てる私の幸福などどこにも存在しない。
『あの人がいてアウトサイドをコントロールしてくれれば何とかなるかも……』
コウラの独り言的呟きが私の耳に入る。
あまりに小さな呟きなので聞こえるとは思っていなかったようだ。
「あの人とは誰なの?」
コウラは躊躇いがちに知っている人物の名前を言った。
『有村祐一郎』
私が有村の娘とは知らないコウラが「どこにいるのか分かればね」と言ってため息をついた。
一切の情報を隠して父は行方をくらませたのだろう。
コウラからの電話が嘘だったみたいに私はしばらく放心して動けなかった。
私が犠牲になりテル君が助かり幸せに生きていく場合……でもそこには私はいなくてだれも私を覚えていない。
私は一人あの世界で生きていくのだろうか?
確かに私はテル君が好きでたぶん今は愛に変わっている。
迷う事無く自己を犠牲にして、愛する人の幸せを願うのが正解なのかだろう……か?
どちらにしても後悔だけが付きまとう、正解と呼べるものはどこにもない。
私は答えを見つけられずに溜息をついた。
所詮私も生きていくと言う事に関して自分がかわいいのかもしれない。
有村祐一郎なら……父なら何とかできるのだろうか……私やコウラが届かない答えを知っていて教えてくれるのか?天才未来人科学者で私の実父、私はこのジレンマを解消するために意を決して母と話をしなければいけないと思った。
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