第11話 指輪と久子

 アウトサイドに入るとマインパックは確かにウエストに括りついている。

「今度はバックなんだね~」

 テル君が可笑しそうにバックを指差した。

 私はへへっと笑いながらテル君にハグをした。

 背景の松林には妖精は飛んでいるが虹色の固体はいなかった。

「テル君、今から懐かしい所に行かない」

 テル君は一瞬驚いて私を見ると、世界を広げたの?と問われた。

「怒らないで、このアミュレットのお蔭で、脳の負担を減らして再現できるフィールドが増えるの、私の負担は新たな部分を含めても全体として五分の一程度だと聞いたから安心して」

 私は少し俯き加減で視線だけテル君を見た。

 できるだけ可愛いそぶりと言うのを試したのだ。

 ため息をつくテル君が少し笑う。

「しょうがない、サラが決めたことなんでしょ、僕は従うよ」

 笑ったが困った表情を含んでいる。

 たぶん心配でたまらないのかもしれない、優しいテル君の考える事なので気を使わせて申し訳なく思う。

「じゃあ行きましょう」

 私は落ち込みながらも松林の中に某猫型ロボット的なドアを作り出した。

 どうやったとかよく分からないがこのイメージならドアを作り出せるとか思ったらそのとおりになったので少し驚いた。

「ここから出入りできるように創造したから。私の居ないときでもテル君は出入りできるよ」

 ドアを開けると私にも懐かしい風景が広がった。

「中学の校庭か……」

 二、三歩踏み出て振り返るとこんなドアなかったと思うところに海岸のドアがある。

「懐かしいでしょここから私の家辺りまで広がっているの、当然テル君の家も再現してあるよ」

 二人で懐かしい通学路を歩いた。

 途中の駄菓子屋でアイスをもらって家に向かう。

「学校帰りの買い食い禁止じゃなかったっけ?」

 テル君が大真面目な顔で言った。

「もう中学生じゃないし、現実ではテル君も卒業したんだよ。卒アルでは私とテル君だけ入学の頃の写真だけどね」

 思いのほか落ち込むテル君にどうしたのと聞いた。

「いや、万が一目覚めたらもうこの世界に入れなくなって、ここで二度とサラに会えないのかと思うと複雑だ」

 寂しそうに笑ったテル君が何か言いたげに私を見た。

「大丈夫だよ、きっとテル君は目覚めてもこの世界の住人に代わりは無いから」


 なつかしの我が家に着くとテル君と一度解散して各自の家に入る。

 私が用事を済ませてからテル君宅にて合流することにした。

 当たり前だが玄関を開けると住んでいた当時と同じにおいがした。

 昼間の日差しが入り込む廊下に当時の記憶がよみがえる。どこか懐かしく、ここに戻ると世界から切り離され、ほっとしている中学の日常がひろがるなとか少し弱気なものが姿を見せる。

「ただいま~」と習慣で言葉が出たが返事があるはずも無い。

 私はある目的を持ってここに来たのだ。

 何を持ち帰ろうか考えていて思うところがあったからだ。

 もちろん現金がいいとか下世話な事も考えては見たが、何か違うなと思いここに来た。

 中一の頃母が無くしたと言った指輪を取りに来たのだ。

 母が大切にしていた父にもらった指輪で高価なものらしい。

「お母さんあの指輪ここに入って無いよ」

 そう聞いた時母は寂しそうに私を見た。

「指輪ね、なくしちゃったのよ、探したけど見つからなくて」

 そう言った母に私が探すといって結局見つけることが出来なかった。

 確かここの箪笥の引き出しに……中学以前からあるこの箪笥を特に意識してなるべく古いイメージで再現できたと思う。

 小学校卒業前に貼ったシールの後が付いていないことに満足して引き出しに手を伸ばす。

 引き出しには私の記憶通り指輪があった。

 さすがの再現力だと自分に感心して指輪をマインパックに入れる。

 代わりにビー玉一つを引き出しにしまった。

 母の喜ぶ顔が目に浮かぶ。

 さすが私だ。

 努めを果たして高揚した気分のままいそいそとテル君の自宅に向かう。

「おじゃましま~す」

 あの日以来避けていたテル君の実家に足を踏み入れた。

 玄関で少しためらったが夢なのだと言い聞かせ一歩踏み出した。

 昔みたいにそのまま2階にあるテル君の部屋に行くと懐かしい気持ちになったがテル君はいなかった。

 すぐにテル君を探そうと部屋を出ると奥の久子の部屋の戸が開いていることに気が付いた。

「テル君?」

 そっと覗き込むと久子の部屋で立ち尽くすテル君がいる。

「これはどういうことだろう?」

 テル君が呟いたので私は歩み寄って呆然とする。

 ベッドの上に久子が眠っている。

 意識は無いが実体としてそこにある。

 私は召喚した憶えは無いしテル君以外の人をここに置くつもりも無い、よく分からずに私はハサミの刺さった自分のお腹の辺りをさすった。

 傷が疼いたからだ。

「原因が分からないから触らないほうがいい」

 もしかして何かの警告や前触れかもしれないと思った。

「私、目が覚めたら久子ちゃんに会ってみるね」

 テル君は黙ったまま頷いた。

 結局テル君はそのまま自分の家で待機する事にしたので私は浜辺に戻って虹色の妖精を探す事にした。


 気になる事で集中力を欠いたので結局収穫ゼロで目が覚めた。

 何か悔しいなと思いながら私はパックの中を確認した。

「本当に指輪がある」

私は目覚めたばかりで自分の頬を強くつねった。

 痛い!どうやら現実の世界に戻ってもそれは存在する。

 すごいというか恐ろしくなった。

 早速居間に行き、出掛ける準備をしているお母さんのところに行って、得意げに指輪を出した。

「見つけたよ」

 ドヤ顔で指輪を見せ付けると母の顔色が変わった。

「サラ、それを何処で?なんであんたが持っているの?」

 心なしか母の顔が怒りに満ちている。

「サラ、あんた、お父さんに会ったの?いつ?何で勝手にあったりするの」

 怒りに打ち震える母をはじめて見た。

「私おとうさんになんて会ってない、電話だって知らないし」

「分かったわ、あの男が勝手に会いにきたのね、もう我慢できない」

 そう言うと出社用の鞄をつかみ化粧の途中にも関わらず出て行ってしまった。

「あれ、洋子さんは?」

「スイマセン、怒って出て行きました」

 おじさんに事情を話し、私が地雷を踏んだ事を白状した。

「その指輪、たぶん無くしたんじゃなくて、お父さんに返したんじゃないかな」

 私は指輪を探そうとしない母の事を不思議に思っていたこに気づく。

 少し考えれば分かる事に気づかないふりをしていたのだ。

 父が出て行って当事はまた元に戻るとか子供の都合でしか見ていなかったのだ。

「でも、お父さんからじゃないとすると、その指輪は何処から?もしかして夢の中で拾った?なんてことは無いか、ははは」

 おじさんは笑って冗談を言ったつもりだろうけど、私は血の気が引くのを悟られないように引きつった笑顔で対応した。

 この力は注意しないと、私や家族の関係を壊してしまうかもしれない。

 少しの間違いで全てを無くすほどのインパクトがこの力にはある。


 私はアリバイ工作に走った。喫茶店でコウラに相談するとマスターに言ってこの喫茶店で手に入れたことにするという解決案を示して事なきを得た。

「これでどう?ここで見つけたことにする」

 マスターさんが棚にアクリルケースで幾つかのアクセサリーを飾った。

 そこにあったことにするので、あとでお母さんと来なさいといってくれた。

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