第12話 久子の仇討

 実体のテル君は在宅で治療を受けている。

 私はテル君との本物の思い出がある本物の街に久し振りに戻ってきた。

 夢の中ではよく来るので久し振りというのは少し違うかと思いなおす。

 以前私が住んでいた家は知らない人が住んでいるようで、小学校のジャージが干してあった。

 休日の町内は昔より寂れて見えた。

 昔と言っても1年たっていないのが不思議だった。

 インターフォンのボタンを押す。

 テル君の幼馴染として認められていたときはこのボタンを押した事が無いので不思議な気持ちになった。

 現実の世界では遠い存在になったテル君、今も変わらずに馬鹿な話とかして楽しく過ごしているのに、ここにはそれをぶち壊すほどの現実がある。

 私は卑怯者なのかも知れない。

 現実逃避のプロとも言える私は自身の能力に逃げ込んで傷ついたものを排除しているのだ。

「はーい、どちらさま?」

 おばさんの声が響く、名前を告げると一瞬黙り込み「チョット待ってね」といわれすぐにドアが開けられた。

 私は無言で深く頭を下げた。

「いらっしゃい、お久し振りね、上がって」

 おばさんは一段と白髪が増えて老いた様に見えた。

 居間に上がると以前は無かった介護用のベッドが大きくスペースを奪ってそこに鎮座している。

「挨拶してあげて」

 おばさんは穏やかに私に告げた。

 私は持ってきた花と菓子折りをおばさんに手渡すと、本物のテル君が眠るベッドの横に立った。

「日に焼けてませんか?」

 私はそっとテル君のこけた頬を撫でた。

 浜辺で見るテル君はあの日のまま健康的に中肉中背なので悲しい現実を目の当たりにする。

 本物は成長しながらも生命力は減退している事に気がついた。

 部屋全体が独特の臭気に満ちてそこには死の影が寄り添っているのだ。

「テルはいつも寝てばかりなのに、なぜか日焼けするのよね。可笑しいでしょ、最初は肝臓が悪いのかと思ってみてもらったのだけど日焼けのようですなんて言われて」

 夢のテル君が実態に影響しているのか?そんな事は無いとはいえない、私の想像の産物とはいえ何があってもおかしくは無いのだ。

 私は寝ているテル君の髪をそっと撫でた。

「ごめんなさいね、サラちゃんには迷惑掛けて……テルがこうなったのはテル自身の責任なのに見ない振りして」

「それで現状としてはどうなんですか?テル君の意識は戻らない……」

 私が言葉を切るとおばさんは困った顔をして「分からないの」と言った。

「でもこのまま目が覚めなければゆっくりと弱っていくと……奇跡が起きて目覚めても後遺症が残るそうよ」

 八方塞なのと言って、台所にお茶を入れにいった。

 今日はテル君のお見舞いがメインじゃない、久子がどうしているのか知りたいと思ってきたのだ。

 私を刺した事は警察には言わなかった。

 それに錯乱した久子に刑罰が下るほど日本の法律は厳しく無いし私も久子のことを憎んでいない。

 お茶を入れてきたおばさんが座るように促がした。

「中学のお友達も今では尋ねてこなくなって、テルも寂しいと思うの」

 私にはもう来るなと言ったことは覚えていないだろうな。

「あの、久子ちゃんは?」

 私の言葉におばさんの目が泳いだ。

「なにかありましたか?」

「久子はいまね、施設にいるの……」

 やはり何かあったのだ。あの寝ている久子は何かのメッセージかもしれない。

「テルの敵を討ってしまったの、何を思ったか分からないけどサラちゃんを刺したあとお兄ちゃんをこんなにした本当の犯人を倒すとか言って……」

 久子は木刀で梓と若山チカをボコッたらしい、執念深い久子はたぶん私の言葉の裏を取ったのかもしれない。

 おばさんが聞いた話では、海に行った連中の中にテル君に好意を持っていた若山チカという女が遊泳禁止で溺れたフリをしてテル君が助け様としたところ離岸流に流されて溺れた。というのが久子のたどり着いた真実で、しかも私とテル君の映画デートをみんなの前で喋った梓もわざとやったと吐かせた久子の執念、私をハサミで刺すわけだ。

 で、今度は刺さずに木刀でボコッたと言うオチ。

「変なお願いしても良いですか?」

 おばさんはすでに寛大な仏のようで多少の変な頼みでも了承してくれた。

 私は久子の部屋に入れてもらいベッドで寝かせてもらった。かなり怪しい行動におばさんは目が点になるが「どうぞごゆっくり」と言って下りていった。

 さて、ここで眠ればかなり近い確立で久子と話せる気がする。


 私と久子は家の前の道路で向き合っていた。

 腹が痛いし血が出ている。

 やはりこのとき久子との間に何かのエネルギーが構成されたのだ。

 それでこの街を再現する事で久子が現れた。

 ヒリヒリするような感覚で久子という異物を夢の中で構成したのだ。

「久し振りね、もう気は済んだ?」

 パッと気が付いたように私を見た久子が困惑した顔をする。

「なんであんたがここにいるの?」

「私だけじゃないよ、ほらそっち」

 玄関を指差して久子を向き合わせた。

「よっ、久し振り」テル君が軽い感じで右手を上げた。

「お兄ちゃん!なんで?なんでここに」

 久子は泣き出しテル君に駆け寄った。

 私はお腹をさすり刺し傷を無かった事にして二人の所に近づいた。

「ここは夢の世界で、あんたは何でここにいるの?なにか言いたいんでしょ」

 テル君に抱きついて離れようとしない久子に質問する。

 テル君が優しく頭を撫でた。

「ひーちゃんゴメンね。僕のせいで辛い思いしたね」

 その言葉でさらに拍車がかかって大泣きする久子に「あまり時間が無いから手短にたのむ」と言って少し強引に引き離した。

「いま、どうしているの?」

 久子は小さな声で「児童自立支援施設にいる」と言った。

 やはりこの久子は現在の久子で、夢の中でリンクしているのだ。

「そっか、お兄ちゃんの敵を取ってくれたんだね、ありがとう……でもね、僕が自分で決めてこうなった。悪いのは僕なんだ。サラに告白した時も失敗、海なんかに行きたくも無いのに行ってしまったこともね、ひーちゃんが僕の事を思ってくれたことは嬉しい、でもひーちゃんが罰を与えてもいいなんて事はない、施設を出たら皆に謝るんだ」

「なんで私が謝るの、嫌だよあいつら普通に暮らしてんだよ、何にも無かったみたいに」

 怒りを露わにする久子にテル君も何も言えなくなった。

「久子ちゃん、あんたが言う事はもっともね、でも何もしなくていい、これ以上はお母さんを困らせるし、テル君も悲しいよ」

 久子が私を睨んだが気にせずに頭を撫でる。

「で?梓と若山チカを何処までボコッた?」

 そう聞くとテル君が「サラ、悪い顔してるよ」と突っ込んできた。

「そんなに殴れなかった。多勢に無勢、あいつらの友達に抑えられて」

 結局何も出来なかったらしい、それなのにあいつらが大げさに警察に喋ったのがきっかけで今現在更生施設にいるという最悪の展開。

「分かったもう何もしなくていいよ、あいつらにはお灸が必要だ。私が権利を行使する」

 別にどうでもよかったが、テル君があいつらの話を聞いて拳をぎゅと握ったのを見逃さなかった。

 テル君だって賢者ではない心のどこかで悔しいのだ。

 久子が私をみて頷くが「でもお兄ちゃんをふったあんたの事、許したわけじゃないから……けどハサミで刺した事はゴメン」

 そういってもう一度テル君に抱きついた。


 目が覚めて起き上がり時計を見た。

 七分進んだデジタル表示が次の時間に変わる。

 私は居間に戻りおばさんにお礼を言った。

「なにかスピリチュアルな事かしら」

 変なこと言うなと思いながら帰りますと玄関に出た時だった。

 おばさんの携帯が鳴った。

 おばさんはあわてた感じでおろおろとしている。

「どうかされたんですか?」

 私の質問に、施設で久子が倒れて意識が無いといわれたらしい。

「病院に運ばれたんですか?」

 そうだと言うおばさんにお財布と携帯を持たせ、一緒にタクシーに乗り込み病院へ向かう。

 この緊急事態に近所に住むテル君のおばさん、つまりテル君のお母さんの姉に来てもらい寝たきりのテル君をお願いしてきた。

 病院は、今私が住んでいる街の県立病院だ。

「なんであんたまでいるの?」

 病室に入ると久子は何事も無かったようにケロリと元気だった。

 腰が抜けるおばさんを支えて椅子に座らせた。

「私はテル君のお見舞いにお邪魔していたの」

 久子は目を細めて私を見た。

「だからか」

 そう言って笑いかけた。

「まあいいや、お兄ちゃんをよろしくね」

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