第10話 コウラと名乗る自称神2
「それは何?似合ってるけど」
テル君がアミュレットに気づいて聞いた。
「知らない男の人が夢で使えって……くれたの」
「何かそれやばいんじゃないの?」
「そーかな?何かね、いつもよりこの世界がクリアなんだけど、力も湧いてくるし今なら空だって飛べそうな気がするよ」
テル君は相変わらず優しい笑顔で私を見ている。
「まあ別段違和感も無いし、とりあえず気にする事は……んっ?」
目の前を赤く発光する物体が通り過ぎて思わず目をこすった。
「ナニこれ!テル君見た?今の虫みたいなの」
キョトンとしてテル君が「何?」と言ったので説明したが見えて無いのだろうと悟った。
しょうがなく一人目を細め砂浜奥の松林を見ると、さっきの発光体が見え隠れしている事に気が付いた。
それは赤色だけではなく青や黄色、オレンジ色と何色ものそれが漂っていた。中に一つだけ虹色に光る固体がまぎれている。
沢山の中の一つで一回り大きい。
これなんだろう?と思うがあまりにも綺麗で見とれてしまった。
「どうかしたの?そのチョーカーのせいで変な事になってるんじゃない?」
テル君が心配そうにアミュレットを指差した。
「見えるものに害はなさそうだけど……」
そういってアミュレットに人差し指を掛け外そうとして気が付いた。
アミュレットはすっかり肌と同化して付いている?
確認できない。
「やだ、これ外れない」
少し焦るとテル君がちょっと見せてと近づいて首元を覗き込むように私に触れた。ちょっと照れるなと思いながらテル君の指先の体温を感じていた。
「完全に同化して刺青みたいになっている。これ痛い?」
たぶんテル君が石のところを押したのが分かった。
「石のところでしょ、痛くはない」
テル君が視線を戻すと私と同じ高さに瞳が重なる。
テル君が夢の住人になった時は私の背は低かった。
「成長してるね」
テル君が私を見つめたまま笑いかけた。
私はその事にひどく落ち込んでしまう。テル君は2年以上私の夢にいる。
中二のままの姿でいつも笑いかけてくれる。
「泣かないで、サラの夢で生きる事で僕は幸せなんだ。だいすきだよ」
私は失礼な女だ。
テル君にそんな事を言わせてしまう。
わきまえてるテル君は泣いた私を見て気を使うに決まっている。
「ねえ、キスしてもいいかな」
私は大胆にもキスなどと言ってしまった。
大好きなテル君に言葉で気持ちを言うよりも、より強く表現できる気がしたからだ。
テル君は黙って私の頬に手を添えると優しいキスをくれた。
人気の無い夏の海岸で海風に晒されてキスをしてしまう私たちは、世間で言うところの(リア充爆発しろ)だなと思いながらテル君にさらに抱きついた。
夢の中なのでいいか。
目覚めて恐ろしいほどクリアな意識に驚いていると同時にテル君のくれたキスに頬が熱くなるのを感じ両手で顔を覆った。
ひとつだけ息を大きく吸って落ち着いてから正常な意識を自覚する。
今まではまどろみが強くはっきりと目覚めるのは学校についてからというのが定番な夢の生活、顔を洗って鏡を見ると青い石の一つが紫に変わっていた。
なんだろうと思い外そうとするが外れない、夢の中では刺青みたいになっていたのに今は普通にチョーカーとして存在している。
このままでは学校に行けないのでしょうがなくハサミで切ることにした。
鏡に向かうが上手く出来そうも無い。イロイロ試してクビ元に何度もハサミをあてがった。
「ばか!早まるな!」
洗面所の扉が開いて私を見たタケルが、入ってくるなりハサミを持った手を払いのけるとハサミは甲高い音で洗面台に落ちた。
「きゃっ、何するの!」
押されるように後ろによろけ、その拍子に洗濯機に尻を激しくぶつけ一瞬ひどい顔をしたと思う。
もちろん盛大な音が家中に響き渡る。
結局家族全員が集合する事になった。
「やっぱりあれか、この前俺が変な事言ったからか?でもそんな事で死のうとするなんて、おかしいだろ、そんなに辛いなら俺に話せ、家族なんだから」
タケルが涙目で絶叫したせいで、みんな驚いてお母さんなんて私を抱きしめた。朝から濃いな~と思わざるをえない。
「どういうことか説明してくれるか?」と言った横で佑太が泣き始めた。
もちろん台詞は「姉ちゃん死んだらダメー」だ。
「あ、あの、皆さん何か誤解が生じたようなので、説明させてください」
冷静に対処しないと心療内科とか連れて行かれたら厄介だ。
「私死のうなんてこれっぽっちも思っていませんので、ご安心を、それとハサミでノドを掻ききるなんて事ヘタレな私には到底不可能なので」
「じゃあ、何してたんだよ」
タケルは半泣きだ。佑太はまだ泣いている。
「これが取れなくて、切ろうとしてたの」
私はアミュレットを指で上下させた。母が目を凝らして「何が?」と言った。
「これだよ、これ」
「何も無いわよ?」
不審な顔で私を見る目は嘘を言ってない。
ハッとする。
これはあれだ……
ファンタジー展開にある私にしか見えないという設定の……
「これこれ、ここに毛が一本無いかな」
さりげなく耳の下辺りから咽元まで適当な位置でごまかした。
「毛?」
お母さんが大きな声で言うと。
佑太も「毛?」と大きな声で言ったのがツボに入ったのか、おじさんが笑い出した。
「毛って、おまえな、人騒がせにもほどがあるぞ」
ぷしゅーと音がしそうなほど力の抜けたタケルが、おじさんに「この早とちり」と突っ込みを入れられて去っていった。
お母さんがダイニングに戻り佑太の泣き顔の始末をしている。
「佑太、お姉ちゃんのクビに何か付いてない?」
やはり認識できないファンタジー展開に笑いがこみ上げてきた。
気まずそうに視線を合わせないタケルの作る朝食を済ませ、一緒に家を出た。
「でもさ、何かあったら言えよ、何でもいいから聞いてやる」
「どうしたの、優しいじゃん」
「一応家族だからな、兄貴としてはダメな妹の世話をだな、そうお世話を」
「あんたが兄貴じゃなくて私がお姉さん、言ったよね。タ・ケ・ル・くん」
そう言って笑うと俺が兄だと反論するタケルは走って行ってしまった。
一日がこんなに調子よく過ごせる日が来るとは……なんて思いながら二重生活が体にどれだけ負担を掛けていたのか思い知らされる。
アミュレットはその負担を軽減してくれるらしいことは分かったが、何かしらの代償とかあるなら少し怖いなと感じている。
授業が終わり今日は用事があるので少し遅くなるといってタケルに買出しを頼んだ。食材のメモを渡しに教室を訪ねた時、紗音瑠というお嬢様なメスとお付の連中に睨まれたが気にせずに仲よさげに話した。
リアルでの性格がねじくれてきたなと思い、フンと廊下に出た。
「さあ行くか」
少しの不安を払拭するように気合を入れた。
何を要求されるのかイメージがまったく沸いてこない、まさか援助交際的な……あのチャラサならありえるな……
部活も今日はお休みをもらいあの喫茶店に向かった。
(カラァアン)
ドアのベルを鳴らして中に入った。
ガラガラの店内のカウンターに男は座っていた。
男は私を招くように立ち上がると「マスターテーブルに移るね」と言って私を促がした。
「フルーツパフェでいい?」
男はカウンターから自分の飲み物を持ってくるついでに注文を聞いた。
「コーヒーで」
私は普段あまりのまないコーヒーを注文した。
緩むのは嫌だったしこの男と一緒に甘いものを食べるほど気を許してはいない。
「あなたの名前はなんですか?」
男は気づいたように「ああ」といい手に持っているグラスを見た。
氷の入った黒い飲み物だ。
沫が立っているのでコーラだろうか?
「名前ね、そうだね、う~ん、これにしようコウラ、コウラと呼んでくれ」
そう言ってコーラを一口のみ、この飲み物、僕のいた世界には無いんだよねと笑う。
「これにしようって、ふざけないでください、本名でお願いします」
男は目を細め少し不機嫌に私を見た。
「大神さん、大人には言えないことがいくつかある。その一つが私の本名だ。そのアミュレットの性能で私が立場的に普通じゃないのは理解してくれていると思っている」
ここで食い下がっても仕方ないのは明白だろう。
得体の知れないアイテムを渡してくるなど普通の社会人ではないと断言できる。
「分かりました。コーラさん」
「待て待て、コーラではなくコウラね、間違わないでくれ」
グラスと自分を交互に指差し説明するコウラにハイハイと相槌を打って適当に流した。
「それで私に助けて欲しい事とはなんですか?それと所属くらいは教えてください」
「まあ、助けてもらうけど君も助かるから頼むというのは違うかな、協力する。の方が正しい」
注文していたコーヒーが来たので私は砂糖を入れて香りだけ嗅いだ。
「そのアミュレットを巻いて夢に入ってどうだった?」
正直快適で、次の朝も疲れが残らなかった。
久し振りに睡眠したようにスッキリと目覚めた。
「快適でした」そっけなく答えると、コウラは満足そうに微笑んだ。
「そのアミュレットは特別製なんだ。常識で言う(夢)の増幅器みたいなもので、よりクリアで強い質感を再現できる。さらに強化された夢の中で人体に及ぼす影響を軽減する効果があるから安心して夢に没頭できるよ、ただし夢の中で飾りの青い石が黒く変色する前に現実に戻ってくれ、肉体に付加がかかり過ぎということ、それと石のもう一つはブレーカーになっているから気をつけて、強制覚醒されるから、強制覚醒されると、ちょっとしたショック状態になって錯乱してしまうので注意が必要だから」
言っていることはだいたいわかるがイメージは湧いてこなかった。
「しかし君はすごいよ、普通の人は機械的に(夢)の現実感を演出してるうえ、さらに増幅器を使わないと物に触れることすら叶わないのにね、大神さんの夢はそれを必要としない、それにもっとも驚くべきは、夢の中に生物を存在させている事」
そういったコウラに疑問も持たずあの発光した虫の事かと思った。
「いや、ほんとすごすぎ、脳のアクセス領域をかなり多く割いているから本当なら動く事もできないと思うのに、大神さんはアクセス領域を上手く使い分けて人間を飼うなんて驚いてる」
人間を飼う?こいつ何言ってんだ。テル君をペット扱いして飼うだと。
怒りがこみ上げてきた。
「なぜそんなことを……ふざけた事言わないで、テル君を飼ってるなんて失礼すぎる。彼はただの想像なんかじゃない」
大きな声を出してしまった事に少し反省したが許せなかった。
「そんなに怒らないでくれ、飼っているといったのは訂正するから、アミュレットからデータとして信号を受信しただけで、思考波が大神さんと別人格が観測されたのでね。詳しくはわかりらない、でも実際創造の産物である夢の中で思考する別な人格があるとはありえない。リンク接続があれば別だけど」
理解できない表情をしているが馬鹿にはしていないようだ。
「もういいです。正直このアミュレットがあれば私は助かります。私に出来ることであればコウラさんの手伝いはしますので要件をお願いします」
用件は、夢の中で見た虹色の妖精を捕まえる事。
驚いた事に虫だと思っていた発光体は虫ではなく妖精で触れることができれば捕まえられる。
妖精は人間が捕まえたとたん(オーブ)という石に変わると教えられた。
それを回収するのを手助けしてくれということらしい。
「ちょっと待って、いくら私の夢がリアルでも、現実の世界にモノを持ち出すなんてできるわけがないでしょ」
無理難題をかわそうと言い返すが意に返さないコウラは自分の荷物から小さいバッグを取り出した。
「これを持って眠ってください」
小さめの巾着みたいな革製?のバックを渡された。
「こんなん持つんですか?寝てるうちに絶対放しちゃうよ」
愚痴を言うと使い方を教えてくれた。小さなバックの上の部分がするりと延びてベルトみたいになった。
「このベルトを邪魔にならないところにつければいいよ、そうすれば夢の中でもこのバックは存在するから、ただし使用中に身体から引き離してはダメね」
ふーんと思いながらバックを開けてみた500ミリのペットボトルを入れるのがやっとだというほど小さいスペースが一つと横にアクリルの容器が2本ある。
「この容器にオーブを入れればいいの?」
「さすが理解が早いね、その容器に、たぶん二から三回のダイブで一つが限界だと思う。もう一つは予備と言う事で。それと嬉しい機能として夢の中から一つモノを持ってくることができるナイスな特典が付いてるよ。ただし!大きさはそのバックに入る程度で夢のモノを持ってくるときは現実のもの一つ置いてきてね、アウトサイドは頭の中にあるわけじゃない、バランスの上に成り立った不安定な空間だ。等価交換でバランスを取って帰るみたいなもなんだ」
夢の中をアウトサイドとコウラは言った。
頭の中じゃない?脳はそこに行くための通信端末だといわれたが、やっぱり理解はできないとあきらめ、理屈はどうでもいいと考えるのはやめにした。
私はその等価交換をビー玉にしようと思いつく、大きさは関係ないらしい、一つのオブジェクトであることが重要なのだ。
特に理由は無いが小学生のとき集めた大量のビー玉があることを思い出したのでそれにしようと決めた。
私はこの不審者にどんな魔法でこの不可解な能力に干渉しているんですか?と聞いた。
「僕はこの時代では神様なのだよ。どんな現象もお手の物」
ドヤ顔のコウラに私がため息をついたのは言うまでもない。
バックを受け取り喫茶店を出るとすっかり日が暮れていた。
結局コウラと名乗った男は所属も素性も教えてくれなかった。
神を名乗るのがムカついたけどただ者ではないことは理解した。
このバックやアミュレットの事は秘密らしいので誰にも言わないことも約束させられた。
言っている事がたぶんお母さんたちの研究の何倍も踏み込んだものだ。
夢の中のものを現実に出来る技術なんてたぶん数世紀先の話だろう、というか実現できるのか怪しい、展開としてはコウラ宇宙人説がもっともしっくりとくる事にげんなりしているが驚きは無いなとへんに落ち着いた自分がいる。
少し遅く帰るとご飯が出来ていた。
玄関を開けたとたんいいにおいが漂ってきてなぜかほっとしたのはおかしな人間と接触したからだろう。
「ゴメン遅くなった。あーご飯作ってくれたんだ。ありがと~」
タケルが得意げに「一つ貸しな」と言って笑った。
いつも通りの夜をすごしお風呂に入って準備も万全だと思いながら机にむかって3時間になる。
いつもより勉強に励むのはバックをもらってきたからだ。
コウラはバックをマインパックと呼んでいた。
夢の中をアウトサイド、採取する妖精を第一種異界体で石をオーブ、なにか確立された呼称に違和感しかない。
今度会ったら組織名を聞きださないと……たぶん何とか星団未開惑星調査隊とか中二病的な名称があるに違いないとか考えるうちに眠くなってきた。
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