第9話 コウラと名乗る自称神1

 夏休みはあっという間に終わった。

 部活は体調を考えてマネージャーみたいな仕事が中心になった。

 ハルは一年生らしく先輩のサポートをしている、ユウは一年ながらレギュラーとして活躍した。

 成績は県大会1回戦敗退、まあ学業重視の弱小校なのでしょうがない。

 今年の大会が終わりのんびりとした部活を終えると、ユウの提案でパフェを食べに行く事にした。

 女子らしい放課後の過ごし方、ハルが相談を持ちかけたみたいで、その事もあって私たちは通学路途中の喫茶店に入った。

 海江田さんに教えてもらった店で女子高生にも優しい値段でパフェが食べられる店だ。

 落ち着いた雰囲気の店にいつもの声色はワントーン抑え気味になった。

 お客さんはまばらで、コーヒーの香りが漂って少しお姉さんになった気がした。

 ふとカウンターに座る色白で派手なシャツを着る男と目が合った。

 明らかに私を見たがすぐに逸らされたことで見なかったことにした。

 運ばれてきたパフェに抑えていた声は女子高生らしい歓声を上げ写真を撮るありふれた日常を満喫している。

「ねえ、サラちゃんはタケル君と一緒に住んでるんでしょ」

 ハルが恥ずかしそうに言った。

「あっ私も気になる。どうなの?同級生の男子と一つ屋根の下は」

 恥ずかしそうなハルと違いユウは興味津々な顔をする。

 極端な二人。

「う~ん、一緒には住んでるけど顔を会わせるのご飯の時ぐらいだしね、部屋にも入ったこと無いし入れたことも無いからな」

「恋愛感情とか……湧かないの?」

 ハルが赤くなって目が泳いだ。

 何かに遠慮しているみたいに食べきったパフェの容器を意味も無く時計回りに回している。

「はは~んハルちゃんはタケル君が気になるんですな、それで一緒に暮らすサラちゃんをライバル視しているん?」

 全力で否定するハルが可愛くて私とユウが笑う。

「私、全然そんな気ないから、好きな人いるし」

「えっ??好きな人いるの?」

 案の定ユウとハルが食いついてきた。

隠すつもりも無いので、中学のときの同級生だと言った。

「付き合ってはいないよ、片思いかな」

 そう言ったときまたカウンターの男と目があった。

 今度は間違いなく私を見た。

 しかも口角が上がったのを見逃さなかった。

「ねえ、もう出よ、私ご飯の買い物あるし……」

 同意してくれた二人には怪しい男の事は言わなかった。

 心配させても仕方ない。

「で、これから私とユウはどうすれば?」

 店を出た私はごまかすようにハルに聞いた。

「どうするとか別に、私はなにも……」

「ははは、無理しない、私とサラで手伝うよ、でもフラれても怒んないでね」

 ユウが真ん中に入り込んで私とハルの肩に手を回した。

「それじゃあ、ハルちゃん告白プロジェクトの開始だね、とりあえず付き合ってる人いるのか確認しとくね」

 私は言うとハルはさらに真っ赤になったけど「お願いします」と素直に言った。


「ねえ、タケルは好きな女子はいるの?」

 家族が揃う夕食の席で唐突に聞いてみた。

 こっそり聞くのも家族なので違うと判断したからだ。

 タケルは咳き込んで、おじさんは笑い出し、佑太はぽかんとしてつまみあげたミートボールを落とした。

「何々、サラがタケル君に告白でもするの?お母さん応援しちゃう」

 食いついてきたお母さんに冷たく「違うよ」といい、質問の趣旨を説明した。

 ハルの名前は出さないので、私が他の女子に聞かれるので答えるための手段としての確認だと表情を変えずに告げる。

「なんだ、サラちゃんに迷惑かけて、ちゃんと答えなさい、父さんも興味がある」

 腕組みしておじさんが云々と頷いた。

「はいはい、僕には彼女がいるよ」

 弟の佑太が言った。

 小6のくせに恥らう事も無く嬉しそうだ。全員呆気に採られたよ。

 皆笑った。

「それで、タケル君はガールフレンドは?」

 母に聞かれるとタケルは恥ずかしそうに「イネーよ、好きな奴も、付きあってるのも」

 小さい声でぼそぼそ呟くと私をみた。

「何よ?」

「お前こそ好きな奴いるんだろ」

 そういって意地悪く笑う。

「なまえ、なんていったかな……確かテル君だっけ、入院の時、寝言で言ってたよな~テルく~んてな、ははは」

 タケルが勝ち誇った顔をした。

 私はどんな顔をしたのだろう。

 急にタケルが困った顔をして雄太もお母さんも笑えずに表情をなくした。

「どうかしたのかい?」

 不安になったらしいおじさんが声を掛ける。

「あっ、ゴメン、なんか俺間違えた?本当ごめんなさい」

 タケルが頭を深く下げた。私は泣いていることに気が付いた。どおりでさっきから視界が滲んでいるはずだ。


 私はまたテル君と浜辺にいる。

「また気を失ったの?」

 テル君が困惑しているのが分かる。

「全然平気だよ、普通に生活できてるし、そうそうこの前友達とパフェ食べたんだ。通学の途中にある駅前の喫茶店で、あの店が再現できれば一緒にパフェ食べれるね、あっ、でもパフェ作れないや、マスターとかも再現しないとダメか」

「もうだめだよ、これ以上街を広げたら日常生活に戻れなくなる」

 テル君はスイッチを切らないと約束した私に条件を出した。夢のためにこれ以上意識領域を使わないことを約束した。

「分かってるよ、さあファミレスのアイスを食べにいこうよ」


 急に夢の風景にノイズが走る。2次元のテレビ画面と違い全部が立体的にぶれる。地震のようだ。

「何だろう?テル君大丈夫?」

 テル君が苦しそうにしている所で強制的に意識がサルベージされた。

 SFアニメなんかで見る近未来的な部屋で目が覚めた。

 ヘッドフォンを付けられているが外からの地鳴りのような音が(グオングオン)と響いている。

 巨大な装置の輪の中にいて硬いベッドに括りつけられている。

「目が覚めた?少しじっとしていてね」

 天井のスピーカーからお母さんの声が聞こえて少し安心する。

 たぶんまた倒れたのだ。

 検査が終了するとそのままストレッチャーに載せられ病室に運ばれた。道々思ったのだが病院とは雰囲気が違う。

 看護師さんなどいなくて白衣の人間が多い、私以外に患者らしい人間は見当たらなかった。

 何か違う。

 病室のベッドに横になりお母さんとおじさんが白衣で登場した。

「あれ?ここってもしかして……」

「そう、私たちが働いている睡眠機能研究センター、あんた私がどこで働いてるか興味ないから知らないでしょ」

 笑ってごまかした。

 本当は興味が無いんじゃない、父親のことを思い出すので考えないだけだ。

 父親もここで働いていた。

 母と同じ研究者で離婚するまでここにいたと思う。

 私はよく父にこの研究所につれてきてもらっていた。

 ここの社員食堂のオムライスが好きだった記憶があるがなぜ来ていたのかは憶えていない。

 離婚の原因も知らない。

「センターか、何だかオムライスが食べたくなるな」

 私の言葉に母と海江田さんがキョトンとした顔をする。

 意味が判らないらしい、まあ大人はオムライスなど食べないからここのオムライスが美味しい事を知らないのだろうと想いスルーした。

 海江田さんが「はじめようか」と言って問診が始まる。

「それでね、サラちゃんはよく眠っているようだけど夢は見るの?」

 おじさんがタブレットを操作しながら聞いた。

「普通に見ています」

 私は答えようが無いと思った。

 夢を見ているのは事実だし隠す事でも無いからだ。でもテル君のことは知られたくなかった。

「それじゃあどんな夢?ああ、内容じゃなく、うーん質感というかなんか特徴なんてないかな」

 的を得ない質問だが意図は分かった。

「はっきり言って鮮明です。鮮明というかリアルで生きているみたいな満足感があって、例えばその場所は存在しているみたいに普通で、私はお茶を飲んだりしても香りもある。コップを落とせば割れて、拾うと指を切って血が出るし当然痛みもある。そんな感じです」

 お母さんとおじさんは顔を見合わせた。

 お母さんがタブレットを借りて操作してから「ここの論文とこの資料」そういって何か困った顔をした。

「サラちゃん、もしかして君は特殊な夢を見ているんじゃないかな、例えばいつも同じ場所で同じ人がいて同じ天気」

 私は俯いて少しだけ首を上下した。

「そうですか。分かりました」

「私、病気なんですか?」

「いやそうではないと思う。夢の研究は始まったばかりで良くわからないのが正直な所だけど。いえることは、サラちゃんの夢は点けっぱなしのパソコンみたいなものだと思う、夢自体が切れる事無く電源が入ったままでメモリーは動いている状態、上手く逃がさないと熱を持つ。この前熱中症になったことと、さっき夕食の時倒れた事はPCがフリーズしたような状態で脳もそれと同じかもしれない、どっちにしろその夢が続くようなら何とかしないといけないだろう」

 この夢が終わるのは嫌だなと思う。

 テル君が消えたらもう再現ができない状態になるかもしれない。

 検査だけで入院は無いようだ。

 ここはそもそも病院ではない。

 モルモットが逃げていくような残念そうなおじさんとお母さんの部下たちに軽く頭を下げる。


 家に帰り着いたのは午前三時だった。ソファーに佑太が眠っていて、タケルはテーブルに座っていた。

「本当にゴメン無神経だった」

「もういいよ心配してくれてありがと」

 そういうとタケルはホッとしたのか笑顔になった。

 はじめてみる緩んだ顔にほほえましくなる。

「タケル、お前、ご褒美もらった犬みたいな顔してるぞ」

 おじさんの一言で吹き出すと佑太が目を覚ました。


 陽がだいぶ短くなり部活を終えると秋の夕焼けで風景は真っ赤になった。

 今日はタケルは用事があるらしいのでお供はなしの買い物になる。

 ハルとユウと別れた後今日は何が特売だったか思いながらスーパー目指して歩いた。

 運悪く油と醤油がお得で荷物が重くなる。

 こんな日に限ってタケルはいない、役に立たない自称兄さんに悪態をついて荷物を持ち直す。

「失礼ですが……大神サラさん、ですよね」

 背後から声を掛けられるのはあまり得意ではないので少し驚いて体がビクリと反応してしまった。

 警戒しながら振り向く。

 夕日を受けて暖色に包まれた男が立っている。

 見覚えが無い大人の男だ。

 中年前の男は軽薄そうな派手なシャツを纏い半ズボンにサンダル履きで趣味の悪いサングラスをかけて笑いかけてくる。

 どう見てもまともな大人とは言いがたい。

 社会的脱落者とか裏の業界に所属している大人のイメージがこどもな私の感想として浮かんでいる。

「大神サラさんでしょ?」

 言葉は無用でJKが不審な大人の男にむける軽侮の視線で睨んでみた。

「嫌だな、そんなに敵意をもたれると逃げ出したくなっちゃうよ、一応初対面じゃないんだけどね」と、子供を馬鹿にするように、品の無い顔で笑う。

 初対面じゃないというけど何処であったのか記憶になかった。

「何か用ですか?何で私の名前を知っているのですか?私はあなたのことを知りません」

 こちらの気分を悟られないようフラットな口調で聞いた。

 逃げてもこの距離じゃどうしようもない、助けを呼んでも人通りの少ない国道脇の歩道では走っている車に飛び込むという暴挙以外に手はないだろう。

「実は大神さんに、頼みがあってね、名前を知っているのは有名だからで、別にそんな事はどうでもいいんだ」

 不信感がますます強くなった。

 有名ってことは以前住んでいた町の住人?今の平穏な私に対する嫌がらせか何かの可能性を否定できない。

「大神さん、あなたリアルな夢で困っているでしょう」

「えっ?」

 意表をついた問いかけに思わず声を上げてしまった。

「どうしてそんな事?あなた研究所の人ですか?」

「違うよ、ただ大神さんの見る夢で私を助けて欲しい」

 変な事言う男の顔をマジマジと見てしまった。

 確かに見覚えが……確か、そう、喫茶店にいた私をチラ見するオトコ。

「ストーカー?」

「そうじゃない、夢の事で頼みたいことがあるんだ。大神さんでなければ出来ない」

 そういうと男はポケットから黒い紐のようなものを取り出して私の持つ買い物袋に入れてきた。

 私はつき返そうとかなり不自然な指の動きでそれを摘み上げた。

 腕に掛けた重量級の買い物袋が食い込んで痛みがあるが我慢するしかない状態である。

「これは何ですか?チョーカー?」

 青く光る小さな石が飾りとして2つ施された黒い皮製のチョーカーで私にどうしろと?ファッション的に、私には似合わないし、合う服もない。

「アミュレットだよ、それを寝る時に装着してくれ、そうすれば僕に興味を持ってもらえると思う。

 それで興味が出たらあの喫茶店にいますので、ヨロデ~ス」

 そう言って背をむけるとサッサと行ってしまった。

 いったいなんだったのか?取り残された私はなんの答えも出ないまま疑問は膨れ上がり帰路に着いた。ただ(リアルな夢)というフレーズは、私の気持ちを握り締めて放してくれなかった。

 また夜が来て就寝の時間だ。

 受け取ったおかしなアイテムを見る。

 アミュレット?お守りって……どうしよう?躊躇いがちに首に回すとすぐにすぐに馴染んで着けていることを忘れるほど自分の肌みたいだと思った。


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