第20話 ICUと喫茶店

 大きなハメ殺しのガラスに仕切られた集中治療室にはいろんな管に繋がれたテル君が眠っている。

 顔色が悪いのはもう日焼けのせいじゃない、肝機能が低下しているからだ。

 明らかに生命力の消失による体からのシグナルのように見えて、私は悲しくなった。

 このままテル君が逝ってしまったら素体であるアウトサイドのテル君も消えてしまうのだろうか?

 儚さを感じさせる最近のテル君は自らの死を受け入れようとしていると感じて酷く落ち込んだ。

 私はガラスに右手を当てて生身のテル君を感じようと力を込めた。

 テル君のお母さんが私の肩をさすり、宥める様に何度も「ありがとう」と言った。

 何のお礼なのか私には理解できなかった。

 このままでは本当に終わってしまう。

 確かにテル君とアウトサイドで、のほほんと暮らしてきたことで現実に流れている時間を無視しているような気持ちはあった。

 それは私自身を守るための事で、このままではテル君との楽しい時間は本当にただの夢なのだ。

「私が絶対に助けます。まだちゃんと返事して無いんです」

 おばさんはまた「ありがとうね」と言った。

 勝手に心の準備をしている事に私はこっそりと腹を立てた。

 かなり身勝手で本当に家族の気持ちなど理解してない私は、非常識な馬鹿なのかもしれない。

 それでもテル君を完全復活させるため私は動き出そうと決めたのだ。


『頻繁に連絡取ると居場所を特定される可能性があるんだが』

 コウラは少し不機嫌に電話に出た。

「このままではテル君が死んでしまう」

 私の切実さに気がついたコウラが困ったように溜息をついた。

「オーブはあと3つで注文の個数がそろうわ、でもテル君が死んだら私の中の素体であるテル君もいなくなると思う。そうなれば私は夢を閉じるから……」

 脅すようで卑怯だが背に腹は変えられない。

 テル君を完全復活させるにはたぶんコウラの力が必要だ。

『分かった。テル君とやらが助かるように手は尽くす。だから大神さんもオーブの回収を急いでくれ』


 何か避けられていると感じるのは気のせいじゃない。

 さっきからタケルは目をあわせようとしないのだ。

 正直こんな会合に出ている場合じゃないが、ユウとハルも私の大切な友達なので少し無理をして笑っている。

 皆で喫茶店に集まって談笑している自分を諌めながらも、あきらかに私と会話と呼べるものは無く、ハルやユウと盛り上がるタケルを見ている。

 なにか、ムカつくなとか思ってもタケルの想いに答える事が出来ない以上、私には何も言えない。このままハルといい感じになってくれればと願う事にした。

 タケルがわざとらしく盛り上がっているのを様子見で構えていた。

 普段より積極的なタケルにハルが少し戸惑ってはいるが私には関係ない。

「今日のタケルは積極的だね、何かあった?」

 ユウが突っ込むと私をチラ見して「なんでもない」と右手を激しく振った。

(カラァアン)

 ドアが開く音がして客が入ってくると、私たちは音に反応する小動物のように客を見てしまった。

 私は一瞬固まってしまったが女は私を一瞥しただけで奥のテーブルに行ってしまった。

 俯く私にユウがどうかしたのかとたずねるが、笑ってごまかす。

「ねえ、さっき入ってきたお姉さん、私たちを見ているのだけど」

 ハルが顔を寄せるように小声で話した。

 私はそっと振り返るとやはり私を見ている。

 視線は私のクビ元にきているような気がしてハッとする。  

 すっかり慣れっこで気にしていなかったが私の首にはファンタジー設定のアミュレットが巻きついている事を思い出した。

 あの女がこのアミュレットを認識できる能力があれば完全にアウトだ。

 まずいなと思いながらそそくさとスカーフで首を隠す。

「サラ、寒いのか?」

 タケルが今日はじめての反応を示して、私の心配をしている。

「大丈夫……」じゃねー!!!!!

 女がこちらに向かって歩いてきた。

 ピンチ到来逃げるか?などと考えるがどうしようもない。

「ちょっと失礼、あなた素敵なチョーカーしているわね」

 私をガン見して女が言った。その場の全員が何のことか判らずに私の対応を注目している。

 知合い作戦で「おひさしぶりです~」とかごまかして外に連れ出すか?

 ここで皆にチョーカーが見えないと分かれば何か仕掛けてくるのか。

 私は結局何もできずに俯いたまま彼女を無視していた。

「あなたに言ってるんだけど、聞こえないのかしら?」

 しつこい女がイラついてきた。ユズキとか言ったな。

「ちょっとオバサン、失礼すぎじゃね?何を急に若者の会話に混ざろうとしてんの?意味わかんないんだけど」

 タケルが立ち上がって女を威嚇する。

 若いオス的な行動で女は意にかいしてない。

「あら、イケメンのナイトさん、あなたこの娘が大好きなのね」

 軽くあしらわれるタケルは照れたように否定してシドロモドロな姿をさらした。

 一つ溜息をついて女を見た。

「少し外に出ましょうか」

 私が言うと女は勝ち誇った顔で笑った。

 みんなに大丈夫と言って席を外した。特にタケルには絶対についてくるなと釘を刺して女と外に出た。

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