第18話 対策の効果

 久子が見舞いに来ても会えないと言ったので遠慮する事にした。

 テル君が急変して病院に運ばれるのはこれで3回目だと聞いた。

 私に教えないのは迷惑がかかるといけないとテル君のお父さんの言いつけらしい。私の人生に負担を掛けるのは良くないと考えてくれている。

 テル君は今日も良く寝ている。

 というか最近の睡眠は異常なほどだと気づいている。

 ただそれを口にするとテル君の真実に近づいて取り返しの付かない事態になりそうで怖かった。

 けれど今日全てが繋がったのだ。

 ここにいるテル君は現実のテル君のリンク素体で、私が形勢したのではなかった。私たちはずっと一緒に育ってあの時の告白で絆が強まった。

 そんな時に事故で繋がったのだ。

 私のこの役立たずの能力はこういう形で作用していた。

 テル君は溺れている時きっと私を呼んだのだ。

 私を想ったのだ。


「テル君、起きて、ファミレスに行こうよ」

 もそもそと愛しいテル君が起き出した。

 私はハンモックから立ち上がったテル君に抱きついた。

「どうしたの?甘える時間?」

 優しく髪を撫でるテル君に「なんでもないよ」と言ってキスをした。

「どうにも眠くて、夢の中なのに可笑しいね、ごめん」

 テル君は現実の自分が危険な状態なのに気が付いていないのかもしれないと思いながら二人で手をつないで歩く、なんだか久し振りだ。

「オーブ狩りには行かないの?あっあれか、危険な女の人に追いかけられたから」

「違う、今日は一緒にいたいだけ」

 あの女への対応策はコウラが嘘をついていなければ完璧だ。

 叩きのめす準備は出来ている。

 いつものファミレスで、なれた感じで厨房に立ち二人でオリジナルメニューを作った。

 最初は事務室にあったマニュアルを見ながら悪戦苦闘していたが今では即戦力でバイトが出来るほどなれたものだ。夢の中でも修行が出来る前例を作った私は偉い。

 いつもの窓際の席に着くとドリンクバーのジュースで乾杯した。

「何のかんぱい?」

「何でもいいよ私がテル君を大好きな乾杯でもいいし、オーブの最終目標がもう少しなのでもいい」

「もう少しって、適当だよね」

 笑うテル君を見るのが好きだ。

 成長を忘れた私だけの王子様が愛しくてたまらなかった。

「ごめん、何だか睡魔が……」

 テル君が食べている途中で寝堕ちしそうになる。

「大丈夫、眠いなら横になろう」

 座席の長椅子に寝かせ私は椅子を持ってきてテル君の見えるところに座る。

「眠れる王子だね」

 髪をなでると「何か言った?」と寝ぼけて目をこするテル君に「なんでもないよ」と言った。

 しばらくして寝息を立て始めたテル君。

「さあ、行こうかな」

 私は手提げ鞄に入れて持ってきた。

 サマーコートと帽子とスカーフを着用して店を出た。

 

 あのヒリヒリした感覚が私の周りで疼きだした。

 空間の歪みから無遠慮に出現した黒の塊の前に立つ。

 何の遠慮もなしにその汚らしい黒い塊を脱いで現れたのは女ではなかった。

 見覚えの無い男、仲間だろうか?

「なんだ逃げないでいるじゃないか、よかったよ」

 ニヤニヤと笑う男はポーチからスマホを出して電話をしだした。

「ユズキ、逃げないで目の前にいるぜ、とっ捕まえてたこ殴りにして説教すればいいのか?」

 私を見ながら「なんだそのカッコ、この時代ではやってんの?」と馬鹿にした笑いを振りまいて歩み寄ってきた。

「カイホウ!」

 手前の石を強く押して一度かがむようにしてから、男に向かうようにジャンプして、男の首を掴み強く地面を蹴りそのまま上空に飛び上がった。

 気持ちいいぐらい高く飛べるし軽々と片手で男を持ち上げることが出来る。

「おげっ、おおおうう、うう」

 男はスマホを握ったまま必死に私の手を振りほどこうともがく、10メートルほど上がって海のほうに投げた。

 すかさず同じ方向に飛び、海岸の岩場で男が上がってくるのを待った。岸に近いところに投げたので必死の形相で岸に這い上がってきた姿は進化の遅れた半魚人みたいで醜かった。

 私はそこに立ちふさがって男を見下す。

 私の足に気づいて見上げた涙目の男の髪の毛を掴むと以前テレビで見たプロレスみたいに立ち上がらせる。

 必死に抵抗するが私を一ミリも動かすことはできないでいる。

 煩わしい腕を強く握ると男の顔は歪み苦痛の声を上げる。

 そんな男を笑顔で投げとばした。

 男はそのまま転がりながら何度かはずんで道路脇の法面で止まった。

 ボロボロの容姿で片方だけ薄目を開けて私を見ている。 

「やっ、やめてくれ!」

呼吸は酷く乱れ涎まで流したみっともない男だが仕事熱心なのかこれだけやられてもスマホを握ったままだ。

 私はこの無作法な男を蹴り飛ばして、這い蹲らせると背中を踏みつけスマホを握るほうの手首を握りつぶしスマホを奪った。

『もしもし、主任、何かトラブルですか?計測器も起動して無いですが、心拍が異常値です。今すぐ戻ってください、危険です』

「黒いスプレーを振り掛ければいいの?」

 私はスカーフで声色を変えるように話し方にも気を使った。

 音声でばれないとも限らない。

『あなただれ?主任はどうしたの?』

 ユズキと呼ばれていたのでたぶんあの女だろう。

 冷静を装っているのが息づかいで焦りが伝わってきた。

「警告よ、これ以上私の夢に侵入しないでね、もしも警告を無視してここに来るなら次は遊びではすまない、監獄を作ってコレクションバックだけ返すから」

『あなた自分が何やっているのか理解しているの?』

 アラームが鳴り出した。

 限界時間なのだろう。

「わかっている事は一つだけ、あんたたちが私の世界に土足で踏み込んだ。それだけよ」

 電話を切って、男がもがいて私の足を掴もうとしたので背中を思い切り踏みつけた。

 グシャっと鈍い感触で骨が折れたのだと思った。

 イメージとして加減が出来ない、慣れるしか無いだろう。

 私は缶スプレーのようなものを男のポーチから取り出しラベルを確認した。

(使い捨て転送液)と記されたスプレーを男にふりかけた。

雑に掛けすぎて大丈夫かなと思っていると黒い液体は自然に体を包み込みしっかりと密閉された。隙間にスマホを押し込むとカウントダウンが始まりゼロと同時に空間に飲込まれ消えてしまった。

私の勝利だ。

 夢の中では精神の箍が外れているのがよく分かる。

 自分の強さに任せて人を蹂躙する事がゲーム感覚で、面白いとさえ感じたのだ。

 自分の奥底に眠る悪の感情や暴力性に触れて思う。

 それはかなり甘味だった。

 私はファミレスに戻り、眠っているテル君を抱え浜辺まで飛んだ。

 テル君をハンモックに寝かせ「シュウリョウ」と宣言すると、そのまま現実に戻った。

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