第16話 遭遇
最近は虹色のオーブも見つかりにくい。
あと5個で完了するオーブ集めも佳境なのだ思えば思うほど、微妙に焦るのか?見つからないのだから仕方が無い。
きっと取り尽くしてしまったのかもしれない。乱獲は固体のバランスを崩すので私のアウトサイドは大丈夫かなと心配になる。
テル君はいつもと同じでハンモックVer3に揺られて本を読んでいる。
小説に飽きたのかリクエストがビジネス書になったりスピリチュアルなものになったり興味の幅は広いような気がする。
もしかして学校に行かないので知識に飢えているのかもしれない。
ただオーブさがしには付いてくる事はなくなった。
最初の頃は見えもしないのに二人でアウトサイドの境界まで遠征したり意外と楽しい遠足のようだった。
「ねえ、今日も本読んでる?私はラストスパートで西の端まで言ってみるけど」
アウトサイドに方角とかの概念があるとは思えないが、一応現実に照らし合わせて大体の位置を決めている。
スタート地点はこの浜辺で私はここから夢の中に来るからだ。
「なんか、眠いんだ。最近特にね。サラが帰る頃には何か食べるもの作って待ってるよ」
基本食事など食べなくても平気なのだが習慣というか2人で同じモノを食べる事で繋がりとか絆とかを感じる事が出来るのだ。
まあアウトサイドでの楽しい儀式のようなものだ。
いつものようにデザートにオレンジのシャーベットが食べたいとリクエストして、私は西にある川沿いの堤防を歩いて工業団地に向かう。なぜか主夫をしている夫に夕ご飯を頼む妻みたいな立ち位置だなと思って顔が熱くなった。
そんなどうでもいい事を考えながら昆虫採集の感覚で歩いていると、今日は何か違和感のようなモノが私に絡み付いてくる事に気づいた。
何かに干渉されているようなヒリヒリしたなにか、現実に例えると刺激の強い薬物などを肌に薄く塗ったような感じで、この世界を構成しているものが電気を帯びて私に訴えかけるのだ。
寒気を抑えるように両腕を撫で首をすぼめた。
「感じ悪いな。この感覚なんだろ以前にも感じたような」
独り言を呟いてそういえばと思い出す。
久子とリンクした時の感じに似ている。
「久子ちゃん?いるの?」
呼びかけても反応がなかった。
しばらく歩くうちに私の視界10メートルほど前方に滲むような風景のズレがある事に気が付いて足を止めた。
空間の歪み?
私はすぐにその場から離れ身を隠すように堤防下にある民家の側壁に身を隠した。獣におびえる小動物のように久子である幸運を願う。
妖精とかいるこんな世界だ、ほかに変なものがいるかもしれない。
注意深く観察していると、歪みから黒っぽい何かが流れ出てきた。
それはスライムみたいでグニャグニャと大きくなり人の形を成した。人の形が黒く塗りつぶされたような物体に恐怖を感じ体が硬くなる。
黒の人型はすぐに乾いて表面がひび割れたと思うと窮屈そうな動きで両手を動かし、皮を引き裂くように人間が現れたのだ。
服を脱ぐように皮をはがしきると、きちんと服を着た見覚えのある人間の女になった。
女はあたりを見回しほっとしたようにひとつ息を吐いた。
よく見ると喫茶店でコウラのことを聞いてきた女だ。
女は私と同じポーチからいきなりスマホを取り出し電話し始めた。
『ユズキですダイブ成功です。川沿いの道で、場所は住宅地の横です写真を取って送りますので確認お願いします。時間は?いまAM1時40分ですね、ダイブの深度レベルは……5.8?ありえない、表示のミスでは?はい、そうですか分かりました。時間は5分7秒で6分が限界ダイブですね』
電話を切ったユズキという女は「でたらめだわ」と呟いた。
ポーチにスマホをしまって周りを観察している。
「だれかいませんか?」衝撃的にデカイ声で何度か叫んだユズキという女はこちらに向かって歩いてきた。私は気配を悟られないように後退して路上に出るとなるべく早く歩いて隠れるのによさそうな民家を探した。ここなら大丈夫かと思える2階建ての鉄筋の建物に入った。
鍵を掛けてから素早く2階に上がり窓から様子を伺った。
何かの事務所のような部屋で窓際の観葉植物が邪魔だ。
裏通りに面したこの窓の影で歩道を見ていると女がスマホで写真を撮りながら歩いてきたのが分かる。なにかの操作をしてスマホをかざすと周りをぐるりとなめるように回転してこの建物のほうを向いた。
こちらに近づいてくる。
私はとっさに身をかがめ四つんばいで別の部屋に移動した。
何か武器とか身を隠せる所はないか?入った部屋は普通の部屋で事務所ではない、たぶん事務所兼自宅という所だがどうでもいい、私はそこにあったいかにもオバサンの着るサマーコートを羽織り、おそろいだと思える帽子をかぶった。
マスクは無いかなと思い箪笥を物色するとスカーフがあったのでそれを口元に巻いた。
鏡には不恰好なファッションの女が写る。子供がごっこ遊びでするよくわからない設定のヒーロー……自分の夢でのこんな屈辱に情けなくなった。
階下では何度かドアをガチャガチャとしていたが鍵を開けられず一度静かになる。
あきらめたのか?
考えは甘かった。数秒してガラスの割れる音がして中に入ってきたようだ。
遠慮なしの行動に困惑しながら逃げ道を探した。
「お邪魔シマース。ここにいるんでしょ、危害は加えないから出てきなさい、話があるの」
女は相変わらずでかい声で呼びかけると一階で歩き回る……が、いるはずもなく階段を上ってきた。
最初に入った事務所を歩き回っている。
次はここに来る。
心臓が激しく鼓動する。
私はドアの横に立ち箪笥の上にあった小ぶりな熊の置物を窓ガラスにむかって思い切り投げた。
盛大な音を立てたガラスは粉々になって空気が流れ込んでくるのが分かった。
事務所からあわてた感じに走る音が近づきドアが開けられると私に気づかず女が窓にむかって走り寄った。
古典的な手口に引っかかってくれた。
ドアの横にいた私はそのまま隙を見て部屋を飛び出しドアを閉め、横に立てかけてあった掃除機をドアの前に倒して一気に階段を走り降りた時、倒した掃除機がトラップになったのだろう女が転んだ音が聞こえて小さくガッツポーズをして外に出た。
後ろで声がするが無視して走った。
全力がリアルより早く感じるのは焦りのせいで変な物質で脳がみたされているからか?
そんな思考も100メートル全力で走ったら限界が来た。
足がほつれて前のめりに転ぶ、あわてて立ち上がり走り出すと後ろでアラームがなり振り向くと諦めたように追跡を中止した女がスプレーを自分に振り掛けるように全体に噴射している。
沫が彼女を覆い数秒でさっきの黒い影に変わってしまった。
同時に空間がゆがみ彼女はそこに飲込まれるように消えた。
私はコートをなびかせスカーフで顔を覆ったおかしな格好のまま立ち尽くす。
何なんだ?
あの女、ユズキとか言った。
電話で話していた6分というのはここにいられる時間のようだ。
何とか進入させないように対策を練らないと私の安寧が脅かされる。
戻ってコウラに連絡を取らないといけないなと思う。
浜に戻るとテル君は眠ったままで食事の用意はできていなかった。
シャーベットも無い。
テル君は良く寝ている。
起すのも悪いので自分でシャーベットを用意してからテル君に声を掛けた。
「おはよう、お疲れですね」
ハンモックをそっと揺らしながテル君を覗き込むと優しくハグしてくれた。
「ゴメン、ご飯の用意できて無い」
テル君と二人でテーブルについてシャーベットを食べた。
あのユズキという女のことをテル君に話す。
くれぐれも遭遇しないように注意してと告げ、出現の時の黒い人型のうちに遠くに逃げること、滞在時間は6分程度と教えた。
「寝ている時はどうする?」
テル君の指摘に私は絶句した。
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