第14話 コウラの逃亡
コウラが何者かなどすでに興味も無い。
最近ではオーブの採取にも慣れてきたので、見つけると妖精さんの行動を予想して先回りする術を憶えた。
時々ランダムに小さな光の柱が現れそこから妖精さんが噴出すように出てくるのも確認した。
それらは植物、特に花を求めて飛び回ることに気がついてからはずいぶんと楽に採取できるようになったのだ。
目標の21個まであと8個とせまっている。
「今日はオーブ探しやらないの?」
テル君がコーヒーを入れてくれて、私はまったりとくつろいでいた。
「今日はいいよ、テル君と過ごす。」
最近の浜辺の小屋はさらに改造が進みひと回り大きくなり、3方にある壁がタイル張りになった。正面にはレースのカーテンが揺れている。レースのカーテンは私の趣味を反映して好みの物をニトリにもらいに行った。
初期のころから常設のテル君のハンモックは世代を重ね3世代目だ。バージョンアップごとにクオリティーがあがりそこで私が持ってきた文庫本を読んでいる。ちなみに文庫本との交換で手紙を持って帰ることが多くなった。
久子に送る手紙だ。一度に一枚なのでA3のコピー用紙に毎回びっしりと書き込んでいる。妹に何を伝えているのか気になるが兄妹のことに干渉はしないと決めているので話すことは無かった。
久子が良くこの街に来るようになったのもその手紙が目あてなのでいいとしよう。
そんな冬のある日、コウラから緊急の呼び出しがあり、学校帰りの貴重な時間を割いていつもの喫茶店に向かう。
夕方から雪がちらついて外は少し暗いので、緊急の呼び出しに気持ちまで沈んでしまうと思いながら足早に国道を歩く。
やっと着いた喫茶店の中は暖房が効きすぎで、コートを脱いだのに首の隠れるハイネックのセーターのお蔭で熱がこもる。
しかも急いできたので喉が渇いていた。
学校を出るときはホットココアが飲みたいとか思っていたのに暑くてメロンソーダを注文した。
「急にすまない、僕はしばらく旅に出ようと思うのでこれを預かって欲しい」
コウラはそういうと隠すようにアルミ缶の様な無地のアイテムを押し付けてきた。
すぐに鞄にしまえといわれ従うが、その強引さになんかムカついた。
「それに今まで集めたオーブが入っている」
周りを気にしながらなぜか不安な顔をするコウラに理由を聞いても教えてくれないのはいつもの事だ。
「鍵は渡しておく採取できたらこれに入れてくれ、それじゃあまた連絡するから、よろしく」
そういって会計を済ませるといそいそと出て行ってしまった。
取り残された私はただ呆然とメロンソーダを見つめるしかなかった。
「あなた、今のおじさんとはどんな関係?」
コウラが出て行って数分後に入ってきた客が、私の横に立って影を作り、威圧的な視線で私に問いかけた。
女は監視していたらしい事を私に告げた。
「ただの知り合いです。ここの常連で半年ぐらいまえから良く挨拶しますが、なにか?」
「そう、なにか渡されたりしなかった?例えば光る石とか」
「えっと宝石ですか?そんな高価なものは頂いてませんが、こんなのを前にもらいました」
そういって、以前ユウにもらったパワーストーンを見せた。
女は食い入るようにそれをみて、「チョットいいかしら」と言って何かのガシェット的なものを石にあてたぶん計測している。
明らかにコウラを狙っている感じの行動、容姿やファッションから察するに何かお役所的な機関の人だろうか?こちらが正義でコウラがテロリスト的な外見に困ったなと思うがしょうがないのでごまかした。
「ありがとう、もういいわ」
そういった女がパワーストーンを返してきた。
「あのおじさん名前も教えてくれないのにこの石ころで付き合えってしつこいんですよ、あの人のこと知り合いなら注意してもらえますか」
にこやかに可愛くて馬鹿な女子高生を演出した。
「忠告よ、あんな男には近づかないほうがいいわ、分かったらサッサと帰りなさい」
鼻息を荒げた女はそう告げると奥のカウンターに行ってしまった。
私はメロンソーダを飲み干して、そそくさと喫茶店を出てスーパーにむかった。途中でタケルが待ち構えていたように近くのコンビニから出てきた。
「一ついいか、喫茶店で会ってた男は誰だ。彼氏なのか?」
タケルが苦虫を噛み潰したような顔で聞いてきた。
今日は厄日なのか?監視されまくりじゃないですかと自分に突っ込みを入れてため息をついた。
「随分と親しそうじゃん、手を握り合って話してたろ」
「えっ!あんた見てたの?ストーカーなの?」
「ちげーよ、ただ兄貴としてどんな男と付き合うのか見定めてだな、そうだな……」
なんかしどろもどろでタケルは赤くなった。
正直かっこ悪い。
「あのね、あんなんと付き合ってなんかないよ、タケルのおとうさんと変わらないくらいだよチャラいけどね、だいいち手なんか握って無いし」
呆れて溜息をつくとタケルは少し怒ったように話し始めた。
「飯田と桜井から聞いたんだ。お前に好きな人が居るって、片思いらしいって」
「それと、このストーカー状態は何か関係あるの?」
まったくハルとユウが少し盛った話を喋ったなとプンとする。
「だって、喫茶店で良く会ってるから、あんなオッサンだし、もしかして不倫とか……」
「よく会ってる?何それ、私の事いつも監視してるの?」
めんどうくさくなってきた。
黙り込んだタケルは何を考えているのだ?と思いながら早足でスーパーに入った。タケルも当然のように付いてくる。
「でもさ、やっぱり家族だし心配なんだよ、変な事に巻き込まれて無いかとか、サラは体が弱いだろ、同じ学校だから俺が守らないといけないし」
私は立ち止まって持っていたカゴをタケルに投げるように渡す。
「なんかウザイ、私が弱い?そりゃ何度か倒れたのは認めるよ、でもあれは当事いろいろ有り過ぎて参っていたから、その前はね、私は街中から嫌われて苛められてたの、それでも意に返さず生きていた。わかる?連中のアイディアにとんだ仕打ちや徹底的な嫌がらせに2年も耐えて生きてたの、それなのに弱いとか守るとか、私そんなの望んでないし頼んでもいないよ、ただ平穏無事に生きていたいだけ」
自分の言い分が正しいと思い込むタケルが湯気の出そうな表情になり少し言いすぎたかと思った。こんな所で怒鳴りあいの兄妹げんかなどするのは嫌だ。
「今日は宅配のピザにする、何か作る気無くなった」
踵を返してスーパーを出た。
タケルは付いてこなかった。
私は自分が勝手な人間だなと思う。
タケルはウザイけどちゃんと家族になろうと努力してくれる。
私はアウトサイドでテル君と過ごせればそれでいいと思っていて、このままおかしなバランスで生きて行こうとしているのだ。
家族に対する申し訳なさと反省に思考を費やしていて、ふとおかしな考えが浮かんできた。
私はアウトサイドからイロイロなものを持ち出した。
バックに入るほど小さいもの限定だが、もしテル君を連れ出すことが出来ればどうなる?いやまて、現実にはテル君は存在しているので実現できたとしても問題が多い。しかも私の妄想の産物……妄想?私は何時テル君を想像してアウトサイドに登場させた?久子はどうだった。
彼女は強い意志でメッセージを送っていたのかも知れない、たぶん無意識のつながりで私と彼女は繋がった。
彼女が私に強い殺意を抱いただろう出来事に由来すると思う。
じゃあ、あそこまで完璧なテル君を私が再現したというのだろうか?
ピリピリとする雰囲気におじさんは苦笑いで席に着いた。
「おっ今日はピザだね、たまにはこういうのもいいよね、ウン、ビールが美味いな」
タケルは何も言わずにピザを一切れ食べると早々に部屋に行ってしまった。
「タケル君とケンカでもしたの、二人の間に壁が見えるんだけど」
佑太も大好きなピザをあまり食べてない。
「ごめん、少しケンカみたいになって雰囲気悪くした」
心配したお母さんとおじさんはやんわりと理由を聞いてきた。
私はあくまでも深刻な事ではないと言い張る。
「そんな大した事じゃないんだ。タケルが私を守ってくれるなんて言うから、私は弱くないみたいに売り言葉に買い言葉的な……」
「健は本当に器用じゃないんだ。言わなくていい事を確認したくなる。まだガキなんだ。でも、本当にサラちゃんが心配なんだよ、許してあげて」
おじさんはフォローが上手いなと思いながら頷いて、お母さんを見ると、こちらもウンウンと頷いている。が、たぶんあまり考えていない……
「私もムキになっちゃって、恥ずかしいです」
夕食の後残ったピザを持ってタケルの部屋に顔を出し「チョット言いすぎた。ごめん」と言って謝った。
おじさんとお母さんのためだ。
家族の練習中みたいな家族のバランスは意識していないと不幸という平穏とはかけ離れた無意味なものになってしまう。
そんな事は嫌だ。
上手くいかない不幸なんてもう二度と味わいたくない。
いつもの浜辺でテル君に今日のタケルと家族の事を話した。
「愛されてるね、なんかホッとした」
テル君は紅茶を入れながら嬉しそうに笑った。
「うん、だからこんな自分が余計に情けなくて……」
私はオーブ狩りに出掛ける前にテル君とお茶をするのが日課になっていた。
虹色のオーブを見つけるのは運の要素が強い、ギャンブルみたいなものだ。
4から5日に一度出会えればラッキーでここ2週間ほど見かけていない。
コウラも旅に出るとかで消えてしまった。
「そういえばコウラが旅に出たんだ」
「神を名乗る男が観光旅行?」
「なんか違うみたい、旅行というより逃亡?みたいな感じで、コウラを見送った後、いかにも追跡者みたいな女の人に声を掛けられたの」
テル君が難しい顔で紅茶を飲んだ。
「なんか、不味い事になりそうならオーブのことは諦めたほうがいいかもしれない」
「でもそんな事すればアミュレットもとられてここも維持できなくなるかも知れない、それはいやだ」
私は少し怒るようにテル君に告げる。
「でもね、サラが危険な目にあうのが僕は嫌だ。こんな不自然な状態でサラに負担掛けているのにこれ以上は……もうすぐ3年だね。僕は十分楽しかったし満足している。長い夏休みもそろそろ終わりにしないとね」
笑顔で別れ話をされる女の子の気持ちを全然理解して無い優しいテル君。
私は何も言わずに曖昧な笑顔をしただけで絶対に嫌だと自分に言い聞かせた。
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