第6話 高校生活の始まり1

 新しい家族と暮らす家は以前の住処から車で1時間半ほど走った街にある。

 県境で隣接する街だが私達が暮らすことになる場所はこのあたりでは一番大きな街だ。

 それでも田舎である事には変わりはないが、大きなショッピングセンターがあるのでかなり便利な街である。

 あの小さな町に住んでいたのは単に借家が手ごろで、近くに母の親戚がいたからと言う一般的な理由だが、それでもあの家に住んでいたからテル君とも知り合う事が出来たので感謝の気持ちはある。

 最後は嫌な思いでも残ってしまったが差し引いてもプラスだと自分に言い聞かせた。

 母と海江田さんは同じ研究センターで働いて、勤め先である施設は以前いた町とこの町とのちょうど中間地点になるので、母的にはただ反対側に来た感じだろう。通勤で疲弊する労力に変化はないので娘としてはホッとしている。

 私的メリットは隣県に越した事で部活の大会や行事などあるたびに中学の同級生と会うことが無いのでかなり気はらくなのだ。

 しかも私がここにいる事を同級生達は知らないだろう。

 いちいち見かけるたびに何らかのリアクションが必要な場面があることは面倒で苦痛でしかない、考えるだけで悪寒がしてくる。

 高校ではたぶん中学時代の話題を避けるかもしれない、表面的には友達のいない寂しい人間に見えるだろうか?仕方が無いかと諦めているのでミステリアスな孤高の存在?的な設定で行こうかと入院中のベッドでぼんやりと考えた。

 しかし誰も知らない引越し先で、しかも新入生で孤高を気取る場合でもないかと言う結論に至る。

 そんなことしてボッチになっても仕方ないし、別に逃げてきたわけでもない、刺されたけど……それはそれ、女友達など信じる気が起きないだけだと言うことは分かっている。その辺は自分できちんと分析済みなのだ。

 表面的な付き合いでのんきに生きていけたらそれでいいか……緊張感があるようで実はまるで無いことに気がついて新生活をはじめる。

 悩みは解決と思いきや、それとは別に新しい家族と同居する?という問題も抱えていることを忘れるわけにはいかない、母のサプライズにもほどがあるなとか苦虫を噛み潰し当分は気の休まらない日々を過ごすしかないだろう。

 おまけに春休みにのんびりと街を知ろうとか考えていたのに刺されて入院とかわけが分からん事態になっている。

 ばたばた劇のおかげでそのまま高校生活に突入となる事必至だ。

 幸いにも海江田さんは以前からこの街の住人で元々この近くで居を構えていたらしい、近くのスーパーとかコンビニの場所、美味しいコーヒーとお値段の手ごろなパフェを食べられるカフェが通学途中にあることなど付近の重要情報を教えてくれた。

 頼れるダンディーなおじ様に感謝する。

 タケルは私が気に入らないのか挨拶するだけで様子見しかない。

 何とか新しい生活のスタートを切ることが出来た一週間にお疲れ様です。

 テル君は相変わらず優しくて私はつい甘えてしまうが高校のことは話していない、私だけが現実で進学していることに負い目を感じている。

 明日は入学式があるので何時までも寝ていられないのが残念だと思いながら布団に潜りこみテル君に会いにいく。


 目覚ましで現実に戻されてテル君との会話は途中で終了してしまった。

 何だか置き去りにしたみたいで毎回申し訳ない気持ちになる。 

 それでも夜には笑顔で迎えてくれるテル君に私は甘えているのだろう。

 テル君なりにいろいろ気を使ってくれているとは思うが、本人は至って楽しそうに過ごしている姿を見るとうれしくなった。

 私が現実の昼間で不在の時はたぶん作業をしている。

 なんの作業かと言うと松林のスペースを自分なりのイメージで改修工事をしているのだ。

 最近ではただのテント型だった小屋がバージョンアップして壁が出来た。正面がオープンになっているが三方がキチンと壁になった。もちろん屋根も付いているし基礎コンクリートブロックで作りモルタルで仕上げている。しっかりと施工されていて、床はウッド調だ。

 しかも三人掛けの大きなソファーがテーブル付きで置いてある。

 おしゃれな椅子も一脚だけ壁際を飾り観葉植物まである。

 何処までも本格的なこだわりと、造り込まれた外観に私は驚かされた。

「これどうしたの?」と聞くと堤防の向こう側を指差した。

「ほら、向うにニトリがあるだろ、そこからもらってきた」

 それでも大きなソファーとか建築材料などどうしたものかと心配になる。

 背負うには無理があるし運んでくれる人もいない。

 魔法でも使えると言う設定は私の夢には無いはず。

「心配しないでいいよ、歩いて運ぶほどバカじゃない」

 そう言ってカラクリを教えてくれた。

 最初は台車にのせて運んだが限界を感じて軽トラを使ったと笑うテル君、免許など無いが運転の仕方は知っていたと少し得意げに言ってまた笑う。

「ここでは取り締まるお巡りさんもいないし、自分が気をつければ大丈夫でしょ」

 確かにそうだ。そうだけど心配で私は少し困った顔をしたのだと思う。

「ごめん調子に乗りすぎた。車は乗らないから安心して」

 テル君は私を慰めるみたいに頭を撫でた。

 私が心配なのは万が一テル君に何かあった時この状態がどうなるのか分らないからだ。二度とテル君に会えなくなったら私は生きていけないと思ってしまう。

「私は大丈夫、テル君は好きなように過ごしていいよ、でも車は気をつけてね」

 私が笑うとテル君はホッとしたように国道沿いの事を話してくれた。

 確かにこの海水浴場前の国道は新しい店が出来ていた。ニトリは引越しの買出しで行ったし帰りに近くのファミレスで食事もした。ホームセンターや衣料品店もある。

 子供の頃の記憶には無いものがこの前の買出しで夢の中に反映されたのかもしれない。

 この夢は私の経験で拡張しているのかもしれない。

「ちょっと散歩でもしてみる?」

 ここで目覚ましが鳴って現実に戻された。

 しばらく天上を眺めていたが気合で体を起す。

 腹筋を使うとまだ傷が痛む、痛みは生きている証拠なのだと言い聞かせ新しい制服に袖を通した。

 そして私は秘密の生活を隠して何食わぬ顔で家族に「おはよう」と言った。


 キッチンと言うか台所には大きなテーブルが鎮座して食卓として機能している。

 いいにおいが漂う。

 みんなすでに座って食事をしているのを見て驚いた。

 ここにきて数日になるが、まともな時間にみんなそろっての朝食は今日が初めてだ。

 ここ何日かの食事は忙しさのせいで(私は寝坊していたため)ばらばらで、夕食も出かけたついでに外食や弁当、一度だけ母が作ったのはカレーだった。

 卓上には文句の付けようの無いすばらしい朝食ができている。が、母ではない事はすぐに分った。

 私の記憶にある限り女子力ザコな母は朝食を作ったことが無い。

 答えはそこにあることに気がつく、タケルがエプロンをつけてせっせと卵を焼いたりご飯をよそったりしているではないか。

「サラ遅いぞ!せっかく作ったんだからちゃんと食えよ」

 そう言って私の分の味噌汁とご飯をよそってくれた。

 暖かい湯気が立ち上る食卓に少し感動してしまいタケルをみた。

「これ全部タケルくんが作ったの?」

「朝はちゃんと食べる主義なんだ」

 得意げに席に着いたタケルに海江田さんも母も笑顔だ。

 ここにも得意げに技術を披露する男子がいる。

 最近の男子は何でも出来るのか?

「ちゃんとした朝ごはん美味しいね」

 佑太が私の胸にトドメの一言を放った。

 確かにお母さんは忙しく食事は私の担当だった。

 当然とばかりに朝食メニューはパンとコーヒー、又は牛乳が定番と言うお手軽なものが中心なのは認めよう。それでも作っていた?事に変わりはないと自分に言い訳したが、テーブルのメニューに溜息が漏れた。

 ご飯に味噌汁、焼きシャケに卵焼きと漬物、お好みで納豆や海苔など日本の朝食として間違いのないモノが並んでいる。

「タケルくんはいい嫁になるね、私が保証するよ」

 母似の女子力の低さに落ち込んでいる自分を鼓舞しようと嫌味を込めて言ってみたが味噌汁をいただくと上手く出汁の取れた風味の良い味が寝ぼけた頭をスッキリとさせる。

 私は更に落ち込まざるをえない現実と向き合い気づかれないように肩を落とす。

 私だっていつかこう、なんていうか、そう、料理上手な女子として……母を見るとおいしそうに「私は食べるのが専門だから」とかのたまっていることに私の得意分野が料理ではないことを思い出したのは言うまでもない。


 この地方ではサクラはまだなので卒業も入学も少し地味な印象がある。

 それでも期待に胸を膨らませる新入生に混じるとつられて気分は高揚した。

 タケルは友達と待ち合わせで先に行ってしまい母と二人で学校に向かう。高校の入学式など来なくていいと母に言うとどうやらこの学校の方針として親の同伴が求められていると諭された。

 女子は親と一緒だが男子はグループが多いのは親となんか歩きたくない男子の小心な見栄なのかも知れない。

 私はタケルの後姿を見つけ「お子様だね」とほくそ笑んだ。

 入学式が滞りなく終わりそれぞれのクラスに分かれて明日からの説明とオリエンテーションが始まり、親は式が終了するとそのまま先に帰された。

 ひとりになったことに少し戸惑った私も結局お子様だなと思いながら教室の席を確認した。

 担任がまだ来ないのでクラス中でなされる様子見のザワザワを聞きながらぼんやりしていると背中を突かれた。

「わたし東京の中学から来た桜井優だよ、よろしくね、ユウって呼んで」

 振り向いた私に話しかけたのはショートな髪をかき上げて笑う女子、何だか男前な感じのする子だ。

 振り向けられた笑顔が何処となく垢抜けて見えるのは東京と言う響きのせいかも知れない。

「同中がいないから、なんか知らない人ばかりでさ、あんたは?ぼんやりしてるけど?」

「私は大神サラ、私も隣県からだから知らない人ばかりで……」

 私は少し警戒したのかもしれない、友達と言う外界の刺激に対して臆病になっているふしがあるのだろうか?がそんな事は意に介さずユウは話しかけてくる。

 私は引きずられるように会話を続けているうちにちょっとだけ楽しくなった。

 考えてみれば女子とちゃんと話をするのは久し振りのような気がする。

 孤高の設定とか思っていた自分がただのアホに思えてくる。

 まだ気を許した訳ではないがユウと言う女子に好感を感じることにホッとしていた。

「あ、あの……私は地元なんだけど一緒に話してもいいかな」

 隣の女子と言うかふんわりした女の子が話しに入ってきた。

「なになに、全然良いよ、話そうよ」

 ユウがすぐに承諾したし私もすでに壁などなかった。

「飯田春子です。ハルと呼んでね」

 おっとりとしたハルは柔らかな笑顔で話す女の子だ。

 地元の中学からの進学でただ近いからという理由だけでここに来たらしいがそれなりに偏差値の高い子なのだ。

 私たち三人の周りは男子で囲まれ何だかわざとらしい孤立感があった。

 ハルは地元だが同中がクラスにいなくて心細いと言った。最初だけ孤高を気取っていた設定の私も実は気が張っていたのかもしれない、ユウとハルのお陰で少し楽になった気がした。

 タケルはといえば別のクラスになったので私的にはホッとしている。

 別に嫌いと言うわけではないがタケルは私をサラと呼び捨てにする。

 あいつなりの気遣いなのかもしれないが恋人同士でもあるまいし学校で名前を呼び捨てになどされるとゴメンだ。

 田舎特有のしつこさで勘ぐられ、ややこしい関係を説明するのは面倒で遠慮したいと思う。

 妙な詮索をする人間も当然出てくるだろう。

 奇異な視線をかわすのは何かと骨が折れるものだ。

 タケルは地元の中学出身なのでこの学校にも知り合いが何人もいるから厄介だ。接触は極力避けたいと願う。

 担任が教室に入ってきて静かになった。

「はじめに言っておきます。この学校に入ったということは、皆さんは大学受験を目指し……」

 さすがに教育困難校とは違う、目指すところもはっきりとしてそれを聞く生徒の瞳も死んでいない、もしあのままH高に通っていたらと思うとゾッとした。

 怠惰に生きる自分を容易に想像できるのが怖いと思いながら入学後の注意事項を聞いていた。

 中学とは打って変わり平穏な高校生活をスタートさせたのかもしれない、私はもう中学の時のような子供とは違う。

 少しは成長できたはず、上手く物事をかわせるくらいは出来るかもしれないし出来ない時はまた孤高を気取って生きていくとか思っていた自分を笑う。

 うれしくてテル君の顔が浮かんで会いたくなる。

 今すぐ夢の世界に浸りたいのを我慢して教室の空気を吸った。


 浜辺の小屋には変わらずにテル君がいる。

 中2のまま変わることの無い容姿でいる。

 たまに風呂に入ってきたとか言うけど何処で入っているのか教えてくれないのは何故だろう。

 少し強引に問い詰めると「男には秘密も必要なのさ」とか言って笑う。

 これは男子特有の何かで、聞いてはいけないのではと思い結局知らないままだ。

 最近ファミレスに行くようになった。

 誰もいないファミレスは営業中のサインが出ているが給仕してくれる人は当たり前にいないのでセルフサービスだ。

 最初はお茶とケーキをいただくだけでドキドキした。

 自分で全てを用意するのは可笑しな感じがしたし勝手に振舞うのは泥棒みたいで罪悪感が体を強張らせた。

 しかしなれとは怖いものだ。

 何度か通ううちに自分の家のようにくつろげる空間になった。

 しかもスタッフルームでマニュアルを見つけてからは自分で調理して食事を作るようになった。

 テル君も手馴れた感じで肉を焼くようになったし私はパフェ作りが得意なことに気が付いた。

 食事をしながらテル君は学校の事や今の現実世界のことを聞きたがった。

 学校のことを話すのは少し気が引けたが、話さないのも不誠実な気がして話すようにした。が、私の気遣いなどバカらしいほどテル君が食いついたのはプロ野球の結果についてだ。

 私はテル君がプロ野球好きと言う意外な一面を知り寝る前の日課として早めのスポーツ番組とネットの情報を頭に叩き込んだ。

 今ではテル君のひいき球団の選手のアベレージまで把握している。

 テル君は生きているように振る舞い私はその手伝いをする。

 夢の中ではあるがこの特殊な状態は幸せの空間で大事な暮らしの一部なのだ。


 現実世界で夕食時に佑太が「お姉ちゃん日焼けしてるよね、部活は外でするの?」と言い放った。

 部活はユウに誘われハルと一緒にバスケ部に入部した。

 中学はテニス部にいたが2年の事件以来行かなくなった。

 梓もいたしオマケに若山チカの姉がいて私を吊るし上げようとしているのがわかったからだ。

 元々テニスなど付き合いで、梓が大学生になった時のためにやろうと言った事に便乗しただけだ。梓は大学のテニサーに憧れを持っているバカ女だ。

 バスケ部に入ったのは付き合いだけではない、強豪ではないので厳しくはないからいい運動が出来る事を期待していたからだ。

 いい運動はいい睡眠に繋がるとかありふれた理論に基づいて決めた部活である。

 だから屋内での活動で日焼けなどするはずが……

 タケルも「そう言えば色が黒いような」と言いながら私の顔を見るのでそんな事は無いと否定した。

 母が「肝臓悪いんじゃない」とか言って私は返答に困り至って健康であることをアピールするためTシャツの腕まくりをして筋肉を見せ付ける仕草をした。

「ほら、やはり日焼けじゃん、知らないうちに南国とか行ってんじゃねーの夢の中とかで」

 Tシャツの袖の境目がくっきりと白と黒のコントラストでタケルがギャハハハハと声を出して笑い夢で日焼けとか凄いねと佑太が言った。

 私は硬直して夢の中がいつも夏な事を思い出して血の気が引いた。

 実はユウにもハルにも日焼けの事を言われている。

 やはり脳が反応して現実に顔を覗かせているとしか思えなかった。

 その日は現実でのスキンケアを念入りにして早めにベッドにもぐりこみ急いで夢の中で目覚めた。

 ハンモックに揺られのんびりとくつろいでいるテル君を急かして夢に新しく登場した自転車で走り出す。

「どうしたの?そんなにあわてて」

 テル君が寝ぼけた声で聞いてきたがペダルを緩めずに「緊急事態!」と告げる。

 テル君の顔色が変わり私の自転車を追い抜くと「わかった!急ごう、それで何処行くの?」

「ドラックストアへ」

 必死の形相で怒鳴るようにテル君を追い越した。2人で競争するみたいにドラックストアに着いた。酸素不足で息が辛いのを我慢して店内に入るととりあえずスポーツドリンク一本を飲み干した。

 テル君もつられた様にボトルの水をのんだ。

 私は店内を早足でスキンケアコーナーに向かうがお探しの商品は見当たらない。

「テル君……捜し物が無いよ!」

 夢の季節は夏だが私がここに来たのは春先で商品陳列が夏になってない。

 ファミレスも春のメニューのままでそのままだ、たぶん私が実際の場所に行かないとここは更新されないのかもしれない、試した事は無いので正直わからないのが現状だ。

 前に見ていた町内の夢は数日で新しい状態になっていた。

 夏は(冷やし中華はじめました)の貼紙とか冬はクリスマス仕様の店など生活圏内なのでしょっちゅう出入りしていたからだろう。

 途方にくれていると「何を探せばいいの?」とテル君が私の横で呟いた。

「日焼け止め……SPF50のやつ」

 力なく答えた私の顔を覗き込みクスクスと笑うテル君に「笑うな」と言って抗議する。

「季節モノはたぶんバックヤードじゃないかな?」

 テル君はなれた感じでスタッフオンリーの扉を開けて中に入った。奥の商品が詰まれた棚で指刺し確認するみたいに箱の文字を追っている。

「これでいいのかな?」

 箱の中身を確認すると確かにSPF50の日焼け止めが入っている。

 私は小躍りしながらテル君に抱きついた。

「ちょっ、あっ、ダメだって!」

急に抱きついたのでバランスを崩して後ろの棚の商品と共に2人でコケた。軽めの箱が崩れ中身がばら撒かれる。

「テル君ゴメン、嬉しくなってつい」

何だかテル君が赤くなって目を逸らした。

 私が抱きついて恥ずかしくなるなんてカワイイ奴とかのんきに思っていると、崩れた箱が目に付いた。USUUSUと書いてある「なんだろ?」手にとって私は絶句した。

 箱が床にばら撒かれて2人の周りがまるでコンドームの花畑状態。

 ヒーとわめいて立ち上がるとテル君もゆっくりと立ち上がった。

「まだ僕達には早いよね」

 テル君が照れたように笑う。

 私の頭の中はテル君の言い放った「まだ」と言う言葉がなんども繰り返されていた。「まだ」というのはこの先は「ある」に変化すると言う前置きなのだと心が叫んでいる。

 パニックになりそうなのをごまかすように日焼け止めを掴んでテル君と外に出た。

 万引き犯みたいにポケットに日焼け止めを3本詰め込んで一つはその場で腕と顔に塗る。

 可笑しな状態にも優しく見守るテル君を直視できないのは「まだ」のせいだ。

「それにしても今日の服は暑そうだね」

 私の今日の服装は真夏には似つかわしくない長袖のパーカー、しかも秋冬用なのでちょっと暑い、けれどなぜか中身はビキニなのだ。下は短パンなのが救いではある。人がいないから気にしないがこれがただのビキニのみとかだと恥ずかしくて死にそうになる。

そんなビキニ姿は一度だけあってその時はテル君も上半身裸で海に入った。「これなら可笑しくないよね」とか言った言葉に救われる。

 それでもファッション的に固定して過ごしたいので考えないといけないかもしれないと新たな課題を自分に提示した。

「ここはずっと夏のままだね」

 私は汗を拭きながら空を見上げた。

「たまにはスノボがしたいな」

 テル君が私と一緒に空を見上げると呟いた。


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