第4話 闇の中学時代3

 三年の夏には底辺高と行き先は決まったかのように先生とも話さなくなった。

 私も話すことは無いので生返事でいたが、3者面談で空気が変わってしまう。

 基本的に自主性を重んじる仕事人間の母親が面談に来たのだ。

 中学最後の夏休みが終わって、テル君がこん睡状態になって一年が過ぎたころだ。

 自主性を重んじるとは聞こえはいいが要するに放任なだけで子供に興味など無いと思っていた母が三者面談で冷静にキレた。

 気の強い負けず嫌いな研究者で、理論的に担任教師を攻め立てる母親は私からしても何だか怖い。

 私の事を見ていないようでその研究者の目は一年間観察していたように鋭いツッコミをしてくれた。

 担任は3分の1ぐらいになったみたいでまるで小人のように見えるのが可笑しかった。

「全部担任のあなたのせいで娘はイジメにあっているんじゃないですか?街の噂から学校の事まで資料を用意しています。なんでうちの娘がこのような扱いを受けるのか教えてください、何も悪い事はしていない、むしろ一緒に行った子達に責任があるのでは……アーもう何小さくなってだんまりなの!教師ならはっきり答えなさい」

「その事については確認して……」

 担任は同じ言葉を繰り返しているので、さらに表情が硬くなった母が机を叩いた。

 気持ちの良い音が面談室に響き渡る。

「まったく使えない、あんたの能力が低い事はわかった。うちの研究施設は教育関係者も多いから教育委員会に直接申し出るからもういいわ」

 教育委員会と聞いて担任は顔色をなくしそれだけは勘弁してほしいみたいに懇願したが、聞くだけ無駄と結論付けた母の中でその話しは済んだ事に担任は気づかない。

 しつこく頭を下げる教師を冷めた感じにあしらう母は強い。

「その話は教育委員会とするからもういいです。何でも確認しないと話しもできないあんたと話してもしょうがないから」

 失敗した実験でも眺めるように冷静に話す母に担任は言葉を無くした。

「それでこの子の進路だけど、○×市のY高を受験させますので」

 私は突然の提案に驚いて母の顔を見たが本気の笑顔だ。

 確か父と離婚する時も私についてくれば問題ナイとか言ったときとおんなじ笑顔、自信に満ちているので逆に怖い。

 だいたいY高と言う私立高校は偏差値の高い進学校だしここから車で1時間半もかかる。

 それに今の私の成績ではこの地区の教育困難高にだけ余裕で合格する程度の学力しかない事実を知っているはずなのだ……。

 2年の夏まで成績トップだったのはすでに遠い昔、怠惰な生活と共に学習のコツは忘れてしまった。

 母には成績表も渡しているし本気なのかと疑問が湧いてくる。

「お引越しなされるのですか?」

 担任がオドオドしながら母を見る。

「引越し?勘違いなさらないでください、私達家族はこの町から追われるんです。あなた方のような人間に、担任としての責務を放棄してサラを貶めた」

 母の一存で私の受験先は決まり担任は末締めで途中降板となった。

 何らかの力が働いたとしか思えないが自業自得なので私は興味ない。

 担任が去っても生徒達に影響はなく私がいじめの対象であることに変わりは無い、学校生活は変化なし、それでも最近若山チカと梓が微妙な感じがすることに気が付いた。

 なにかぎくしゃくしているのは受験と言う問題があるからなのか?若山チカは私が行こうと思っていた教育困難高のH高、その中でもお勉強など関係ない家政科で、梓はM高の普通課、まあ何もかも普通だ。

 なので彼女たちの共通点は私を苛める事だけで成立しているから友達なんてなれる筈は無いのだ。

 梓は無理してあの連中と付き合っているのは誰だってわかる。

 最近ではパシリになりかけている。まあどう見積もっても田舎者のパリピな人種が違うのは明白だ。

 私はちょっとだけ面白くなって様子を見ている。

 受験のちょっとした息抜きぐらいにはなるかもしれない、息抜きするほどの時間は無いのだが……ああ勉強する時間どうしようかと思い悩む。

 母の指定した高校に受かるためにはそれなりの時間が必要で鈍った頭を何とかしないといけないのだ。その事で少し悩んでしまう自分がもどかしい。


 いつもの砂浜で目覚めると最初にテル君を探す。

 砂浜の後ろは松林で、少し高くなっている。

 目算で1メートルほどだ。

 砂浜と松林の段差はコンクリートブロックの法面になっていて、数十メートル置きにゆるい階段が設置してある。

 堤防近くの階段がテル君の居場所でそこに何処からか持ってきた大きな布をハンモックにして寝ているのだ。

 ちなみにここは何時来ても昼のままで太陽が翳る事がない、今日はテル君の松林に行くと簡易な小屋が出来ていた。

 お気に入りのハンモックは休業中のようでただ風に揺れている。

 小屋には茣蓙がしいてあり両端にコンクリートブロックを連ねて基礎を作り、合板の長い板を何枚か連ねて切妻の屋根みたいな形にしたものだ。

 木で出来た大きなテントみたいな構造で強い風ではもちそうに無いがここでは関係ない。二人で横に座れるくらいの大きさだ。

「この小屋どうしたの?」

 茣蓙の上に敷かれた大き目の座布団に座っているテル君に笑いかけた。

「作ったんだ、上から松ぼっくりが落ちてくるからね、これなら長い昼寝も安全でちょうどいいから」

 そういって横になったテル君が目を閉じた。私はテル君の横でしゃがむ様に顔を覗き込み何度か突いてみたが動こうとしない。

「サラはもうすぐ受験だよね、このままじゃ山の上にあるH高に行くしかないんじゃない?ここにいると言うことは寝てばかりで勉強は進んで無いでしょ、いい加減はじめないとね……だから僕は眠ることにする。当分目覚めないからよろしく」

 片目だけ開けて私を諭すように見たテル君が再び寝息を立てた。

 私はしばらくテル君の寝顔を見つめていたが、すっかりおいてけぼりな気分になった。

「あーあ、怒られちゃった」

 呟いてからテル君の頬を撫でた。


 ベッドから起き上がると時計を確認した。

 夢の中に30分ぐらいいたはずなのに5分しか立っていない。

 夢の中で勉強できたらと思うが教科書や参考書を持ち込むことは不可能でため息をついた。

 近くに本屋さんは無いし昔の夢なら自分の部屋が基本だったので勉強できたかもしれないと思うがしょうがない。

 眠気を振り切り机に向かい久しぶりにデスクスタンドを点灯すると最近母が用意した新品の参考書を開いた。


 自分が頭の良いらしいと言うのは小学校の時に気づいていた。

 離婚してから行方のわからない父も研究者、母も同じ研究者をしているので遺伝による優秀さはある程度理解はしている。

 ちなみに両親が何の研究をしているのか聞いたことは無い、睡眠とか脳とか話しているのをうろ覚えで何となく片隅にあるだけだ。

 私は人生ではじめて本気の勉強をして12月には成績優秀者に戻っていた。

 年内最後の模擬試験で学年トップになり苛めはますますひどくなったが、ある種の畏怖みたいなものを感じたのか若山チカ以外は何も言わなくなった。梓の私を見る目が怯えているのはどうしてかしらない。

 そんな感じに年明けするとすぐに受験モードの緊張感がクラス中に広がり他人のことなど興味を失ったように静かになった。


 入学試験前日、家族で引越し予定の○×市を訪れた。

 前日に降った雪のせいで足元の悪い状態に辟易していたが、それでも私が通うことになる(受かればの話しだが大丈夫だろう)Y高の下見をして、その後佑太の転校する学校も見に行く予定を恙なくこなした。

 夢の世界ではテル君はずっと眠ったままで、小屋は松ぼっくりからテル君を守っている。

 私は受験勉強の疲れを癒すためテル君の横で眠った。

 夢の中で寝る。

 新しい特技は受験勉強の効率を上げる事に大いに役立った。

 前日はホテルに宿泊して備える。

 母が奮発して一番良いホテルのよい部屋を予約してくれたのだ。

 もちろん地方の小さな都市なのでいいホテルと言ってもたかが知れているがそこは触れないでおこう。

 母もわざわざ仕事を休んでくれたので何だか心強い。


 拍子抜けするほど試験は滞りなく終わり、たぶん高校生になれると思う。

 午後の面接試験では「お母様によろしくお伝えください」と面接官が口を滑らせた。

 もちろん不正はないと思うし自己採点も合格ラインを余裕で超えている……それでも母が何らかの保険を掛けていた匂いが漂っている。

 そのことで私は少し反省することになったのだ。

 母がただの放任なのだと高を括りだらしなく生きて余計な心配をさせていた。

 

 入試が終わった日の夕方新居を見に行った。

 母がスケジュールをあらかじめ言ってはいたが試験の事ですっかり忘れていた私はその家に着いて少し驚いた。

 学校から徒歩圏にある戸建住宅は、外観は古いがしっかりとした家で、人が住んでいるように手入れが行き届いている。

プランターはノースポールが咲いて、いかにも母の好みに合わせているように見える。

 なぜか母が照れたような仕草でインターフォンを押した。

 新居じゃないのかと佑太と顔を見合わせるが、すぐにその答えは顔を出した。

「やあ、いらっしゃい、洋子さん」

 玄関扉が開いて中年の男が現れた。

 男は日本人にしてはダンディーという言葉が似合いそうなふんいきで、こんな田舎の街には似つかわしくないタイプだ。

 私の少ない情報からくる偏ったイメージでは洋風な老舗菓子店の経営者とか、輸入品を扱う店のオーナーな感じで、人を無碍に拒んだりしない優しさに溢れている。が、その目はしっかりと物の本質をうかがうような厳しさが隠れているように見えた。

 たぶん母の彼氏だ。

 スマートに母をハグしてから肩を抱くように私と佑太に向き合った。

 私はアメリカのホームドラマでも見ているような気恥ずかしさを覚えながら二人を見守った。 

「紹介するね、お母さんがお付き合いしている海江田亮さん」

 今まで見たことのない嬉しそうな母のストレートな言動に私は絶句したが、佑太はそうでもない、知っていたのかもしれないと勘ぐる。

「さあ、中に入って」

 海江田さんに促され通されたリビングは、元は和室の居間なのだろうか?光沢のある濃い色の木の柱に漆喰の壁、12畳ほどの空間が品のいい絨毯とイタリア製だと思われるソファーでモダンリビングに仕様変更されている。

 先月やたらと母が出かけてはインテリアの本を買い鼻歌交じりに読み漁っていたのを思い出した。

 てっきり新しい家に置く家具を決めていたと思っていたが……家は家でもこんなオチかよとか落胆してみるが、視線の先にこちらを気にする事無くソファーに座る男子がいるのが気になりだした。

 正確には気にしないフリをしている事に気が付いたが黙ってその事についての説明を待つが大人二人はラブラブな感じで話しこんでいる。

 ここは日本だと言いたいがしばしの我慢で佑太と二人立ちすくんでいる。

 この状況に男子が溜まりかねて私たちを見ると不機嫌に少し睨まれたような気がした。

 私はそんな子供じみた行為が気に入らずに怒気を含んだ強い口調で「何?」と男子に噛み付いた。

 2人の世界から戻った大人が「ああ、ごめん紹介してなかったね」と言って海江田さんが男子を立たせると愉快そうに彼の頭をなでた。

「紹介するよ、息子のタケルで皆からタケと呼ばれている、無愛想だけど優しいやつだから、仲良くしてあげて」

 健と書くらしい、彼はクシャクシャの髪のまま不機嫌な顔で軽く頭を下げた。

「健君、私も亮君も忙しいけどこれからはサラと佑太と仲良くしてあげて、お願いね」

 私もつい反射的にタケルという男子を睨んでしまったが、母の顔を立てて「よろしくお願いします」と頭を下げた……タケルはすでにそっぽを向いている、なにこの態度。

「ねえ、二人は結婚するの?」

 弟の佑太が不思議そうに聞いた。険悪な雰囲気の私とタケルもつられる様に同時にこの大人たちを見た。

「う~んそれはまだ先の話かな、パートナーということになります。要するに内縁関係」

 子供な私たちは理解できずに(え~?)みたいな顔になった。

 とりあえず苗字はそのままでいいことに少しほっっとした思春期な私がいた。

 この家は借家で、家族5人で住むには丁度いいと二人が話し合って決めたと母が嬉しそうに話す。

 そんな嬉しそうなのが娘としてはなんか腹立つと思いつつ確かに部屋数が多く、このレトロな雰囲気は私好みだ。

 ついでに言えばリビングやキッチンなどインテリアは申し分ない、もしかして一番のキーマンとなりうる娘の私に合わせる作戦なのだろうか?

 大人って……ずるいな……

 その日は顔合わせの食事会をして解散になったが最後までタケルは面白くなさそうな態度で私に接していることが少しムカついた。

 このお子様な男子が新しい生活での最大の不安要素だなと確認した。

 それでもうれしそうな母を見ると気が抜けてしまうのは私も成長しているからだろうか?


 卒業式は結局サボった。

 リハーサルはぼんやり立っているだけで誰の話も聞いていなかったし、この式に出席するイメージもわいてこなかった。

 母も特に何も言ってこないので了承と言うことなのだと思い込んでいる。

 未練など無いし友達もいないので何の感慨も無い、それとイジメグループに仕返しなどはしていない、若山チカと梓は冬休みの後理由は知らないが決裂したらしいと女子が話しているのを聞いた。

 若山チカは予定通りH高に決まり梓はM高を落ちR女子に通うことになった。

 惨めな連中にこれ以上関わっても精神衛生上良くないなと思ったからだ。

 あんな連中に縛られて思考の数パーセントを使うことが何かのプラスになることはないという自分の気持ちに従った。ただテル君のことを思うと一度ぐらい酷い目に合わせたいと言う考えが湧いてきてしまうのも事実だ。

 決してやつらを許したわけじゃない……


 きっと生徒にとって特別な一日なのだろうが私には面倒なだけの日という偶感を引きずったまま夕方に一人で卒業証書だけもらいに学校に行った。

 生徒がいない学校を歩きながらテル君と一緒に卒業したかったとか、修学旅行は楽しい思い出になったはずなど戻ることのない時間を思うと耐え難い焦燥に襲われ意味も無く叫びだしたい衝動が湧いてくる、昔聞いたことのある卒業ソングみたいにクソだらけの学校のガラスを割って歩けば気持ちが晴れるのかもしれない……私はかみ殺すように静かに歩いて職員室の前に立つ。

 薄汚いドアに手を掛ける。

 苦行でしかない生活が終わる事に一つ息を吐いた。

 そういえば私が何処の高校に行くか誰も知らないのでこのまま同級生の記憶から消えるのだろうか……いや消えないか、テル君に酷いことをした女として語り継がれる。

 私は伝説としてここに存在してこの学校に染み付いていくのだ。

「それも悪くないな」と呟いた。

 ノックもせずに職員室のドアを強く開ける。強く開きすぎて大きな音がしたので自分が驚いたが冷静を装った。

 先生方が私を見て一瞬固まったようにこちらに注目したあと怯えた表情になった。逃げるように席を外すものまでいる。

 4ヶ月だけの新担任に歩み寄り「証書」と一言つげると担任の腕は震えている。

 別に私は素行の悪い不良少女では無いのになぜこんなにおびえるのだろう。

 教師としての自分によほど自信が何のかもしれない、結局何の信念も無いただのサラリーマン教師なのだ。

 偉そうにしているがブラックな勤務形態に意見も言えないで生徒に捌け口を求めるから私などに怯えてしまう。違うな、私の母が怖いのだ、不浄なモノを見ないように差し出された卒業証書を汚いものでも剥ぎ取るように片手で受け取った。

「どうかした?」

 息を殺している職員に全員に聞こえるように大きな声で問いかけた。

 期待にこたえるための不良気取りのひと睨みも忘れなかった。

「あ、ああ、あの……いろいろとすまなかった」

 4ヶ月だけの担任は全てを背負わされたように怯えた表情で私を見ると可笑しなことを言い出した。何を言っているのか見当も付かない。

「こ、校長共々お、お母様には改めて謝罪に伺うと……」

「何のことか分からない、私が分かるのはあんた達全員がダメな教師だという事だけ」

 自分でも驚くような声を教師たちに浴びせ、唖然とする教師に笑いかける。

 私の中学時代は滞りなく終了した。

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