第43話 世界は進む
結局昨晩は二人で経験値稼ぎを二時間弱行ったものの、シナリオに参加した以外に大きな収穫はなかった。そもそも俺はレベルが上がらないのでどのくらい稼げたのかすらわからない。
ただヤマダが昼間にも動いていたとはいえレベルが1上がっていたのでそれなりに稼げていた筈だ。多分。
「ねっむ……八時半か」
とりあえず朝食を済ませよう。
一階に降りると誰もいなかった。日曜日の朝は基本揃わないのでいつもの事だが、今日の一番の早起きは妹だったようだ。
シンクには皿とコップが置かれており、すでに誰かが朝食を済ませたことがわかる。
「そういえば出かけるとか言ってたな」
俺は食パンは焼くのも良いけどそのまま食べたい派だ。袋から取り出してそのまま咥える。自分のコップに牛乳を注いでパンに奪われた口の中の水分を補充しながら、タブレットでネバエンの公式サイトを確認する。
こういったときに視線操作機能付きのARグラスとかがあれば便利なのだろうが、そんなものまで買う余裕は無いのでタブレットはテーブルの上だ。
「ふーん、星喰いは恒常レアエネミーになるんだな」
星喰いは『アーズィン平原』を含む全エリアに出現するようになるらしい。初期のエリアにも出るとなると、初心者は手こずる事になりそうだ。自分がエリアの適性レベルよりも高いほど出現しやすいとも書かれている。
アップデートの内容は様々だが、女神の語った脅威が事実ならばワールドエネミーがそれだろう。星のかけらは強く世界を喰らう者に反応するし、かけらを使ってワールドエネミーを探すだとかそんな感じになりそうだ。
それ以外の使用用途も追加されるようで、星のかけらを経験値に変換できるようになるらしい。星喰い自体も経験値はかなり多いのでこれはお得な気がする。
星の石を体内に取り込んだ事で闇の力に取り込まれた特殊な個体という説明までされており、世界観的には星喰いについての研究が進み、そこから手に入るアイテムの用途も分かったという形らしい。
アップデートの適用は九時のようなのでそろそろログインしておこう。
パンを口に押し込んで牛乳で流し、二階の自室へと戻る。
早速『Newvision』を装着して起動する。休日とはいえ朝っぱらからこんな事してるのは不健康な気もするが、まあいいだろう。
メニューでネバエンを選択し、気づけばピャーチのギルド前広場だ。
日曜故かプレイヤーもそれなりに見かける。半分くらいは教会の前をウロウロして開くのを待っているようにも見える。
ヤマダももうすぐログインするらしいのでこの場で待っていると、唐突に教会の鐘が鳴り響いた。
メニューで確認すると時刻はちょうど九時だ。
「お、きたな」
「九時になったからか?」
「お、なんか出てきたぞ」
他のプレイヤー達もゾロゾロと鐘の音につられて教会前に集まってきた。プレイヤー以外にもNPCも集まっているのが見える。
教会からは出てきたのは
「つい今し方、アーズィンのリスラ大聖堂より早馬で知らせが届きました。昨夜に我らの女神様が初代聖女フィリスラティナ様とともにお戻りになられたそうです。そして二人の星人が協力して闇の力を抑え、ついに女神様は闇を討ち取られました」
見た目の割に元気な声に少し驚く。
おお、とNPCの間でざわめきが起こる。プレイヤー達も口々に小声で何かを言い合っているようだ。
もしかしなくても二人の星人のうち一人は俺の事だし、昨日あんなふうに晒されてしまったので知っているものも多いだろう。
「さらに、他のいくつかの地においても星人の冒険者によって闇の眷族が討たれたそうです。これは非常に喜ばしい」
たしか、他の場所でも特殊シナリオが発生していたらしい。それを他のプレイヤーたちは解決したのだろう。
「すべての民を代表して星人へ感謝を。今代の聖女様も女神様のお力によって元気を取り戻された。重ねて女神様をこの地へ導いてくれた名も知らぬ星人へ感謝を」
祈りを捧げるように司祭と修道女が頭を下げる。騎士は微動だにしないが、NPCも皆何か祈りを捧げているようだ。プレイヤーたちに少し気まずい空気が流れるが、不快感を覚えているものはいないらしい。
俺も感謝されて悪い気はしない。
「すべての星人へ再び教会はその門を開くことを決定しました。また祈りを捧げにいつでもお越し下さい」
微笑みを浮かべる司祭を見て、おお、と今度はプレイヤー間に大きなざわめきがおこる。
こちらについてはプレイヤーたちは不満を溜めており、それが解消されたので俺も嬉しい。
プレイヤーたちが喜びを分かち合う中、司祭が表情を引き締める。まだ続きがあるようだ。
「そして最後に、女神様からのお言葉です。『再び世界を喰らわんとした闇は討ち果たされました。しかし、未だ世界には散り散りに災厄の種がばら撒かれています。それらはすでに世界に芽吹き混沌を招こうとしています。私一人ではこの災厄を止めることはできません。どうか星の子らよ、この世界に安寧を。』との事です」
そしてすべてのプレイヤーの目の前にウィンドウが表示された。
『歴史が進展しました。
ワールドシナリオ『未だ先視えず』が開始されました。全プレイヤー参加となります。
ワールドエネミーが討伐可能となりました。
ワールドエネミー:閃紅姫ヴァーミリアが新たに出現しました。
ワールドエネミー:
ワールドエネミー:世界を喰らう残滓が新たに出現しました。
ワールドエネミー:屍王グランディアが新たに出現しました。
世界は進み、安寧を求める。星の子がもたらすは果たして……。』
どうやらこの世界は一段階先へと進んだらしい。この先に待つものは未だ何かわからないが、一筋縄ではいかなさそうだ。
プレイヤーたちがウィンドウを操作している間に四人は教会の中へと戻っていった。NPCたちも話は終わったと解散していく。それに釣られてプレイヤー達も各々の行動をし始めた。
ギルドや街の外へと走るもの。その場で語り合う者様々だが、活気に満ちてはいる。
新たな道は示された。その道をどう進むか、それは
「うおっなんだ」
そんな風に考えていた俺の横でどこか間抜けな声が聞こえる。どうやらヤマダがログインしてきたらしい。
ログインと同時に表示されたウィンドウに驚いているヤマダに笑いながら俺は近づくのだった。
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