第40話 急がば回れ
とりあえず街に着いたが、最初にやることは決まっている。夜の魔力だの、太陽の精霊だのそういったのはまあ言っては悪いが後回しだ。
教会へと向かう。
魔術学院の立場が大きいせいか、この街の教会は中央には配置されておらず、少し外れたところにある。ドゥーバは街自体が巨大だったためにそもそも教会が複数あったが、ここはそういうわけではない。
それだけ魔術というものの価値が高いという証拠だろう。
案の定、教会とセットで配置されているので星人ギルドもそこにあるようだ。
「先に教会で行っていい?」
「ダメって言ってもお前行くだろ」
「まあ上限解放しないとそもそもなにも始まらんしな」
トゥーリの教会でできればよかったのだが、女神様と聖女関連のゴタゴタでどうにも頼めそうな雰囲気ではなかった。できるのならば早くしたいし、そもそもレベリングをするのならばやらないといけない事なのは確かだ。
ぐちゃぐちゃに絡み合った紐みたいになっている道を抜けていくのは骨が折れそうだが、逆に言えばあちこちで合流しており方向さえわかっていれば目的にはたどり着けそうではある。
界境が近い故に外に広がる事が出来ず、縦に広がったトゥーリなら方向だけを当てにすると上下で迷う事になるが、ここではそんなことはない。
「む?」
教会?今、俺は何かに気付いてしまった気がするぞ。
「なんだよ急に立ち止まって」
「教会はやめだ。まずフラグだけ踏みに行こう」
「レベルキャップはいいのか?」
「あー、いや、そもそもまだ教会入れないじゃん?」
「あっ」
そうなんだよ、教会まだ多分解放されてないんですよね。俺自身が教会から出てきたっていう話をそもそもしたし、お互いに失念していたようだ。
いくらトゥーリから早馬を飛ばそうと、トゥーリの教会で未だ続いている話し合いの最中に最短で移動したプレイヤーよりも早くNPCが到達する事はまずあり得ない。女神様と初代聖女の事についてや、世界を喰らう者についての情報もまだトゥーリ内で止まっているだろう。
という事は教会は未だ星人が入る事を許可しないはずだ。
行っても無駄足にしかならないという事だ。
こればかりはどれだけ急いでいても仕方がない。
というか、ストーリー的イベントとはいえ教会がロックされると不便な点がかなりある。もし女神様関連で何も起きず、星人は教会に近づく事ができなくなっていたら、どのような事態になっていたのだろうか。
なんらかの救済措置は取られるのだろうが、利便性などや一部職業的にも不都合な事には変わりないだろう。しかし、多分だがそんな事になって非難轟々になろうとこのゲームは続くはずだ。
今更ながらにめちゃくちゃ重い責任をぶん投げられていたという事実に少し腹が立ってきた。
「一時的とはいえシステムロックされてんのやっぱクソだな」
「まあそういう、世界観的な話で何かができないなんてのは前からあったみたいだな」
「あー、聞いたことあるな。ポーションの流通滞って一部の街でしか買えないみたいな」
なまじリアルな世界を謳っているためか、そういう生活面の問題が起きることもあるらしい。都市同士が争ってその間の街道が通行止めになったりとか。
賛否は分かれているが、フルダイブという実際にこの世界に入り込んでいるという実感が、そういう要素への不満を和らげている面もあるらしい。まあ仮想の、現実とは違う世界に現実的な要素を持ち込むなというのは納得もできる反論ではあるが。
教会には入れないという事でヤマダの先導のもと、『夜を追い、月は未だ満ちず』を発生させたという噴水広場へと向かう。時刻は現在23時ごろ。ヤマダが発生させた時点では既に日付が変わっていたようなので、この時刻でシナリオのフラグを踏めるかはわからないが、ものは試しだ。
「そういやお前結局学院には入ってないの?」
「あー、まあ朝までやってたから昼そのまま寝過ごしたってのもあるし、こういう時にわかる範囲の現状を変えてしまうのはあまり良くないだろうって思って」
「あー」
たしかに、何が条件かは詳しく判っていない状態で自分自身の立場を変えてしまうのは良くないだろう。特殊シナリオである以上、盲点、そう例えば魔術師なら誰もが入る魔術学院にあえて入らない事が条件の可能性も充分にあり得る。
魔術学院に入ってしまったのでシナリオ消失は避けたいところだ。
こいつはアホではあるがゲーム的な面で見ると、変に気付くところや発想がいい事が多い。プロゲーマーの血族はやはりゲームに強いということか……知らんけど。
ぐるぐると本当にあっているのかもわからない道を、ヤマダの背中を追いながら進む。マップを見てもそもそも目的地がどこかわかっていないので、何も判断がつかない。
「迷ってないだろうな?」
「あたぼうよ。もうすぐだ」
ヤマダの後を追って5分ほど歩くと、やっと噴水のようなものが見えてきた。あれが目的地の噴水広場だろう。
ヤマダ言っていたように不自然なほどに人がいない。噴水を中心として、広場を囲うようにある建物の窓に光は見えない。
先程まではNPCやプレイヤーを時折見かけていたが、ここには誰もいない。いや、一人だけ、噴水に腰掛けるように座る少年がいた。
夜故の薄暗さでもわかる日に焼けたような肌は彼の快活さを想像させるが、その表情は明るくない。派手で露出も多い服装も相まって絶妙なアンバランスさを感じさせる。
事前に聞いていたように、彼の姿は幽霊のようにわずかに透けている。
本来は明るく、天真爛漫な少年なのだろうが、どうにも落ち込んでいるようだ。
「あれが?」
「そう、だけど、昨日は最初からいたわけじゃなかったな」
という事はヤマダがシナリオを発生させ、それ開始した事で変わったか?
とりあえず多少警戒しながらも二人で少年へと近づく。
俺たちの足音が聞こえたのか少年が顔を上げた。
ヤマダの顔を見て一瞬表情緩ませ、そして俺を見て少し警戒の表情を浮かべる。
少年が口を開いた。
「お兄さん、だれ?」
「俺か?俺はアリーさんだ。偉大なる女神様の一振り、星剣のアリーとは俺のことよ」
「ブッフォ」
肩を震わせ笑っているヤツは放置して俺は少年に向かって胸を張る。とりあえず思いついた言葉を並べてみただけで意味はないが、なんとなくこの少年には自分が強い存在であるアピールをしたほうがいい気がした。頼れるお兄さんポジションってやつだ。
「ふふ、お兄さん、おもしろいね」
少し呆けた後、少年が笑う。どこか中性的な顔立ちの、儚さを感じさせるような笑みは刺さる人間には刺さりそうだ。生憎俺の守備範囲には入っていない。
というか、残念ながらおもしろい人ポジションになってしまったようだ。
「たしかに、女神様の気配を感じるし、学院とも関わりはなさそうだね」
「まあ、そもそもさっき初めてここにきたばかりだしな」
さらっと重要そうな情報が聞けたな。やはり学院に入らない事が条件に関わりがありそうだ。特殊シナリオ自体は、発生者のパーティに参加すれば誰でも途中参加も可能なので俺の場合はそっちなのだが、わざわざこんな発言をするという事はそもそもの発生条件に関わりのある事だろう。
「おい、いつまで笑ってんだ」
「ブハハッすまんすまんヒー……、んんっ、太陽の精霊くん、こいつにも話をしてやってくれねえか?昨日あまり話もできてないし」
「うん、わかった。実はね、捕まっている僕の友達を助けて欲しいんだ」
拳を握りしめ、身長差で必然的に上目遣いになる少年がそう言った。そして、ウィンドウが目の前に表示される。
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