第38話 道は外れないように
トゥーリからの脱出は思っていたよりもすんなりと成功した。人間というものはやはり見た目の印象が大事らしい。装備を買い換えるとか着替えるとか考えつかないのか、アリーという名前が見えているにも関わらず声をかけてきたのは数人だけだった。
そもそも、元が有名人というわけでもなく、目立つ名前でもない故に見た目くらいしか判断材料がないというのが原因だろう。
自分の現状がどうなっているのか知るためにギルドに行って掲示板にアクセスしたいが、他人との余計な接触はとりあえず避ける事にした。
「まあそこまで心配することないと思うけどな」
「なんでだよ」
「アリーは知らんかもしれんが、今掲示板は祭りみたいな感じだからな。他の場所でもシナリオ見つかってそこから発覚した事実だとか、神林とかいう男の過去の発言で賛否両論になってたり」
「あー、アレはまあ俺も意見は分かれるだろうなって」
実際に発言通りのことをやってくるとは誰も思っていなかったのだろう。多少ゲーム故の妥協はしているだろうが、あんな発言をする人間だからこそここまでのものを作ったのだとも言える。
自分の作った水槽にいろんな魚を入れ、その魚に自分たちで環境を変えられるようにしてそれを外から眺めている男は、今何を思っているのか。
「まあ神様気取りのおっさんはともかく、ゲーム自体の自由度と世界の広さは評価されてるな」
「実際そこがウリで、それが理由で売れてるもんだろ。だから俺もハードを妥協したくなくて買ってなかったんだし」
「まあ、ゲーム的妥協、法律的妥協を極限まで減らした真にもう一つの世界とまで言われるくらいではあるからな」
「草の一つ一つの風に揺れる動き、手を触れた感触、果ては抜いたときの根についた土だとかそんなものまでやってるのは狂気レベルなんだよなぁ……」
再現されていない感覚は、法律で制限された痛覚と味覚くらいなのではないだろうか。
法律にそこまで詳しいわけではないが、この二つに関しては制限されていることが広く知れ渡っている。
「だからまあ結局のところ、アリーみたいにそういうのに惹かれてる奴はなんだかんだ言っても続けるだろうさ」
「だろうなぁ。俺もやめる気ねえし神様気取りを楽しませるのはちょっと釈だけど、むしろやる気湧いてんだよな」
主人公に憧れがないわけではないし、ゲームが大きく動くときにそれに関わりたいとは思っているのだ。これから何が起きるのか楽しみにしている自分もいる。
とりあえずはピャーチに行き、ヤマダの用事を済ませつつ俺もレベル上限を解放しなければ。
「そういや、街同士の横の繋がりはボスいないんだっけ」
「そうそう。俺がトゥーリに行った時も出なかったし平時は出ないらしい。特定種族の大発生イベントなりが起きたら特殊個体なり上位種なりが配置されるらしいが」
街道から逸れるとやはりエネミーが出現はするようだが、今は用事もないのでまっすぐと進む事にする。
この場所にしか出現しない種族もいるようなので時折プレイヤーも見かけるが、かなり平和な旅路だ。
「てかお前はよく一人でトゥーリまで行ったな。正直30まではチュートリアルとかは割とマジな主張だけど、それでも一人では行かねえだろ。俺も流石にパーティ組んでいったぞ」
「いや、まあ、30までは楽って聞いてたから、その、ね?いけるならチャレンジしてみるか的な。そもそも今までお前とばっかやってたせいでお前以外とやるってのが抜け落ちてたったいうか、いないならソロで行くのがデフォになってたっていうか……」
正直道中は苦戦させられたし、死ななかったのは奇跡に近かった。
このゲームはレベル30の上限までは非常に楽にレベルを上げることができる。それこそ廃人なら24時間ぶっ通しなどせずとも可能だ。
30になると教会で上限の解放を行うことができ、それ以降修得可能なジョブが大幅に広がる仕組みになっている。生産職なども解禁され、ハウジングなども行えるようになる。
初期戦闘職縛りは、生産職希望やスローライフを送りたいプレイヤーたちから不評ではあるものの、スキルのシステムや本格的な戦闘、フィールドの探索の仕方などを初心者に学ばせるためのものであるらしい。スローライフ組はともかく、生産職プレイヤーはより良いものを作るには結果的に自ら素材を集める者も多くなるため、学ぶ事は損にはならない。
だからこそ、その辺りを無視しても走れるプレイヤーはすぐに先へと進み、しっかりと学びたいプレイヤーは30までの実質的なチュートリアル期間を有意義に使うように推奨されている。
「実際30から31まではかなり上がりにくいって感じたな。一晩やったが1あげるのが限界だった」
「そこまで変わるかぁ。やっぱ上がり幅のギャップに苦しむとはみんな言ってたな」
「なんかここら辺は極端だよなぁ」
「でも世界観的に設定があるみたいなんだよな」
「まじで?」
頷き、ヤマダに女神様から聞いた話を説明する。
元々の星人の持つこの世界に満ちるエネルギーを喰らう要領は小さく、能力の伸び幅も小さいらしい。急速に吸収できるものの、上限は早い。しかし、女神様がそこに手を加えた時にこの世界の助けとなるようにその幅を広げた結果が今の星人という事だそうだ。
つまり30までは通常の星人の容量、上限解放以降は女神様の慈悲だ。教会で上限解放を行う理由も女神様から授かった力だからだろう。
女神様が後付けでつけた力のため、吸収効率があまり良くないみたいな話だった。
できる事の幅が広がるのも侵略用端末として作られた星人ではなく、女神にこの世界の住人として認められた星人になるからこそなのだろう。
「ほーん……ん?じゃあ女神様解放した今、もっと先も出てくるのは早そうだな?」
「俺もそう思ってた。『星のかけら』イベント終わったらアプデって話だったしそこいらでわかるんじゃないかな」
待望の二段階目の上限解放だが、未だアップデートの情報も公開されていないためこれまでは望み薄だった。だが女神の解放によりにわかにその可能性も出てきた。まあそれがわかるのは、そもそもこの星人がなんたるかを知っているからなのだが。
他のプレイヤーには悪いが、今はギルドに行けず共有できないので許してほしい。
書き込むのを忘れたらもう本当にすまない。
「というか本題はどこいった」
「あ、すまん。すっかり忘れてた」
そもそもはヤマダの特殊シナリオを手伝うという話だった筈だ。魔術師系統のために俺にはあまり影響はないが、経験値は貰えるので損自体するわけではない。
とりあえずヤマダから詳しい話を聞く事にする。
「黒魔術師になりたいから、今俺二ヶ月前のアプデで追加された黒術師っていうジョブについてんだけど、それ関連でおそらく未発見の特殊シナリオが出たんだよ」
ピャーチには大きな魔術学院というものが存在する。
元は魔術の研究のために作られた、魔術師たちの研究所のようなものだったらしいが、それが次第に大きくなり、ついには魔術を学ぶものたちが集う場所へと変化していったらしい。
その魔術学院はプレイヤーも入学することができ、さまざまなジョブ系統外魔術スキルや、魔術師の派生ジョブなどを手に入れることができ、また魔術に関連するステータス上昇や他にも色々恩恵があるそうだ。
魔術師系統全般は一度はここに入れと言われるほどだ。
「んでまあ俺も上限解放と上位ジョブ取ってすぐ行ったんだけど、まあ案の定夜だったから閉まっててさ」
入学後は自由に施設を使えるために夜のログインが多いプレイヤーも大丈夫なようだが、入学受付自体は昼にしか行なっていないらしい。ギルドに頼めば昼の間に代理で申請してくれるそうなので、夜間がメインのプレイヤーの多くはそれを利用するそうだ。
「まあ俺はどうせ昼ログインできるしと思って使わなかったんだけど、そしたらこれが当たりを引いたんだよな」
「勿体つけずにはよすすめろ」
「まあまあ、聞けって。あれは昨晩のことだ……」
ヤマダDEEPはとりあえず出鼻を挫かれた腹いせに小石を蹴飛ばしながら、ピャーチの街を散策していた。
この街は魔術学院を中心として発展しており、そこで開発された建築魔法などが用いられさまざまな形の家が見られる。見ていて飽きない上、少し行けば街の風景が変わりとても面白い。
出たら目に色を塗りたくったようなカラフルなものもあれば、白一色だったり、平凡で堅実な作りをしているものもあればもはや家なのかもわからない建物もある。
何故あの家は逆さまに建っているのか、あるいは何故あの家は球形なのか、疑問は尽きないのだが。
「とりあえず創作意欲だけは認められる……うん」
とにもかくにも面白い街だと思いながら歩くうちに、気付けば噴水のある広場に来ていた。
夜空にはわずかにかけた二つの月が輝き、噴水の水はその月明かりを反射し輝いている。
綺麗だなと月並みな感想を抱いたヤマダだが、不意に違和感覚え周囲を見回した。
「誰もいない?」
たしかにすでに遅い時間帯ではあるが、これまで歩いてきた通りでは酔っ払いNPCなり、警らの衛士だったり、あるいはプレイヤーだったりをちょくちょく見かけていた。それが今ここには全くない。
ある種不気味さを感じさせるほどの静寂が周囲を包んでいる。
ヤマダは自然と身構え何が起きてもいいようにと装備していた杖を手に取る。ピャーチは魔術の街であるが故に、安価でありながらも効果の高い杖も多い。
今装備しているのもその一つで、『カリガヤの長杖』はピャーチ近辺に自生するカリガヤという魔力と親和性の高い木を使った安価な量産品だ。効果は消費MPの2%軽減とMNDの1%上昇だ。
油断なくヤマダ周囲を見回す。しかし、しばらく待っても何も現れる気配はなく、杞憂かとヤマダは緊張を緩めた。
「ちょっと神経質になりすぎたか?」
ふうと思わずため息をついたその時だった。
「お願い!僕の友達を助けて!」
しゃらんという音共に、少年のような声が響く。
いつの間にか噴水の前には背景が透けて見える、踊り子の装束のような服を纏った少年が立っていた。
「なっ!?」
そして、驚くヤマダの前にウィンドウが表示される。
特殊シナリオ『夜を追い、月は未だ満ちず』を開始しますか?
「お願い!このままじゃ夜の魔力が失われちゃう!次の満月までになんとかしないと!」
少年の今にも泣き出しそうな声が夜空に響いた。
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