第32話 其は闇より来たり 7
ついに世界を喰らう者はその体を床に横たえ、動かなくなった。
お、レベルと状態が戻ってる。いいね。でも三回分のデスペナが重なってステータスが八分の一に減少してる。悲しいね。
「闇に打ち勝つその力、素晴らしい。私達もなすべき事なしましょう」
アイダと共に祈りを捧げる女性の声が静けさの戻った広間に響く。
その言葉の終わりと同時、ゆらゆらと揺れていた青白い炎が激しく燃え上がり、人の形を取る。そして、弾けるように炎が消え、そこには美しい女性が宙に浮いていた。
どこか民族衣装を思わせるような、ゆったりとした露出の少ない服装をしており、左手には錫杖を持っている。怜悧さを感じさせる深い青の瞳に輝く金の髪がどこか神々しい。
おそらく女神様の顕現のようだ。
彼女がオレたちに微笑む。
「ありがとう戦士たち。界外の闇を今ここに封じましょう」
彼女の声は柔らかく、慈愛に満ちている。
錫杖がシャンと鳴り、彼女の体が横たわる世界を喰らう者の側へふわりと移動する。
宙に浮く彼女から幾条もの光の筋が伸び、それが世界を喰らう者を覆ってゆく。ヤツは最後まで弱々しく抵抗していたが、抗えなかったらしい。最後には完全に光に包まれ、そして小さな結晶になってしまった。
「この世界の理にあらざる闇を、この世界の理に引き入れそしてついにその力を完全に封じる事ができました。重ねて感謝を」
女神の微笑みに幾つかの感情が混じる。
この世界の女神様は慈愛には満ちているが、俗世の存在と同じような感情を持ち合わせてもいるらしい。
「ホント苦労したんで、生まれて三日の奴に戦わせるものじゃないんで、マジで」
「なんじゃ、おヌシ、まだそんな赤ん坊じゃったのか」
「こちとらペーペーのど新人だぞこんちくしょう」
「三日って……すごいですね」
なんか鵺さんに半分呆れられたように見られている気がする。たぶん俺のせいじゃないんだけどなぁ。
いやほんと、レベルも低いしMNDを捨ててるビルドで、後々防具とかアイテムで補いつつみたいなことを想定してたのにいきなりこんなところに放り込まれたのだ。世界を喰らう者がMNDを参照する攻撃を行なってこなかったのは奇跡だと思う。
クスクスと女神様が楽しそうに笑い、祈りを捧げていた女性も小さく肩を震わせている。というか、彼女まだ縛られたままだけどいいの?
「あら、いけない。フィリスラティナ、今その身を解放しましょう」
「ありがとうございます」
パリンと破れるような音が響き、縛られていた女性、フィリスラティナさんが解放される。そのままゆっくりと立ち上がった。目隠しは外れないようだ。
俺たちが来るよりも前からずっとあのままだったみたいだが、体は固まっていないのだろうか?
「ご心配なく。我が身は女神様の器であり、この身は女神様の加護によって
よくわからないが、とりあえず普通の人の体ではないようだ。
彼女は今もふわりと宙に浮かぶ女神の横に並んで立つ。
「改めて、すでにお分かりではあると思いますが、私は女神。この身に名はなく、ただ女神と」
そう言って女神は僅かに首を傾げた。それが彼女なりの挨拶のようだ。
「私はフィリスラティナ、初代聖女であり女神様の器。この身は朽ちず、
初代聖女、ときたか。歴史は全く触れていないので詳しいところはわからないが、初代などというのにこの若さならば到底人間の寿命を遥かに超えているのだろう。少女と言っても差し支えのないその体、朽ちずとはそのままの意味みたいだな。
女神様と聖女に続き俺たちも自己紹介をする。
「俺はアリー、生まれたての赤ちゃん戦士だよ」
ばぶぅと言ってみたが、鵺さんしか笑ってくれなかった。アウェーだぜ。
「私は鵺、です。星人の……あの、何か私もいうべきでしょうか?」
「そやつは馬鹿なんじゃ。真似せんでいい」
なんだと?喧嘩か?ジャンケンなら受けて立つぜ。
「最後はワシじゃな。ワシはアイダ、竜巫女をしておる。予言によってここに女神様に会いに来たんじゃ」
俺の睨みを無視してアイダが自己紹介をした。これは不戦勝でいいな。
「ふふ、アイダちゃんは変わらないのですね」
はっとアイダが目を見開く。
「女神様、やはりワシの、いや、昔のワシを……?」
「ええ、昔の貴女も今の貴女も全て見ています。その力は今も愛しい子らの力になっているようで、とても嬉しいです」
「あぁ……」
「そのお話は後でいたしましょう」
「……そうじゃな」
今すぐにでも話をしたいといった感情を呑み込んだアイダが一歩下がる。すまないなアイダ、ここからはイベントシーンのようだ。
「星の子らよ、貴方たちはその力を示し、見事世界の外より現れた世界を喰らう者の一部を打ち破りました」
やっぱりあれは一部なのか。世界を喰らうなんて御大層な名前をしておきながら、あの体たらくだ。そんな事だろうとは思っていた。
「貴方たちに、世界の歴史と真実を授けます」
そうして女神様は語り始めた。
曰く、世界はかつては幸せに満ち、女神の加護により祝福されていたらしい。だが、世界の外にある闇、幽海と呼ばれるその場所からやってきた存在、世界を喰らう者がこの世界に喰らい付いた。星が地に降り注ぎ、すでにヤツに呑み込まれていた世界が混じり合い、世界は混沌と化した。
そうして世界は闇に呑まれ滅びるかに思われたが、女神自身がその身を賭して世界を喰らう者の力を散らして削り、そして削りきれなかった力を各地に封じた。そして、それらの封印を安定させるために、聖女とともにここで結界を張り続けていたらしい。
アーズィンはそんな彼女たちを守るために作られたが、交わった世界の歪みによって街の半分が切り離されてしまい、今の状態になったそうだ。
しかし、ヤツの力を喰らった存在、つまり星喰いが現れ始め、結界に綻びができてしまった。それをなんとかするためにアイダを使って星人呼び寄せた、というのが話の流れのようだ。
「ちなみにこの聖堂の名前、リスラは彼女、フィリスラティナの名前からとっているのですよ」
なるほど、フィリスラティナね。もっと別の選択肢もあったでしょと思ったが、何か理由があるのかもしれないし黙っておくことにする。
「星人は、世界を喰らう者の落とし子、なんですよね」
鵺さんが女神に尋ねる。
女神はうなずいた。
「星巡る者、貴女はよく知っているようですね。その通りです。貴方がた星人とは世界を喰らう者の末端、そのはずでした」
「そのはずでした?」
「そうです。ふふ」
女神様が悪戯を成功させた子供のように笑う。
「最初にこの地に降りた星人は、たしかにかの存在と同様に、世界に満ちる力を喰らい、そしてそれをかの存在へと捧げていました」
俺たちは働きアリ的存在だったらしい。つまり、あのレベルドレインはそもそもは、還元行為の一部という事か。
「星の石がこの地にある限り、星人は生まれてしまいます。かといって私はすでにこうして力を失い、捧げられた祈りによって辛うじてこの身を現しているに過ぎません。壊して回ることもできない私は一計を案じました」
戦闘中にアイダたちが捧げていた祈りも、当たり前のことだが意味がないものではなかったらしい。むしろそれがなければ戦闘終了後もイベントは進行せず、ヤツがいずれ復活することになっていただろう。
「各地にある結界の力を利用して星の石に干渉しました。貴方たちはもはやかの存在の末端ではなく、この地に生きる我が子らとなったのです」
言うことを聞かなくなった末端にキレ散らかしていた世界を喰らう者は、実はそもそも自分のものではなくなったものを自分のものと思い込んでいたらしい。かわいそうだな。
その世界を喰らう力とやらを利用して俺たちはレベルアップしている感じだろうか。
「星を巡る者、あなたは知らなくて当然でしょう。かの存在に知られぬよう私は隠しておりました」
「なるほど……」
鵺さんが頷いている。星を巡るとかさっきから言っているが、鵺さんが隠しているジョブに関係があることかもしれないので深くは突っ込まない。彼女はそれで何かを知っていたのだろうが、隠しているのならば無理に聞くのは良くない。
でもこれ、星人は一歩間違えればやっぱりこの世界の住人との敵対ルートに発展するよな?何万人といるプレイヤー全員が正しい選択をできるとは限らないし、かなりの綱渡りではないか?
バタフライエフェクトなんてものもあるし、これはかなりの爆弾のような気もする。前プレイヤーが意識する方が……いや、知らない方がいいのか?難しいな……。
終わらない物語を謳うゲームが、プレイヤーの選択次第でバッドエンド直行みたいな事をさせるのか?いや、それこそ新たな物語の道なのか?
まさか、これ、終わらないではなく俺たちが終わらせないが正しい言葉なのでは……。
「なかなかエグい事してきやがるな……」
割と否定できない。
過去に見たゲーム開発者のインタビュー記事は、彼らが変人である事を如実に表していたし、確かにそんな選択を迫られる知ってしまった者が終わらないように努力する事で、大多数のプレイヤーにとっては終わらない物語の世界であることに間違いはない。
これは、ちょっと何人かプレイヤー見繕って巻き込んだ方が良さそうだな。
「ところで、星の子よ、私のお願いを聞いてもらえますか」
考えを巡らせうんうん唸る俺に対し、女神がそう声をかけてきた。
称号『闇に手を触れ光を掴み』を獲得しました。
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