第31話 其は闇より来たり 6
「上がってやがる……」
目覚めてみれば、鵺さんのすぐ横。
二度目のリスポーンだ。どうなるかはわかっているので、迫りくるヤツの腕を躱す。そうしながら確認したステータスは、変わっていた。
AGIが戻っている。それはまあいい。スタミナの消費も元に戻っただろうし、あのスキルはちょっと封印だ。
問題は状態の方だ。『状態:界外の闇-侵食2』と表示されている。効果の方の文章は変わっていないが、俺の見た目が変わっている。
「星喰いみたいですね」
「あ、うん……」
鵺さんの感想そのままだ。
俺から微かだが、星喰いや世界を喰らう者のような、星をちりばめたような煌めきを持つ黒いオーラが出ている。世界を喰らう者に向けてなびいているので、同じものだろう。
これは侵食の段階が進行するとアバター乗っ取られたりするんじゃないか?
「ざけんな!俺の体は誰にもやらねえぞ!」
「GoaaAAAAooOO!」
寄越せとでもいうかのように、腕と脚を伸ばして攻撃を仕掛けてくるが、回避して攻撃を行う。
再び俺に熱い視線を向け始めたヤツは、他への警戒が疎かであり、その隙をついて鵺さんが仕掛けている。あまりに俺に張り付くことが多くなったために、魔法での援護はやめている。
世界を喰らう者の攻撃の苛烈さが増していく。おそらくはそろそろラストスパートのはずだ。俺の予想ではヤツはもう一段階くらい変化しそうなのだが。
「GaaaaaAAAAAAAA!」
「うわっ!」
「きゃっ」
ビンゴだ!
衝撃波付きの雄叫びで俺たちのことを振り払った世界を喰らう者が、石の床に手をついた。四つ足の獣のような姿勢になったヤツの姿が、どんどんと変化していく。
「うわ……」
「え、きも……」
思わず二人で絶句した。
ボコボコとヤツの背中が波打ち、次々と触手が伸びてくる。十本目から数えるのをやめたのでわからないが、二十は超えていそうだ。ぐるりと頭が上を向き、大きな口を開けている。
手足の形も変わり、地に這うような低い姿勢となったヤツはもはや人の形を留めてはいない。
笑っているかのような、泣いているかのような不気味な声を出しながら、時折ヤツの体は痙攣するように震えていた。
ちょっとしたホラーだ。そんなヤツのヘイトが俺へと向き続けているのだからなおのこと怖い。
「相変わらず俺にお熱なようで……」
「いえ、今回は私もターゲットのようです」
「え?まじ……?」
「さっきからじっとみられています」
鵺さんがその視線が不快だというように、少し身動ぎをする。
ついにヤツは他者を警戒の能力を手に入れたのか!すばらしいね!
馬鹿、全然良くないぞ。むしろ悪い。
鵺さんの火力を最大限に活かすことが難しくなったということだ。それに、あれだけの触手が生えているのだ。攻撃に使うのは間違いないだろうし、そのうえ対処も面倒だろう。
これは、厳しくなってきたが、やはり最終決戦ということだろう。
メタ的にはHP低下による形態変化ではあるが、世界観的にみれば戦いの中でヤツが学び、そして勝つために姿を変えたということだ。より、強くなっているとみてまず間違いない。
「GiyaaAA」
「速ッ」
剛速で放たれた触手による突き攻撃を、なんとか回避する。第二形態とは比べ物にならない速さだ。
それが職種の数だけこちらへとタイミングをずらして向かってくる。回避した先に新たな触手が来るように、回避先を潰すように置かれた攻撃のほんの小さな隙間を駆け抜ける。いくつかカスってダメージを受けたが、死ななければ問題ない。
そろそろ防具の耐久が心配ではあるが。
攻撃チャンスが見当たらないが、回避し続ければ必ず見えてくるはずだ。ネバエンが、ずっとボスのターンなどというクソゲー紛いな事をするはずがない。それにヤツにもスタミナの概念はあるはずだ。
回避し続け走り続けているうちに、いつのまにか鵺さんと並走していた。
追い込まれたというべきか、このタイミングを待っていたというべきか。明らかに触手が先ほどとは違う動きを見せ、俺たちを挟み込むように迫っている。
大技の気配だ。こういう場合、その後に隙がある事が多い。
鵺さんと頷き合い、二人で同時にその攻撃のより内側、世界を喰らう者の方へと転がり込む。
ビンゴだ。攻撃を放ち、触手が動きを止め、ヤツの体はガラ空きだ。後ろをチラリと振り返ると、触手が絡み合ったかのようにがっちりと結びつき、ヤツはそれを解こうと必死のようだ。
このチャンスを逃さず、二人で攻撃を叩き込む。脚を振り回して暴れ、時折後ろ足で立ち上がって二足歩行のような姿勢で俺たちに応戦しているが、触手攻撃よりもよっぽど対処しやすい。
この間に削れるだけ削ってやる!
「鵺さん!リミットだ!」
「はい!引きましょう!」
絡まった触手が解かれるのがチラリと見え、二人で同時に退避する。
先程まで俺たちがいた場所を触手がなぎ払い、退避した俺たちを追うように別の触手が殺到する。二人でそれを回避して走りながら、再び隙を窺う。
そんな俺に鵺さんが話しかけてきた。
「策があります」
「どのくらい稼げばいい?」
「できないとは言わないんですね」
彼女は一瞬驚いた表情を浮かべた後、どこか感心するように微笑む。
俺もつられて笑う。
「ゲームだからかな。不可能をできる限り可能にするのがプレイヤーの醍醐味だしね」
「ふふ、そうですね」
彼女が気合を入れるように表情を真剣なものへと戻す。
「十秒」
「請負った」
詳しくは聞かない。聞く必要もないだろう。俺にできる事は時間稼ぎのみだ。
彼女は言った。今はレベルが41しかないと。つまり、彼女の本来のレベルはもっと高いはずだ。事情はわからないが、そんな事情も今はどうでもいい。
そんな彼女が策があるというのならば、そこに乗ってみるのも面白い。
何かのアイテムを取り出した彼女から意識を外し、世界を喰らう者へと向ける。
鵺さんが俺の横から消え、その気配を断つ。
先程まで鵺さんにも向かっていた触手が俺に向かう。単純に攻撃量が二倍だ。ここからは一撃たりとも食らうわけにはいかない。リスポーンした俺への攻撃の流れ弾を当てるわけにはいかないのだ。
もしリスポーンしたら全力退避だな。
「やってやるぞかかってこいやクソ野郎!」
姿の見えない鵺さんの詠唱が聞こえる中、意味もなく『挑発』スキルを乗せて叫びながら俺はヤツの触手の海へと飛び込んだ。
☆
「どのくらい稼げばいい?」
とても驚いた。
まだ内容も言っていないのに、彼は自分が時間を稼ぐ事を提案してきている。いや、提案というよりもその役割を担う事を前提に話をしている。
「できないとは言わないんですね」
少し挑発的になってしまっただろうか。
私を救ってくれた彼と一緒にプレイできている事がこんなにも楽しくて、少し気分が高揚しているらしい。こんな気分にさせてくれる彼の事を尊敬し、思わず笑みが溢れる。
彼もつられたかのように笑った。
「ゲームだからかな。不可能をできる限り可能にするのがプレイヤーの醍醐味だしね」
「ふふ、そうですね」
その通りだと思う。それを彼らは私の目の前でやって見せた。私もそうありたいと思っていままでこの世界で戦ってきた。
だから、今私ができる事を私がやる。私だけではアレには勝てない。彼だけでも不可能だ。でも、私たちなら。
「十秒」
「請負った」
私はアリーさんの返事を待たずして、『ギュゲスの指輪』を取り出す。これはアクセサリースロットを三つ使い、最大二十秒間すべての存在から姿を隠すことのできるアクセサリーだ。
アリーさんが走り抜けていくのを尻目に私は指輪を嵌める。先程まで私を狙っていたはずの触手たちは、標的を失った事であらぬところに突き刺さり、またいくつかはアリーさんの方へと向かっていった。
「ここからは私の仕事」
立ち止まって軽く息を吸い、口を開く。
やる事は一つ、詠唱のみ。魔力の形作りは必要ない。全てを使ってしまうのだから。全てを出し切って、この戦いを終わらせる。
私が放つのは、『
「我星を巡り数多を知る」
彼の背中を見る。
無数の触手の中で剣を振るい、拳を振り回し、闇雲に暴れているように見えて、一つ一つ対処できるものから対処している。時折攻撃を受けてはいるものの、それはむしろ受けざるを得ない、あるいは次に繋げるためにわざと受けているようにも見える。
「理より外、我らが母なる海、来たりし闇が喰らうは世界」
蒼いエフェクトが光る。あれは竜の涙のエフェクトだ。
「今ここに、闇を砕き、因果を断ち切る力を!」
ちょうど十秒。
竜の涙を使ってもなお耐えきれぬ攻撃の濁流に呑まれ、そしてリスポーンした彼の気配をそばに感じながら、世界を喰らう者の背後に塔を幻視する。
その塔が崩れ、そしてまるで空間がひしゃげるかのように視界が歪み、世界を喰らう者が押し潰されるように地面にめり込んだ。
押し潰され、地面にめり込んだ世界を喰らう者は、小さく痙攣するのみで起き上がる気配はない。
同時に力が抜け、ふらつく。HPは1でMPは0。ステータスも半減し最早戦う力など残ってはいない。それでも出し切った。
「おっと」
「あ、ありがとうございます」
ふらついたところを彼に支えられた。少し恥ずかしい。
とにかく、戦いは終わったようだ。レベルがあがっている。
ああ、彼と一緒に戦うのも終わりか、なんて思うと少し寂しい気がした。
称号『闇に打ち勝つ』を獲得しました。
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