第30話 其は闇より来たり 5
結論から言えば、多少目で追えるようになったからといって、劇的に俺が強くなるわけでも敵が弱くなるわけでもない。相対的には弱くなるのかもしれないが、それは俺の感覚の問題だ。
ステータスの差というものは必ずそこに存在し、
「俺はギリギリの戦いばかりさせられてる気がするな!」
思えばオーガも二体のワイバーンもどちらもギリギリの戦いだった。
奴らはこの世界に生きている。たとえここが仮想の世界だろうと、その世界に生き、そして自らの生をその最中で終えることを良しとしない。
持てる力を出し切って足掻き、抵抗する。
その中で、俺も自分の弱さを実感し、新たな力を求め生き足掻いた。なればこそ、同じようにここでも俺は求める。
Wikiには行動ログの参照ではどうやっても覚えられないであろうスキルがあった。だって二段ジャンプなんてそもそも前提として人間には不可能だ。だが、このゲームには思考入力が存在する。
ならば、このゲームのサーバーは戦いの中の俺たちの想いを見ているはずだ。だからこそ、
速さが足りない、速さを寄越せ!
足掻く俺に応えろ世界!
「来たァ!」
「どうかしましたか?」
「時間を稼いで欲しい!」
「……わかりました!」
何もいわずとも了承してくれる。ありがたい!
確かな手応え。スキル欄に新たなスキルが増えている!
覚えたばかりのスキルはリキャスト(本来の5%)を挟むせいで今は使えないが、今ここで発現したスキルならば必ず効果は有用だ。効果の確認は後からでいい。今はそこまで俺を繋ぐ!
リキャストは二十秒。
すでに一秒減った!
腕を伸ばす前の溜めが見える。腕を伸ばす攻撃は予備動作がないと思っていたが、見えるようになってきて初めて気づいた。僅かにだが、溜め動作を行なっている。
伸ばすならレベルドレインだろうと即死だろうと、必ず俺の胸を狙ってくる。体を動かし、すでに照準が済んでいるであろう一撃の攻撃圏内から脱出する。
加害範囲から脱出したそのままの足で世界を喰らう者へと肉薄。伸ばされた腕とすれ違う。
『掌底:波動』をヤツの胴に打ち込む。ダメージはそこまで期待できないが、スタミナ管理的には『破撃』よりもこちらがいい。お、硬直発生だ、ラッキー!
硬直を利用してさらに時間稼ぎをさせてもらおう。
「姿勢崩しの伝統芸!」
何?知らない?教えてやる、これは膝カックンという由緒正しき技能だ。歴史も古い。
積み重ねられた歴史の重みゆえか世界を喰らう者の姿勢が大きく崩れる。そのまま抵抗できないヤツの胸を押し込んで背中を地面に叩きつけてやった。
その隙に一時離脱、この場にいるのは俺だけじゃない!
「我が祈りは我が道のため!今ここに活路を切り開く力を!」
前にも聞いた叫びと共に、世界を喰らう者の脚を鷲掴みにして投げ飛ばした。
え、何、こわ。すっごいSTR……。
プロレス技のジャイアントスイングみたいな投げ方じゃなく、片脚を片手で掴みそのまま放り投げたのだ。正直ビビる。
世界を喰らう者はそのまま吹き飛び壁を叩きつけられる。
ここまでだいたい十秒ちょい。
後約十秒か。長いね!
このまま鵺さんと連携して稼がせてもらうがな!
倒れ込んだままのヤツの腕が分裂し、俺と鵺さんに遅いかかる。
ハハ!その距離からならほぼ真っ直ぐ飛ぶ腕なんざ簡単に回避できるぜ!僅かにホーミング性能もあるが、ないに等しい。
広間を走り抜けて分裂腕の連撃を回避していく。
む!ヤツが腕の巻戻る力を利用してこちらへと飛んできやがった。なるほど、たしかにその方が速いな。
「だが、そのまま真っ直ぐ飛んできていいのか?」
ヤツの軌道はわかった。その軌道へと自ら入り、構える。
ヤツが飛びかかる勢いと、俺のSTRの二つを合わせた一撃をお見舞いしてやるよ。タイミング合わせて拳を突き出し、そこにヤツの体が突き刺さる。
反動ダメージがかなりデカいが、反動ダメージとして計算されるからこそ耐えることができる。
再び派手に吹き飛び、床を滑っていった世界を喰らう者は壁に逆戻りだ。
その場でヤツは立ち上がり、今度は次の行動を考えているかのような構えを見せている。止まってくれるなら時間稼ぎをしたい俺としてはありがたい。
あと三秒。
「GrrruuUUUU……rruuaaaAAAAA!」
ヤツが雄叫びを上げ、再び走り出した。今度は走りながら腕を分裂させ、それを闇雲に叩きつけて接近させないようにしている。なかなか考えたものだ。
ディスプレイ型のゲームでは決して見ることができない、AI自身が考えた行動。こういうのを見るのもフルダイブの醍醐味だが、
その全てが対処が難しい。真に生き残るためにその行動をとるがゆえ、何をしてくるかもわからない。
残り二秒。
攻撃を食らわないように距離を取りながら、時間を稼ぐ。ヤツは闇雲に俺を追いかけるのみだ。
「行きます!」
「任せた!」
「それは煉獄の如く!罪過を焼き尽くす獣!『
狼の形をした炎が世界を喰らう者に食いつく。それと同時にヤツの体が激しく燃え上がった。
「GaaAAuuAAaaaAAU!」
どうやらかなりのダメージのようで、炎の中で叫びもがいている。いい感じだ。
かなりの一撃だったが、それゆえにデメリットありのようだ。鵺さんが膝をついている。今は俺しか狙わない敵のみのため問題ないが、本来はとどめなどに使うもののはずだ。だが、レベル低下の影響で威力が下がり、それゆえの時間稼ぎとして使ってくれたのだろう。
お陰でリキャストは終わった。
「いくぜ!」
新スキル『疾風怒濤の構え』を発動!
これは、体が軽い?
手を振ってみてわかる。AGIの大幅な上昇か!
「今なら音も追い抜けそうだな!」
炎から抜け出した世界を喰らう者は、怒りに我を奪われどうやら俺を一度狙いから外したらしい。動けない鵺さんへとその腕を伸ばそうとしている。
つくづくこいつは一人しか見ることのできないヤツだ。
「俺への熱い想いはどうした!」
爆発的な勢いで飛び出す。思った以上の速度で飛び出したが、そんな驚きも置き去りにして、俺が見るのは一点。
世界を喰らう者は未だこちらに意識すら向けない。
フラれたみたいだ。悲しいね。
このゲームの物理演算は本当に凄い。現実と遜色がない。だからこそ、速さを乗せた一撃はそれだけで火力が増えるのだ。腕を突き出す速さも上がってやがる。
『掌底:破撃』をヤツの横っ面に叩き込んでやる。本来の俺のSTRでは少しのノックバックが限界だった『破撃』だが、AGIによって威力が底上げされていれば……
「俺でもぶっ飛ばせるのさ」
頭に激しいノックバック効果を受けた世界を喰らう者は、そのまま横向きに回転し地面に叩きつけられる。
派手に頭から行ったが、ヤツのタフさならまだ死んでいないだろう。本当はくたばって欲しいのだが。
「Guuu……」
ふらつきながら立ち上がるヤツは、いかにも満身創痍といった様子だ。どのくらいHPが削れているのだろうか。
再びヤツは俺に狙いを定める。
腕が伸びる前の溜め……ならば回避はたやすい!
横に動けばそれで解決だ!
「あれ……体が動かねえ……」
なんだこの脱力感は。これは疲労モーション?
まさかスタミナが底を尽きたのか⁉︎
鵺さんはようやく動けるようになったようだが、間に合わない。
腕が伸びてくるのが先ほどよりも遅く見える。AGIが上がっているためだが、動けない俺はただの的だ。
だができる事はある。思考操作でメニューを呼び出し、スキル欄を確認。
「クソ、デメリット有りか……」
針のように俺に向かって伸びた腕はそのまま俺の胸に突き刺さった。
消えゆく意識の中で、『効果:一定時間AGIと消費スタミナの飛躍的な上昇』という文字が見えた。
特殊称号『逆境街道』を獲得しました。
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