第26話 其は闇より来たり 2
ここは『リスラ大聖堂』、しかし、最初の街アーズィンにあるものではない。『未開域:アーズィン』にあるものだ。
「聖堂の名前まで同じ、か」
静謐な気配が漂うのは同じだ。内部の構造は一度見ただけでしかないので覚えてないが、非常に似ている気がする。絶対に違うと言い切れる点は星の石がないことだけだ。
「私もあまり覚えてないですけど、たぶん中はこんな感じだったと思います」
「ワシは行った事がないからわからんのぅ」
鵺さんも同じ感想のようだ。
燭台に火は灯っておらず、ところどころに張られたガラスから差し込む光が薄暗い聖堂内を照らしている。
静かな聖堂内に石の床を踏む三人の足音のみが響く。
聖堂の中心あたりまできたが、何かが起きる様子はない。
「さて、いったいどこだ?」
星のかけらをインベントリから取り出してみる。
「うわっ」
まるで意思を持つかのように、インベントリから取り出した星のかけらが手から飛び出す。カツンと床に当たり音を立てた星のかけらは、そのまま転がってゆき俺たちから離れてゆく。
二人に目配せをし、追いかける事にした。カタカタと障害物にぶつかりながらも、星のかけらはどんどん転がってゆく。
やがて星のかけらは一つの扉に突き当たった。
その扉の先に何かがあるかのようにぶつかり続けている。
「これは……」
「プレイヤーが最初に出てくる扉に似ています」
未だに扉の向こうへと吸い寄せられている星のかけらをインベントリに回収し、そっと扉を開けた。
扉の向こうは暗い地下への階段が続いていた。覗き込んでも階段の下は見通せない。
「なんにも見えねぇ」
「明かり、つけますね」
鵺さんがなんらかのスキルを使い、鵺さんの頭上に小さな光球が現れる。闇を全て払うほどの明るさはないが、足元はしっかりと見ることができた。
便利だなぁ、俺も覚えたい。
「おー、ありがたい」
「ほう、便利じゃのう」
「これは
俺の視線に気づいたのか、鵺さんが説明してくれた。
スキルスクロール……いわゆるアイテム習得型のスキルを覚えるためのアイテムだろうか。わざわざ司祭にならずとも習得できるようにしているということは、必要となる場所も多いのだろう。ここがいい例だ。
鵺さんの明かりを頼りに、俺たちは階段を下ってゆく。
かなりの長さ、おそらく二百段は軽く超えたあたりでついに階段は終わりを迎え、通路が現れた。やはりここも地下故暗く、『トーチライト』の明かりが頼りだ。
三人で警戒しながら通路を進む。
いくらか通路を行ったところで、前方にゆらゆらと揺れる小さな青白い光が見えてきた。
その光を認識したと同時、前方から風が吹き付けてきた。吹き抜けた風の後を追うように、通路に明かりが灯る。ところどころに設置されていた松明は飾りではなかったようだ。
「いかにもって感じがしますね……」
「まあ、演出としては分かりやすいかな」
「奥から二つの強い気配を感じるのう」
「二つか……」
二体のボスか、あるいは片方を守って戦うのか。
何が来てもいいように備えておこう。
松明の明かりに導かれ───一本道ではあるのだが───歩いた先、広い空間にたどり着いた。
中央にある大きな杯の上で、青白い炎がゆらゆらと揺れている。その杯の前では祈りを捧げる女性がいた。がんじがらめに拘束されているかのような見た目は異様だが、この場にはもっと異様なものがある。
「なんだ、これは」
「影?が動いている……?」
「どうにも、嫌な気配じゃのう」
「まったくだな」
杯とそれに祈る彼女の周囲を取り囲むかのように、黒いもやのような何かがぐるぐると回っている。
まるで獲物を狙う獣のようだ。
とりあえず近づいてみる。
「触れないか」
手を伸ばしてみたが空を切るのみで手応えは感じない。
「来られましたね、導かれし人」
祈りを捧げ続ける女性が振り返ることもなくそう言った。いや、振り返れないのだろう。
イベントシーン、だろうか。
「失われつつある輝き、その光を継ぎ護る者、汝を導きし闇、それをここに」
「導いた闇……星のかけらか」
言われるがままにインベントリから星のかけらを取り出す。鵺さんも同じように取り出していた。
「うわ」
「えっ」
俺と鵺さんの取り出した星のかけらが黒いもやに吸い込まれた。
見る間に黒いもやに変化が訪れる。星のかけらが砕けるように散り、キラキラと微かな煌きを見せる。もやの動きも激しくなる。
煌きを散りばめたその姿は、星のかけらが纏っていた夜色のオーラそのものだ。
「おお?」
「それはあらざる闇をありし闇に変える輝き、その闇に打ち勝ち、その力を私たちに示して」
「きゃっ」
彼女の言葉ともに、鵺さんのインベントリから残る星のかけらも飛び出した。それらは先ほどと同じように黒いもや、いや闇と呼ばれているものに飲み込まれていく。
「竜の巫女、貴女はこちらへ」
祈りを捧げる女性はアイダにも語りかける。
アイダはどうするべきか迷うように視線を彷徨わせていたが、俺と鵺さんが頷き、歩き始めた。
「負けるでないぞ」
通り過ぎ様、小さくそう呟く。当たり前だと心の中で返事を返し、闇に視線を戻した。
ぐるぐると渦巻いていた闇は今は一所にとどまり、その形を何かへと整えようとしている。
「どうやらここからボス戦って感じかな」
ギミックはかけらの数で強さが変わるといったところだろう。正直鵺さんの60個と俺の1つを合わせて61個のかけらが投入されたわけだが、多いのかは定かではない。
ただ一つ言えることは、あからさまな強敵の気配を漂わせているということだ。
「お前の世話になるかもな」
俺はシステム的にはアクセサリーとして装備された、首にかけたペンダントに触れる。『星石の贈り物』、その効果期待しているぜ。
ん?何か今引っかかることが……
「来ます!」
「おっとぉ⁉︎ 」
いつの間にか人型になっていた闇は、戦闘開始の合図などもなく、いきなり腕をトゲのように伸ばしてきた。鵺さんのお陰でなんとか躱すことができたが、胸一点狙いのその攻撃は、食らっていたらやばそうな一撃だった。
「開幕即死攻撃かこのやろう!」
闇とかそういう系統のエネミーっていうのは即死攻撃をしてくるイメージがあるが、その印象通りのようだ。
人型の闇の頭部には顔はなく、表情はわからない。そもそも感情などもないのかもしれない。
ただこちらへと敵意のようなものを向けている。
「戦いは避けられないってか」
これはあの祈る女性とアイダを、そしてあの杯の上の炎を守り抜くのが役目だろう。
『精神統一』を使う。さあ、気合を入れよう。
敗北条件が己の死じゃないというだけで救いだ。五回までなら死ねるからな。
「なあ、おい。ゲームにおいてプレイヤーの命ってのは得てして軽いもんなんだ。一デスに重みがあろうがそれはもう簡単に死ぬ」
闇が再び攻撃を仕掛けてくる。
積極的に杯の方を狙うわけではなく、俺たちの排除優先のようだ。助かるね。
うねるように伸ばされた腕が分裂し、様々な方向から刺突を行なってくる。それらを躱し、いなしなんとか捌く。向こうの攻撃力が高すぎていなしたりすると反動ダメージが馬鹿にならないのが少し痛いが、俺のレベルが低いせいなので仕方ない。
「だが、その死の積み重ねが重みになって相手に襲いかかるのさ」
俺が攻撃に対応している間に、なんらかのスキルを使ったか、消えるように前へと飛び出した鵺さんの拳が闇へと炸裂した。
先ほどとは違い、どうやら実体があるようだ。殴り飛ばせるとは朗報だな。最悪鵺さんの魔法頼りの可能性もあった。
「お前に見せてやるよ。プレイヤーの死の重みってやつを」
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