第24話 意思、貫いて

 とりあえず合体してしまった星のかけらは俺が受け取ることになった。インベントリにしまいこみ、視線を大聖堂へと向ける。

 もう既に大聖堂は目と鼻の先だ。


「まあこれみよがしに門番が突っ立っているわけだが」


 大聖堂へと入るためには、入り口に立つ二体のスケルトンを倒さなければならないらしい。

 またスケルトンかと少しげんなりもするが、今までのものとは一味も二味も違うようだ。


「スケルトンの聖騎士……?」


「何その悪魔界の天使みたいな……」


 いや、鵺さんの言いたいことはわかるのだが。

 白銀の鎧を纏い、アーズィンで見たものと同じ形をしたハルバードを装備しており、虚な眼窩に光はない。しかし、大聖堂に近づくならず者を必ず止めるという強い意志を感じさせる。

 今回のならず者は俺たちだ。

 まだ感知範囲に入っていないのか、こちらへの反応はない。


「……たしかにここはアーズィンなのやもしれんな」


 唐突にアイダがそんな事言い出した。思わず鵺さんと目を合わせてしまう。


「それは、どういうことですか?」


「あの鎧は、かすかに竜の血の気配を漂わせておる。アーズィンのリスラ大聖堂を守る聖騎士はな、竜の血によって加護を受けた特別な鎧を着るのじゃ」


「竜の血の加護、か。それはアーズィンの聖騎士しか着ないのか?」


「そのはずじゃ。ワシが記憶を引き継げるのならば他にも何か知っておったかも知れんが……」


「竜巫女は転生的なことはできても記憶は継げないのか」


「うむ。受け継ぐのは魂に刻まれた我が名のみよ」


 名前と体だけをいきなり与えられて、お前は竜巫女だなどと言われるのは一体どういった気持ちなのだろうか。

 ゲームの、仮想の世界とはいえ、この世界に生まれ暮らしている彼女のあり方に、少し胸を打たれた。


「まあ、話は後じゃな。それにこの先に女神様がるはずじゃ。何か話も聞けるじゃろうて」


「そうだな。竜の血だろうがなんだろうがぶっ飛ばしてやる」


「そう、ですね。今は先へ進みましょう」


 頷き合い、一歩を踏み出す。

 そこがボーダーラインだったのだろう。金属同士の擦れ合う音を微かに立てながら、二体の骸骨聖騎士が動きを見せた。

 ハルバードをクロスさせ、入り口を塞ぐように構える。


「……ココヨリサキ、ナンピトタリトモ、ハイルベカラズ」


「……ワレラガヤイバ、フルワレルマエニ、タダチニタチサルガヨイ」


 地獄の使者の声、といった表現が最もしっくりくるだろうか。身震いをさせるような、悍しい響きの声が二体の骸骨聖騎士から発せられた。声帯も唇も舌もないのにどうやって声出してるんだろうな。

 しかし、俺たちは歩みを止めない。

 死してなおその地を守り抜くという固い意思を見せる騎士たちには悪いが、俺たちにもやるべき事がある。その姿に敬意を示し、全力で相手をするとしよう。呼吸を整え、『精神統一』を発動する。

 骸骨聖騎士動きはゆるゆかに見える。ハルバードを改めて構え、今度こそ臨戦態勢だ。

 背後からもプレッシャーのようなものも感じるので、またスケルトンが集まっているのだろう。観戦だろうか?

 骸骨聖騎士にはまだそれ以上の動きはない。


「そっちから来ないならこっちから行くぞ!」


 いまだ彼我の距離は武器のぶつかり合う距離ではないが、向こうが使うのはハルバードだ。リーチはこっちよりも長いため、距離をとって戦うのはこちらの不利になる。

 一気に距離を詰め、右手で剣を振るって斬撃強化スキル、『鎧切よろいぎり』を放つ。レベル30で覚えた相手の装備などに効果を発揮するスキルだ。効果は武器に耐久値を追加で削る能力を一時的に付与するというもの。

 刃を通さない鎧は、それでも表面にたしかな傷をつけた。


「まずはその御大層な鎧からもらうぜ」


 左方向から向かってきたハルバードを『ダッジステップ』の回避を利用してさらに踏み込む。スキルでの回避が追いつかず、僅かに被弾したが無視して空いた左手で『掌底:波動』を放つ。波動の反動を利用して今度は距離を取り、こちらを掴むために伸ばされた骨の腕を躱す。

 思っていたよりも動きも反応もいい。というよりもこちらの動きを見て行動をしていたようなところが見える。下手をするとすぐに対応されてしまいそうだ。

 それにダメージ量も馬鹿にできない。掠っただけでHPの一割も持っていかれた。これは直撃するとかなり危ないだろう。幸い、死なない被弾ならリジェネ効果と、苦肉の策で竜の涙があるにはあるが。


「厄介だな」


 再びお互いの間合いの外に出て聖騎士をじっくりと観察する。『掌底:波動』はそこまで大きな被害を与えた訳ではないが、少し手応えを感じた。波動の特性はダメージを与えるというよりも、といった風になっている。それが鎧越しにもダメージを与えたのだろう。つまりは鎧の中身はやはり物理の通るスケルトンなのは間違い無い。

 しかし問題はその鎧だ。『鎧切』は相手装備の耐久に追加ダメージを与えるが、こちらの武器も硬いものを切った分だけ余計に耐久を消費する。このままでは鎧を破壊する前に剣が駄目になるだろう。

 騒がしさ背中に感じながらそう考える。


「こちらは任せるのじゃ!」


 厄介といえばこちらも厄介だ。これがイベント戦闘故か、どうにも『祈祷』の効果が発揮されていないらしく、大挙して押し寄せるスケルトンをアイダが一人で相手取っていた。というよりこれはアイダをこちら側の戦闘に参加させないシナリオ的措置だろう。

 幸い一体一体の性能が低いおかげで余裕の対応にはなっているが、アイダの体力とて無限ではない。


「持久戦はさせないってか。まあ俺もそんなつもりは毛頭ないが」


 鵺さんの方に意識を向けると、彼女も激しい攻撃を行なっていた。高位司祭ハイプリーストの魔法を時折織り交ぜながら、武闘僧侶モンクのスキルを中心として戦っている。

 骸骨聖騎士の方も攻撃は受けているものの、スキルを時折使用して魔法を防ぎながら、彼女の格闘攻撃の間を縫って的確に仕掛けていた。鵺さんはそれを時にいなし、時に弾き被弾を最小限に抑えている。

 堅実なプレイだ。

 当初は俺の踏み込みに合わせて援護しようとしていたようだが、それを許す骸骨聖騎士ではなかったようでそのまま戦闘になったようだ。


「俺も頑張らないとな。なあ、一つ実験に付き合ってくれ」


 俺はインベントリからオーガの棍棒を取り出す。この武器は非常に扱いが難しい。

 打撃攻撃の威力は高いものの、オーガの巨体故の膂力で使えていたという設定なのか、全攻撃が最大まで振り抜きモーションを行なっててしまうという程に重いのだ。武器に振り回されているといってもいい。スタミナの消費も大きく火力と耐久値の高さしかない脳筋武器だ。

 装備条件のSTRは満たしているため振ることはできるが、それだけでは満足に扱えるような重さにはなってはいない。

 だが、


「歯ァ食いしばれよ!砕けない程度にはな!」


 条件のSTRは満たしているために移動に支障自体は何が、普段構えている剣との重量の違いで違和感を覚える。それを無視しながら骸骨聖騎士の鋭い突きを回避し、再びその懐へと踏み込んだ。

 再びスキル『鎧切』を発動する。この攻撃は斬撃への強化スキルであり、武器種が違うためリキャスト増のペナルティを受けるが……ビンゴだ!

 棍棒が叩きつけられた場所を僅かに凹ませながら、骸骨聖騎士がよろめく。


「ハッハァ!元々鎧の上からでも叩き潰す武器なんだ!ダメージは絶大だろ!」


派生スキル『鎧打よろいうち』を獲得しました。

冒険者メモに『スキル:特性派生』が追加されました。

冒険者メモに『スキル:武器適性』が追加されました。


 おっと、何か色々現れたようだが、今は詳しく見ている暇はない。

 とりあえず思わぬ副産物も得られたが、ペナルティ自体あるものの武器種が違おうとスキルの発動自体はできる事がわかった。


「骨折しても治療費は払わねえからな!」


 新たに覚えたスキルのリキャストと、スタミナの回復を狙いながら再び剣を取り出して戦う。こういった素早い武器の切り替えはゲームならではだ。

 こんな初期の剣に毛が生えた程度の武器でも使い道はあるかもしれない。耐久をケチり牽制をしながらながら、スキルリキャストとスタミナの調整を行う。こういう時に明確な数値としてスタミナ表示が欲しいが、そこはもう感覚だ。


「おかわり一発!」


 ハルバードを振り抜き、ガラ空きになった胴に『鎧打』を叩き込む。ガァンと鐘を打つような音が響き、先ほどよりも大きくダメージを与えたのかノックバックが発生した。

 大きく凹んだ鎧は、見るからに不格好ではあるが、それは骸骨聖騎士の戦意には影響しないらしい。ゆっくり立ち上がりこちらへと武器を向けている。

 ノックバック時に追撃でもできれば良かったが、生憎オーガの棍棒が駄々っ子なため難しい。

 というか、それにしてもタフだ。鎧もそうだが、本体性能もかなり高いだろう。唯一AGIだけが低いようなので、なんとか対応できてはいるが、これは本来俺のレベルで挑む相手ではない。


「常々思っておったが、おヌシら星人は物を知らぬわりには戦い方を心得ておるな」


 スケルトンを粉砕しながらアイダが感心したようにそう言った。

 飛びかかってきた骸骨聖騎士の攻撃をさばきながら、チラリと鵺さんの方を見る。

 彼女はスパートをかけているのか赤の混じった青白いオーラを纏い、拳の乱打を浴びせている。まるで反撃の隙を与えず、あまつさえ鎧の破壊までしていた。

 しかし、彼女は現実でそんなことはできまい。


「それはゲームだから、かな」


「む?」


 再びオーガの棍棒を構え、突撃する。

 e-スポーツと言われるものが流行り始めた時代。いや、そんなことよりもずっと以前からそういう奴らは居た。彼らは戦術や武器に精通しているわけではない。

 それこそ、しっかりと頭を使いここはこう動いてなんてタクティクスを考えてプレイするのは当然だ。だが、それ以上に、そこには必ずある。

 あるいは、センスというものか。

 日々の積み重ね、思考、そしてセンス。現実では自分が知らないことを、というセンス。強弱はあれど、ゲームをプレイする誰しもが持つもの。

 それはフルダイブになっても変わらない。現実の俺は知らなくとも、

 ああ、そうだ。

 ネバエンは何度だって実感させてくれる。この素晴らしい仮想世界はこれが非日常だと何度も教えてくれる。だからこそゲーマー俺たちはそんな憧れの世界に自ら飛び込むのだ。その終わりなき探究心が、冒険を世界に見出すのだ。

 そこに非日常のぞむものがあるから。


「俺たちがゲーマー俺たちである限り、不可能はないって事だよ」


 三度目は流石に警戒されているらしい。完全に守りの構えで、後の先を狙っているのか今までの接近を止めようとするような動きは見られない。ただしっかりとこちらを見据え、何が来てもいいというような構えだ。


「ならば実験その二だ」


 STRを利用して一際強く踏み込み一歩前にでる。オーガの棍棒を槍投げのように構え、骸骨聖騎士をしっかりと見据える。

 スキル『鎧打』を発動。


「手を離れても、スキルは乗ったままかな!っとぉ」


 答えは当たり前の結果なのだが、それでも検証は大事だ。次の攻撃に対しての強化なのだから、当然攻撃の意思を持って投擲されたオーガの棍棒は、骸骨聖騎士に叩きつけられ、その鎧に甚大なダメージを与えた。

 ボロボロと一部のパーツが外れ、もはやその耐久値が底をついたことを示している。


「微かな竜の血の気配って言ってたし、元々劣化もしてたんだろうな」


 鎧が剥がれ、顕となった貧相な身体の聖騎士は、それでも守るという意思を失ってはいなかった。


「加勢します」


 もう一体のHPを削り終えた鵺さんが並び立つ。

 なんとも頼もしい、これで二対一だ。

 聖騎士がハルバードを構える。


 そして、全てが決着した。



特殊称号『初志貫徹』を獲得しました。

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