第19話 それは可能性
イベントシナリオ『竜巫女の鬼ごっこ』を開始します。
そんな通知が視界の片隅に表示されているが、気にしている場合ではない。
「なんだあの巫女様!」
鬼ごっこというからには捕まえろという事なのだろうが。
「ちょこまかと!ぐぬぅ!」
なんか微妙に腹が立つ表情でこちらを振り返ったりしながら街の中を駆け抜けていく。
多くが彼女見るために大通りに出ていたために、ただでさえ人のいない裏通りには誰もいない。そん中を彼女はスルスルと駆け抜けていく。時に屋根の上を走り、水路を飛び越え、それでいて速度を落とさない。
どっちにしろこのまま追い続けると最後にはこちらのスタミナが尽きてしまいそうだ。
あの瞬間、咄嗟に俺に向かって舌を出した巫女様を追って駆け出した。身軽そうな巫女様に俺のAGIで追いつけるか不安だったが、そもそも差が詰まるも開くもどちらの様子もない。
こういうタイプだと考えられるのは、巫女様はどこかへ誘導しているというパターンか。生憎トゥーリの地理には詳しくないうえ、マップを確認している余裕もない。
「おっと失礼」
「あぶな、割り込み禁止だぞ!」
突然横の路地から人が飛び出してきた。装備は軽装、TanTakaTanTanなる名前が頭上にあるからプレイヤーだろう。恨みがましく視線を背中に向けてみるが、反応はない。
舌打ちをしながら巫女様に視線を戻すと二人になっていた。何故だ。
TanTakaTanTanの追っていた巫女様が俺の追っていた巫女様に合流したらしい。
並走する巫女様、少し空いてTanTakaTanTan、俺の順で裏路地を駆け抜ける。
「このまま追いかけてるプレイヤー全員合流でもすんのか⁉︎」
「それはそれで面白そうだね」
TanTakaTanTanが俺の独り言に笑いながら応えた。ヤツは軽口を叩くだけの余裕があるみたいだがこっちはいっぱいいっぱいだ。これがレベル差ってやつか。ただでさえこのゲームはレベル30あたりからどんどん上がりにくくなるらしいってのに泣けてくるね。
レベルを上げりゃいいってわけじゃないが、レベルというものがある時点でその差というのは大きな要素となる。
そんなことを考えていると、巫女様が分裂した。
「どうやら僕はここでお別れみたいだね」
もともと二人だったから分裂もクソもないが巫女様がそれぞれ別方向へと走っていく。その片方を追いかけるようにTanTakaTanTanの背中も遠ざかっていく。
プレイヤー全員合流の可能性はなくなったように思えるが、そうなるとますますわからない。
風に流れる白金の髪は月明かりに妖しく煌き、俺たちプレイヤーを地獄へ誘う悪魔のように見える。
そろそろスタミナの限界を感じるが、巫女様に止まる気配はない。かなり海に近づいているのかどこからか波の音が聞こえてくる。というか砂浜がもう見えている。
どこに行こうってんだよ。
「もしかして誰が本物でしょうかゲームなんて言うんじゃないだろうな⁉︎全員本物とかだったらもっと笑えないぞ!」
「おや、バレてしもうたか」
「オアァッ⁉︎」
不意に耳元で囁かれた驚きで砂に足を取られつつも、急ブレーキで立ち止まる。
周囲を見回すと背後に竜巫女アイダがいた。一体いつの間に……。
というか近い。だだっ広い砂浜で背中に張り付かれている。これがデスゲームならやられてたな危なかったぜ。
俺の心臓が高鳴っているのは走ったことと驚きが原因であり、こんな美少女がそばにいる事ではないはずだ。
俺の心臓の高鳴りを知ってか知らずか、巫女様はゆっくりと歩いて俺の正面へとやってきた。距離は離れてしまった。
少し残念とか別におもってないので。
「もう少し遊ぼうと思っていたがのぅ」
「へ、あんまり俺に強キャラムーブするんじゃねえぞ。惚れちまうぜ」
「クハハ、きょうきゃらむーぶとやらは知らんが、ワシの美しさに惚れないヤツはなかなか居らんよ」
チクショウ、一人称ワシの強キャラ美少女だと?かなりイイ線行ってんじゃねぇか。ありがちだがこれで語尾にじゃとか付いたら高得点だぞ。
くっ、俺は負けない!
「んで、俺が正解を引いたって事でいいのか?」
「誰が正解でも良かったのじゃが、おヌシが最初に気づいたからのぅ。ご褒美じゃ」
イベントシナリオ『竜巫女の鬼ごっこ』をクリアしました。
竜巫女が蠱惑的な笑みを浮かべる。
クッソカワイイな。
じゃなくて、かなりの大当たりを引いたらしい。誰でも良かったとか悲しいことを言っているが、多分誰でも正解を引く可能性があったという事だろう。
称号が三つと経験値、あと竜の涙なるアイテムが報酬のようだ。
ん?
「じゃあ逃げてるように見えた他の巫女様は一体……」
「アイダでよい。アレはワシの可能性の存在じゃ。どれもワシかもしれない存在じゃよ。全部本物で全部偽物じゃ。女神様の力の一端じゃよ」
「なんだそれ、チートじゃん」
可能性の存在とやらに攻撃したってそれが可能性ままならば、それ自体が起こらなかったとすることもできる。予知能力とかよりもよっぽどやばい。
「竜巫女とは本来、かつて女神様の力を授かった竜の魂、それの器の事を言うのじゃ。つまりこの身体こそが竜巫女であり、ワシの身体ではない。まあそもそも持ち主も存在しておらんのじゃがな」
ふーむ。どうやらかなり面白い能力と出自を持っているみたいだ。世界観的にも重要なNPCなのは確定だろう。
とりあえず今回のイベントシナリオ、『竜巫女の鬼ごっこ』はひとまず完結といったところだろうか。
御転婆な巫女様はその力をもって俺たちをからかい、捕まえられるか自分が満足するまで逃げ回る。最後まで付き合ったプレイヤーは報酬を貰える。そして捕まえるなり、俺みたいにタネを見抜くなりしたヤツには追加報酬。そういった感じだろう。
しかし、これでは状況は何も変わらないような気がするが。
こんな時に起きたイベントだから勘違いしていたのか?ただの単発イベントだったのか?それにしてはタイミングはあまりにも良いし規模も大きいが……。
「んで、追いかけっこの終わったアイダ様はどうされるおつもりで」
「なんじゃそのバカにしたような呼び方は。共においかけっこをした仲じゃろうに」
ぶーぶーと不貞腐れるようにアイダが唇を尖らせる。どうやら好感度を少しマイナスしてしまったらしい。
あー、くそ、俺には女性経験が乏しいという弱点があるんだよ!
「あー、アイダは、これからどうすんの」
「愛いのう愛いのう。ふむ、おヌシには……あーおヌシ、名前は」
ニヤニヤ俺をみるんじゃないよ!ガチ恋勢なんて言葉が生まれるのもわかるが、俺は現実とゲームの区別はつける男なんだ。
それはそれとしてカワイイ子の前ではカッコをつけたいお年頃。
「アリーだ。記憶に刻め、俺の名を」
「フフフ、面白いヤツじゃの。アリーにはちと付き合ってもらいたくての。ちいとばかし女神様とワシらとおヌシらの未来の話でもしにいかんか?場所は誰も知らぬ場所なのじゃが」
おおっと俺の恥ずかしさを吹き飛ばす特大の爆弾が埋まってやがったぜ。
女神様か。こんどこそ予想通り、今の状況に関係のあるイベントだろう。
「冒険者とは未知を切り拓くものだろ?俺たちの得意分野だ」
「フフフ、おヌシならそう言うと思っとったよ」
アイダが空に掌を向ける。
なんだと釣られて空を見ると、月を背景に竜がこちらへと飛んできていた。
「なっ⁉︎」
「そう身構えんでよい。ワシを運ぶために来たのじゃ」
驚きに固まる俺を無視して、竜はアイダのすぐそばに静かに着地すると、頭をアイダの方へと向けた。アイダは仔犬を可愛がるように竜の頭をそっと撫でる。
ワイバーンなんかとは比べ物にならないサイズだ。頭から尾までは軽く10mは超えているだろうが、目測で5m以上は測れないので詳しいところはわからない。
四足歩行の竜のようで、強靭な前後脚は丸太のように太い。その爪で引っかかれたら人間なんか簡単に引き裂かれるだろう。凛々しい顔立ちに立派な角、鬣は生えていない。
俺が呆けて竜を見ている間に、アイダはその背中へと移っていた。
「ほれ、アリー、おヌシも乗るがよい」
「あ、ああ」
促されるままに竜の腕を伝って背中へとまたがる。
ざざんと波の音が聞こえる。
竜の背は高く、潮風を強く感じる。硬い鱗は冷たく、手触りはつるりとしていた。
「何をしておるワシに掴まらんか。振り落とされるぞ」
……これは掴まるところがないのでやるのであって何もやましいところはないのである。避けられえぬイベントシーンだ。世のガチ恋勢たちよ、俺を許せ。
竜の体に力みを感じる。いよいよ飛び上がるようだ。楽しい空の旅の始まりだ。
「ん?あれ、ちょっと待てさっき……」
「では行くぞ!」
「うわっ」
もしかして、俺一人でやるのか……?
称号『追跡者』を獲得しました。
称号『竜巫女の遊び相手』を獲得しました。
称号『可能性を掴む者』を獲得しました。
特殊称号『ドラゴンライダー』を獲得しました。
特殊シナリオ『闇に手を伸ばして』を開始します。
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