第17話 巫女様の盛大な里帰り
そもそも根本的な間違いが、金をケチってポーションを買わなかったことだ。星喰いと化したワイバーンとの戦闘中に最後の一個を飲んでしまったために、自動回復に頼らざるを得なくなったHPの回復はそれはもう遅いもので。
結論からいえば死にはしなかったが二度と金はケチらないぞと俺の決意を新たにしてくれた。
『精神統一』で騙し騙しなんとか生き抜き、やっとこさ港湾都市トゥーリに到着した。防具の耐久もダメになり、それはもう見るも無惨な姿になっていた俺は、門衛にもたいそう心配そうな顔をされたが、街にさえついてしまえばこっちのものだ。
あ?ボス戦?聞きたいか?聞きたいなら教えてやるよ。ヤツは天翔る翼を持った火を吐くトカゲで……いや、要するにワイバーンだった。星喰い化してなかったぶん弱かったよ。結局時間はかかったけどな!
「だがそれでも俺は辿り着いた!今すぐにでも寝たい……」
しかしその前に、やる事は済ませておかなければならない。こういう事は忘れないうちに、そして今面倒でも明日ログインした時に気持ちよく始められるように、装備などを整えて準備をしておかなければ。
それに今日は金曜日なのでちょっと夜更かししても問題はない。
「とりあえずランドマークは更新しとくか」
という事で教会に向かう。この街はドゥーバほどではないが規模が大きい。しかし、マップを見るに教会とギルドは門からそれほど離れていないようだ。
潮風をかすかに感じながら歩みを進める。港湾都市という名だけあって、海の存在をしっかりと感じることができた。
「相変わらず教会には入れないんだな」
何人かのプレイヤーが教会の前をウロウロしているが、その入り口は教会所属であろう騎士が固く閉ざしている。ワイバーンに手こずっている間にもなにも進展はなかったようだ。
その物々しさにNPCすら近寄っていない。
「というよりNPCも入れないのか?」
こうなるとますます
このゲームが全プレイヤーを地獄に叩き落とすような事をするとは思えないので、この状態をひっくり返すために大きなイベントが起きる可能性も考えておいた方がいいだろう。まあ、そういうギスギスでもなんでもござれとかむしろ来いってやつもいそうだが。
ともかくリスポーン地点の更新はできたのでそのままの足でギルドへ向かう。討伐報酬を貰わなければまず装備の買い直しさえできない。
星喰い討伐について何か嫌な顔でもされるかと思ったが、特にそういうこともなくドゥーバでの報酬よりもはるかに多い
思わず口角が上がりそうになる。
そうしてちょっとした大金を持ってギルドを出たら、何故か道を埋め尽くす人垣ができていた。
「何故だ」
たしかにトゥーリの街に着いた時から人が多いなとは思っていたが、特には気にしていなかった。港湾都市というぐらいだし船での往来があるのだろうと思っていたのだが。
「ちょっと多すぎるな」
ザワザワとどこか興奮した人々が道に連なり、何かを待つかのようにソワソワしている。人垣の中にはちらほらプレイヤーの姿も見える。
なんだろうこの感じ、なんか既視感があるというか……。
「ああ、わかった、有名人の出待ちだ」
口々に何かを言い合っている人々の言葉をよく聞いてみると、リュウミコとかミヤコガエリだとかいう言葉が聞こえてくる。何やら、一年に一度の行事らしく、リュウミコなる人物がミヤコガエリなるものを行うらしい。
竜巫女?だろうか。
こういう時は誰かに訊く方が早い。
「ちょっとそこの」
「おうなんだ、星人のニイちゃん」
「これ、なんの騒ぎ?」
「なんだ知らないのか?竜の里に仕えている竜巫女様が一年に一度、故郷の街に帰ってくるんだよ!それを『竜巫女の都帰り』って言ってな、今代はトゥーリ出身のそれはもう美しい娘で、みんなそれを一目見ようと集まっているのさ」
その辺にいたNPCに適当に声をかけると、興奮した様子で教えてくれた。
異世界でもミーハーな人はいるし男は美人とか可愛い子に弱いらしい。人垣には女性の姿も多く見えるので女性人気もあるようだ。
「都市長館前の広場にゃぁ、別の街からやってきた都市長とかもいるって話だぜ」
なんか新しく都市長とかいう単語まで飛び出してきたが、あいにく俺は竜巫女関連の話で頭がいっぱいだ。次の機会によろしく頼む。
機嫌の良いおっさんNPCに礼を言って離れながら、『竜巫女の都帰り』について考える。
竜巫女なる他にはいなさそうな位を与えられている時点で、世界観的に重要NPCの可能性が高い。それがこのタイミングで街に現れるとは。
「何か意味があるって考えたほうが良いよなぁ絶対」
たぶん普段から考察に明け暮れている奴らも、このイベントの重なりに何かを見出そうと必死のはずだ。人垣に紛れてちらほら見かけるプレイヤー達の多くが何かが起こる事を期待をしているのか、どこか忙しなく見える。俺ですらこうして何かが起きるのではないかと考えている。
ギルドに戻って掲示板にアクセスをしながら窓の外へと目を向ける。竜巫女は未だ現れないようで、人垣は未だ崩れる様子はない。
「これといった有益な情報はないが……」
竜巫女の名前がアイダだったり、実はおてんば娘だったり、竜の里は竜騎士になるための試練の場所だったり。竜騎士ってかっこいいな……。
「竜巫女が予知のような能力があるって事くらいか……ん?」
竜巫女の予知能力とやらも気になるが、もっと気になる情報が見えた。
どうやら『星のかけら』イベントは、一周年記念イベントでありながら一周年のその日から始まったわけではないらしい。
ふーん、なるほどね。
イベント開始当時は、詳しい説明もなく2週間近くもズレたという事実が様々な憶測を生んでいたようだが……これは臭うな。それはもうぷんぷんしすぎて誰もがこの結論に至っている。
このバッティングは意図的だ。
他にイベント以外の情報も仕入れながら、書き込みから予測するとそろそろギルド前に来るだろうという事で外に出る。
何をトリガーにイベントに参加できるのかはわからないが、わざわざトゥーリで行うのならばトゥーリに到達できるレベルでも十分楽しむことができるかもしれない。竜巫女を一目見るだけで参加になるかもしれないのだし、見に行くのは間違いではないだろう。
ただ単に見てみたいだけではないのだ。
「おーおー来たか、騒がしいねぇ」
何やら音楽と共に近づいてくる一団があるようだ。竜巫女様の一団は先頭を楽団が務めているようで、遠方から楽器の音共に歓声が聞こえてくる。
雄大さと壮大さの中に巧妙に隠された荒々しさが、どこか竜を彷彿とさせる。
……いや、適当を言いました、音楽は全くわかりません。これが竜の里の伝統的な音楽なんだろうか。
かなり大々的な凱旋パレードになっている。
「竜の里の扱いもおおよそわかるってもんだな」
竜巫女が帰ってくるというだけでこれなのだ。竜の里にいるという竜がきたら一体どんな催しがあるというのか。
「はい、ごめんよー、失礼しますねー」
人垣をかき分けて先へと進む。こういう時にガタイがいいのは有利に働くなとほくそ笑みながら、気づけば先頭まで出ていた。ご丁寧に巫女様ご一行が通ることができるだけの道が開けられている。
ちょうど今、見えるところへやってきたようだ。
大歓声が波のように近づいてくる。
「巫女様ー!」「こっち向いてー!」「なんとお美しい!」「好きだー!」
よくわからないものも混じった人の声の爆発で耳が破壊されそうになりながら、一行に目を向ける。
豪華に装飾された馬車のようなものを中心に、それを囲うように武装した竜人と人の兵士が、そしてさらにその外側に演奏者達がいるようだ。
馬車のようなものといったが、正確には馬車ではない。馬が引いているものを馬車というが、引いているのはトカゲのような生き物だ。たぶん、世界観的に予測を立てるなら、竜車といったところだろうか。
煌びやかに装飾されている車台に屋根はなく、乗っているものの姿がよく見える。
「これはこれは……」
竜巫女アイダをモデリングした者は今何を思っているのかは知らないが、おそらくモデリング中は世界一の女性だと思いながらモデリングしたのであろう。
絹を思わせるような白い肌だが、健康的な赤みがあり病的な気配はない。美しく流れるような白金の髪は神々しささえ感じさせ、微笑みの中に薄く開いた
明るい色彩のその中に、どこか消えてしまいそうな儚さを宿す美少女が竜車の上でにこやかに手を振っていた。
「これはNPCの熱狂もわかるな……」
「これが現実にいたならば戦争さえ起きるのではないのか?傾城という言葉は彼女のためにあるのではないのか?」とさえ思わせる。
掲示板でも過去の『都帰り』を振り返って熱く語っていたヤツがいたが、その気持ちもわからないではないな。
そう思って苦笑しながら彼女からは目を逸らした。どこにイベントのフラグがあるかわからないのだ。いつまでもゲーム内の美少女キャラクターに心を奪われてばかりではいられない。
目を逸らした先で別のプレイヤーと思い切り目が合ってしまったが、お互いに微妙な表情を浮かべて視線をさらに別の方向へと向ける。
人垣の中に怪しい人影はいない。たぶん。
そもそもそんなもの俺には判断できないし、素人にもわかるようなのがいるのならば、巫女様の護衛がもう飛びかかっているだろう。
「ここでは何もないのかねえ……ん?」
そう呟きながら、もう一度人垣の方に視線をやろうとしてふと視界の端をよぎった景色に違和感を覚えた。ちょうど自分の目の前を巫女様一行が通り過ぎようとしたところだった。
いま、巫女様が二人いなかったか?
思わず竜巫女の方を見ようとしたが、観衆の熱狂に押されて姿勢を崩した。
その時だった。
「うおっ⁉︎」
巫女様一行の中心、竜車の車台が眩い光放ったのだ。
観衆は悲鳴や驚きの声を上げながら、目を焼くような閃光に顔を背けているようだが、何故だか俺は顔を背けるほどの眩しさを感じない。
不思議に思いながら光を放つ方へと目を向けると、竜車の上に立つ無数の竜巫女がいた。
「なっ⁉︎」
俺の視線に気づいた竜巫女の一人がペロリと可愛く舌を出し、それと同時に他の無数の竜巫女と共に街の方へと飛び出していった。
どうやら、待ちわびたイベントの始まりのようだ。
称号『悪戯の共犯者』を獲得しました。
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