第13話 怪しい勧誘(宗教ではない)

 西門を抜けた先に広がっていたのは、今までとは全く違う景色だった。


「いや、変わりすぎだろ」


 思わず立ち止まって周囲を見回してしまう。

 西門から数メートルは街道脇に緑が広がっているが、ある地点を境に草木の生えない不毛の荒地が広がっているのだ。明らかに不自然な植生の変化に、ここは現実ではないのだと実感させられる。


界境かいきょうを見るのは初めてカナ?ルーキー」


「いや誰だよ」


 いや誰だよ。

 いきなり後ろから声かけられビックリしたわ。

 頭の上にはプレイヤーネームであろう、ルーキピーキーと表示されている。短髪の黒髪に、柔和な印象の垂れ目。俺のアバターと同じくらいの身長に童顔といった絶妙にアンバランスなアバターだが、どう見ても金がかかっているであろう装備に身を包んでいるので、おそらくは高レベルのプレイヤーだ。

 そんな高レベルプレイヤーがなぜこんな第二の街のすぐそばいるのだろうか。


「おっと失礼、オレはルーキピーキー。見ての通り健全なプレイヤーなのサ」


「健全なプレイヤーは第二の街で初心者おどかしたりしないと思うんスけど……」


 確かに名前は赤字じゃないので罪業値の高いプレイヤーではないのだろう。だが、そもそもそれとプレイヤー自身の性質はイコールではない。PKerプレイヤーキラーにも矜持を持ってそのあり方を貫き通す者もいるし、そのプレイヤーたちが全員悪質なわけではない。悪質なプレイヤーが必ずしも悪行を行っているわけではないのだ。

 加えて、調べた限りではPKerもいろいろなデメリットはあるものの、この世界では一つのロールとして成り立っているところもある。


「アラ正論。だが、オレには悪意はないのだヨ!あ、ワタクシこういうものデス」


 ご丁寧にメッセージ付きフレンド申請が送られてきた。

 メッセージには「初心者補助クラン『ルーキーヘルパー』クランマスター」などと書かれている。実際に何をしているのかは知らないが、一応初心者を助ける事を目的にしているようだ。とりあえず承認しておく。

 そんな事を言っておきながら初心者を食い物にしたりするクランもあるので、警戒は怠らない。


「んで、初心者応援マスターさんが何のご用ですか」


「いやー、いま神聖系統のジョブが欲しい初心者ならここ通るデショー?手助けできると思うのダナ。こう見えてもオレ、神聖騎士なので!だからまあ、そういうミナサマ方に我々を知っていただこうと、ネ?」


「ようするに初心者出待ちしてんのかよタチわりぃ……」


「出待ちだなんて失礼だナ、アリー君。オレとしてはこの世界で折れて欲しくないからその手助けの一環ダヨ」


 どうやらこの男、聖騎士系統の最上位職についているようだ。こう見えてもの言葉通り、鎧は神聖とは程遠い黒さで装備している剣も禍々しいが、高レベルプレイヤーの装備に意味は無いものは基本的に存在しないので、何らかの意味があるのだろう。

 俺のような反応にも慣れているのか、ニコニコと笑顔を崩さないルーキピーキーは気を取り直して、と荒地に目を向けた。


「話を戻すけれど界境、知ってるカナ?」


「いや、そういう言葉は目にはしたけど内容は」


「じゃあ教えてあげよう!界境とは世界の境目、すなわち世界同士の繋ぎ目のことサ!」


 腹痛はお腹が痛いって事だよと教えてもらった気分だ。微妙な顔をした俺に気づいたのかクスクスとルーキピーキーが笑う。


「まだ終わってないヨ。この世界が複合世界なんて言われてる事は知ってるヨネ」


「まあ、はい。なんかいくつかの世界が交わって……あ」


「そういう事ダヨ。そういう世界同士の境目、一歩踏み出せば異界、そんなところを指して界境というのサ。だからこういう風な場所を見つけたら、踏み込む前に気をつけようネ。さっきまで使っていた装備がいきなり役に立たない、なんて事もあるヨ」


 よく見ると、荒地との境界から街道が新しくなっているのがわかる。世界の歪みで街と街の間がゴッソリと別世界へと変化したようだ。

 確かにこういう要素を知らなければ、ゲームのフィールド変化だと深い事は考えずに足を踏み入れるかもしれない。

 だが、この世界ではそれこそが大きな意味を持つ。文字通り、別の世界へと足を踏み入れるのだ。十分で万全な態勢で挑まなければ、手痛い被害を受けるかもしれない。しかし、そこから環境の変化がある事がわかっていれば、他の世界の環境などと照らし合わせて予測なども立てる事ができる。

 一度何も考えずに踏み込んだ事で受けた被害をもとに場当たり的な対策を立てる事と、それがあると分かった上で事前に調査して対策を立てる事では全く結果が変わってくる。

 これは非常に大事な要素であり、だからこそ第二の街を超えたところに設置されているのだろう。しかし、それについての説明はない。自分でなんらかの方法で調べて知らなければならない事だ。

 世界の変化で抜け落ちた部位はどこにいったのだろうか。


「なんか、割と大事な情報ですね」


「デショー?上位プレイヤーでもこれをあんまり考えなくて突っ込むヤツとかいるんだよネ。ほんと困っちゃうヨ」


 という事はここより先には何かあるというわけで。


「時にアリー君、キミは暑さ対策してるカナ?暑さを抑えるお守りとかアイテムはドゥーバで買えるヨ」


 少し茶目っ気のある笑顔でルーキーピーキーが首を傾げた。妙にあざといが、すでに第一印象ほどの怪しさはなくなっているのでそこに不自然さは感じない。おそらくはこういう人間なのだろう。

 この先の不毛の大地は暑さ対策が必要らしい。


「いえ、先達の助言助かります」


 俺は基本的にゲームプレイヤーに上下はないと思ってはいるが、それはそれとしてルーキピーキーにはちゃんとした態度で応える。第一印象は悪かったので、皮肉や煽りを混ぜた対応をしていたが、おそらく本当に初心者補助を目的に活動しているプレイヤーなのだろう。

 説明からは悪意は感じられないし、むしろ100%の善意が見えた。


「アラ、殊勝な態度。ルーキーはもっと世界に対して不遜でいいのヨ。いろんな困難を乗り越えてこその冒険デショ?」


 ルーキピーキーはケラケラと笑いながらそう言った。


「それで、アリー君は聖騎士目指してるんでショ?ウチのクランどうカナ?今ならオレがいろいろ教えちゃうヨ」


 暑さ対策のアイテム購入のために一旦街に戻ろうと考えていた俺にルーキピーキーがそう声をかける。

 先輩プレイヤーの手助けは非常にありがたい。だが、俺はそれを断った。


「そういうのもいいですけど、俺は自分でいろいろやりたいですね。それこそ俺の冒険でしょう」


「アラ、かっこいい返事」


 少しかっこつけすぎたかなと思いながらも、これでいいと思う。

 俺は自分自身の冒険に憧れてこのゲームを始めたのだ。そこは曲げる気はないし、自分の足でこの世界を歩いて行きたいのだ。


「まあ、クランの方は少し考えてみてネ。悪い話じゃないと思うシ」


「そっちも今は特にはって感じですけど、頭の片隅には置いておきます」


「ウン、それでいいヨ!」


 クランも特に何かを考えているわけではない。どこか大手に入りたいとかもあまり考えてはいないし、かと言って自分たちで作るかも未定だ。というか『ルーキーヘルパー』以外にどんなクランがあるのかもまだ知らないし、『ルーキーヘルパー』自体の詳細な活動もわかっていない。

 そもそもクランというのはメリットはあるものの、大きくなると管理も面倒なので、おそらくは何処かに入る事にはなるだろう。しかしものによってはノルマとかも面倒くさいものである。

 おそらく目的や活動内容的にも、ルーキピーキーのクランはそういったものはあまりなかったり、非常に簡単なものになってたりなのだろうが、今はともかく自分の事が先だ。


「それじゃ、次に会う時はいい返事期待してるネ」


「はい、こちらもいろいろありがとうございました」


「フフ、礼は要らないヨ」


 そういうとルーキピーキーは新たに門から出てきた初心者らしきプレイヤーに声をかけに行った。声をかけられたプレイヤーは少女アバターでオロオロしているので、その姿はどう擁護しても声かけ事案のそれなのだがそこからは目を逸らし俺は門へと戻る。

 すぐに戻ってきたためか門衛に不思議な顔をされたが、それは無視して俺は道具屋へと向かうのだった。

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