第9話 見守る者

 彼女がそれを見る事ができたのはただの偶然でしかなかった。しかし、それが彼女にとって、とても幸運なことであったのは間違いない。




 隠しジョブ、巡礼者ピルグリム。取得条件は僧侶系統ジョブをメインにした状態で、リスポーン地点の更新を行う事なく25の星の石に出会い、その状態で『星屑の霊園』にいる星の賢者と呼ばれるNPCに接触する事だ。

 死亡後のリスポーンによってもリスポーン地点は上書きという形で更新されるうえ、13の都市にある星の石以外に各地に散らばる星の石を自力で見つけ出さなければならないという非常に手間のかかるジョブである。

 しかし、その恩恵は非常に大きい。一つは巡礼した事のある星の石を任意でリスポーン地点として選択できる事。この権能は死を伴うとはいえ、実質的なファストトラベルとも言えてしまう。

 もう一つはができる事。自身のルーツを知り、それによって新たな力を得る事ができるのである。

 隠しジョブは基本的にギルドに縛られる事のない職業であり、ギルドから除名されても消失しないという隠れた利点も存在する。


「久しぶりにアーズィンに来たけど……、思ったよりイベントで来てるプレイヤー多いなぁ……」


 彼女、プレイヤーネームぬえは周囲を見回しながらそう呟いた。ローブのフードを目深にかぶり、その相貌はよくわからない。体のシルエットも緩やかなローブで隠されていた。

 3日前より始まった一周年記念イベント、『星のかけら』によってプレイヤーは現在、さまざまな街を巡っている。この最初の街アーズィンもその一つであり、多くのプレイヤーが訪れていた。

 彼女はプレイヤーとNPCの間を抜け、教会へと向かう。


「手に入るのが聖晶だから仕方ないけど……うぅ」


 聖晶は蘇生アイテムの一つであり、自身にも使用でき、聖晶自体のランクによって左右されるがHPを半分以上回復した状態で蘇生できるほかにはないアイテムだ。

 『星のかけら』イベントでは、初心者エリアを除く各地に出現する特別エネミー、「星喰い」を討伐する事で得られるドロップアイテム、星のかけらを星の石に祈りとともに捧げることによってアイテムに変換できるというものである。各星の石ごとに設定されたアイテムが異なり、プレイヤーは各地を飛び回ることになっている。

 ちなみに聖晶はイベントで入手できるものは最低ランクであり、より効果の高いものは難度は高いものの誰にでも入手できる。むしろ星のかけらを交換する労力に見合っていないとされ、最初こそプレイヤーが殺到したものの1日も経てば誰もが別の街へと散っていった。

 それでもやはり、教会に入ると何人かは熱心に祈りを捧げているのが見えた。


「本当はこんな事してる場合じゃないんだけどなぁ……私もなんだけど」


 巡礼者となった事で得た情報から推測するに、このイベントの真の目的はであると思うのだが、それを上手く他プレイヤーに説明できる自信が彼女にはない。何故それを知っているのかの説明には、巡礼者の権能を明かす必要があるだろうし、そうするとこのジョブが彼女のものだけではなくなってしまうだろう。

 ナンバーワンに魅力はあまり感じない彼女だが、オンリーワンであることは大きな魅力がある。簡単には手放せない。

 そのうち誰かがどこからか何かの情報を得るかも、と楽観視をして彼女は祈るプレイヤー達から目を逸らした。

 それにそこまで大きな影響も出ないだろうとも思っていた。


「よし」


 鵺は意を決して星の石へと近づく。

 そしてそっと手を触れた。

 彼女の体が淡く輝き始めて……。





「ハッ……ハッ……」


 鵺は息を切らしながら街道を走っていた。

 ネバーエンディングワールド内ではスタミナはマスクデータ化されている。現実と同じようにランニングなどの行為で上昇させる事ができ、現実と同じように活動に影響を与えるステータスだ。

 これまでに鍛え上げたスタミナが、教会からここまで彼女が走り続けることを可能としていた。


「それだけじゃない……?星獣人せいじゅうじんはスタミナ量が多いのかな」


 そう呟く彼女の頭には、狐のような獣の耳がひょこりと揺れている。ピクピクと周囲の音を拾い、追手のプレイヤーがいないであろうことを悟る。

 走るペースを徐々に落とし、そして彼女はふぅふぅと呼吸を整えるように歩き始めた。

 走っている間にフードが脱げてしまったのか、彼女の顔が露わになっていた。

 月明かりに照らされた黒銀の髪は艶やかであり、ローブないに流された髪の長さはわからないものの、肩口よりも長いことは確かだ。金色の瞳には吸い込まれるような美しさがあり、整った顔立ちはかなりこだわってキャラメイキングが行われた事がわかる。

 ローブのシルエットは尻あたりが不自然に膨らんでおり、その下に柔らかい何かがある事を予想させる。

 それはアーズィンに到着した時点では存在しなかったものだ。


「うぅ……音の感じがまだ慣れないしお尻も変」


 人間のものとは違う体に戸惑いつつも彼女はドゥーバを目指す。あの街でならば獣人化プレイヤーもいるために紛れることも可能だ。

 星のかけらを捧げるために祈っている間は気をそらすと、最初から祈り直しになるため誰にも見られないだろうと甘い認識だった。

 気づいたプレイヤーは一人だけだったが、逃げているうちに面白がってか一人また一人と追手が増え、最後はかなりの人数に追いかけられていた。

 しかし巡礼者の能力で判明した機能を使うには、アーズィンにある星の石でなければならなかったので仕方がない。


「晒されちゃうかも……はぁ」


 不安になったが、今までもちょっとした有名人ではあったので彼女は諦めた。

 ため息をつきながらも歩みを止めなかった彼女はボスエリアにたどり着く。一度倒した事があろうと次の街に行くためには必ずボスと相対しなければならない。

 どうやら先客がいるようで、鋭敏になった彼女の耳が戦闘音を捉える。


「お姉さんもボスに挑むの?次は僕らだから」


 おそらく戦闘終了待ちであろう、まだ変声期を迎えていなさそうな声の少年アバターが鵺にそう言った。

 見たところ彼は前衛であり、彼のパーティメンバーであろうもの達の姿も見受けられる。前衛3、後衛2でありオーガに挑むなら申し分ないパーティだ。

 サービス開始最初期に、同じ場所でどのパーティが先に行くかの争いを経験した身としては、不用意に争うつもりはない。


「ごめんね、後ろで待ってるね」


 苦笑しながら一歩下がり、新しく始めたルーキーかな?と思いながら鵺は彼らから目線をはずして何気なくボス戦へと目を向け、そして息を呑んだ。


「アリーとヤマダDEEP……どうして……」


 それは彼女にとってとても意味のある名前だ。

 それは彼女にとって今を作った名前だ。


 アリーと表示されたプレイヤーの動きは堅実だ。

 オーガの一撃を時には受け止め時には受け流し、そして隙を作らせては後衛であるヤマダDEEPに魔法を打たせ自分も攻撃を加えている。オーガの動きが単純とはいえその的確な行動は、とても手慣れたものだ。

 ヤマダDEEPの動きは目立ってはいないものの、範囲攻撃が多い初期の魔法スキルを的確に使い、アリーへのFFフレンドリーファイアを起こしている様子はない。

 このオーガ戦において、事前に話し合っていないパーティは範囲攻撃である魔法でおきたFFで揉める事が多いようだが、彼らはそれとは無縁そうだ。

 着実に、そして優勢のままオーガのHPを削っていた。


 しかし、オーガの咆哮で状況は一変する。

 四人以下では固定値、五人以上から人数に合わせて変化するHPが20%を下回る事で発動するオーガ固有スキル、『長の咆哮』。これによりオーガのSTRが上昇、さらにこのボス戦においては固定ではあるが、近辺にいるゴブリン系エネミーを呼び寄せる効果がある。

 しかし、それが今回においては特に曲者だ。呼び寄せるのはゴブリンメイジ固定であり、そのゴブリンメイジはオーガに物理防御アップのバフをかけるのである。その上自身も遠距離攻撃を行なってくる。

 そもそもこのオーガ、推奨レベル12という事自体が罠だ。

 魔法職が最初に覚えるバフスキル、『物理・魔法防御アップ:低』がレベル12を条件に習得するからだと考察されているが、確証はない。

 たしかにこのバフを使う事で適切にステ振りした魔法職ならメイジの魔法は充分無視できるものになり、近接職もオーガの猛攻に耐えられるようになる。

 だが、つまりはレベル12のステータスでは不足しているという事なのだ。実際の推奨レベルは15以上だと言われている。


「それを二人で……」


 ゴブリンメイジが出現してすぐは乱れたものの、態勢を立て直し、ヤマダDEEPがオーガを回り込んでゴブリンメイジを各個撃破に回っている。アリーはその間オーガと攻防を繰り広げ、ヤマダDEEPの方へと向かわせない。

 見事な連携だった。

 アリーのなんらかのカウンタースキルが炸裂し、大きな隙を晒したところへ剣撃スキルを叩き込み、それがオーガのHPを全損させたようだ。

 カウンタースキルで1秒程度の、最大限の硬直効果を得るには非常にシビアなタイミングでスキルを発動しなければならない。さらにスキルで補正されるとはいえ、武器を相手の攻撃に当てる角度も重要だ。多少でもタイミングや角度がズレると効果は低減してしまう。

 アリーはそれを完璧にやり遂げた。多少の運は絡んではいるだろうが、それでも称賛に値するものである。

 二人は相変わらずのようだ。


「やっぱりすごい……」


 鵺の視線の先で二人の男……、いや片方は女アバターであるので男女が喜び笑い合っていた。

 侵入制限が解除され思わず駆け寄りそうになったが、先の少年達が視界に入りグッと堪える。

 同じゲームをやっているのだ。いずれまたどこかで会えるだろう。


「だから、その日まで、また」


 鵺は小さくそう呟き、ドゥーバへと向かう二人の背を見送った。

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