第7話 窮鼠猫を噛む

 端的に言えば舐めていた。窮鼠猫を噛むなんて言うが噛まれる前に叩き潰せばいいんだよ、なんて思っていた。まあ、そういう意識を良い意味で変えてくれたのだから感謝するとしよう。




 しばらく狩りを続けてレベルは16になったが、体感的にレベルが上がりづらくなって来ていたので、狩りは切り上げてボス討伐に方針を切り替えた。

 レベル差で経験値補正が入るのか、安全マージンをそこまで取らせずにそこそこに苦戦をして欲しいのか。おそらくその両方の要素があるのだろうが……


「まあ、それって、アクションにあんまり慣れてなかったり、このゲームがフルダイブ初だったりみたいな初心者には効果あるだけで、正直難易度ヌルヌルだよなぁ」


「まあ熟練者というか、慣れてるのはさっさと先のエリアに行っちゃうんじゃないかな。先のエリアはレベルキャップまで行ってるプレイヤーでもキツいってのがいっぱいあるみたいだし」


 それは実に楽しそうだが、別に俺はエンドコンテンツを極めるとかのタイプでもない。とりあえず楽しそうなことには首突っ込んで、駄目そうなら撤退する。そういうスタイルだ。ほどほどに楽しむとしよう。


「ていうかレベル上がったからか、露骨に戦闘回数が減ったな」


 どうやらエネミーはレベル差を理解しているのかあまり寄り付かなくなった。殺意や視線を感じられるゲームだし、レベル差が威圧のような形で周囲に影響を与えているんだろう。

 死にかけのゴブリンが仲間を呼ぶ的な鳴き声をしたのに何もやってこず、あたふたしている様はなかなかに面白かったが、待っていても経験値が増えるわけでもないので早々に退場してもらった。

 寄ってくるのはいわゆるレアエネミー的設定をされている、多少強化された同種個体のみだ。初心者エリアのレアエネミーは全て通常エネミーの強化個体であり、多少経験値が美味しい以外の利点はない。そしてレアエネミー扱いなので頻繁に現れるわけでもない。

 ここにいる利点が何もないので街道にもどり、さっさとドゥーバを目指す。


「そういえばスキルなんか覚えた?俺はとりあえずレベルアップで魔法何個か覚えたけど。あとなんか杖で殴ってたせいか打撃スキルも出た」


「俺は攻撃スキルだと剣撃系三つとカウンタースキル一つかな。てか魔法もスキル扱いなんだな」


 ネバエンでスキルを覚える方法は三つあるらしい。

 まず一つはレベルアップ。これは職業別に最初から決められているスキルがありレベルアップすることで習得する。騎士系統は武器攻撃に関するスキルを、魔術師系統は魔法をスキルとして覚えていくようだ。

 二つ目は行動。スキルに適した動きや反応をする事で、それらに類似した効果を発揮するスキルを覚える。これはレベルアップに関係なく、繰り返す事でいつの間にかスキルを習得するようだ。

 そして三つ目はアイテムによる習得。特定のアイテムを使用すると自動的にスキルを習得できるらしい。ただしこの方法によるスキル習得は数に限りがあるようだ。

 三つ目に関してはヤマダ情報だが、一つ目と二つ目は体験しているので確かだ。

 スキル発動は強制行動型ではなく思考誘導型と行動誘発型の複合になっているので、職業で覚えた動き方のわからないスキルも、行動で覚えたより最適化された動きのスキルも違和感なく発動することができる。

 まあ強制行動型の方はあっちはあっちで本来いけない場所に行ったりとか悪さにも使いやすいんだが。


 そんな話をしているうちにボスエリアに到着したようだ。

 森の中を抜けるように作られた道を塞ぐように3メートルくらいはありそうな緑色の巨体が立っている。そして短剣を構えた貧相な格好の少年が対峙していた。見た目は少年だが中身はどうだろう。

 すでに先客がいるためか、不思議な力に押し返されて侵入することができない。パーティ単位でボス戦をするようにされているのだろう。

 これは混雑エリアだと揉めそうだな。

 主に順番で。


「なあ、俺の見間違いじゃなければ、アレ出自スラムの初期装備にしか見えないんだけど」


「奇遇だな、俺もだよ。魔法職なら杖必須だし近接系か?」


 そんな会話をしている俺たちの前で少年が一撃で吹き飛ばされ、ダメージエフェクトを散らしながら消えていくのが見えた。


「街道通ればそりゃ戦闘無しでボス戦直行だけど……」


 まさかそれをやるやつがいるとは。まさしくあんたが勇者だよ。

 彼(?)の尊い犠牲によってボスエリアのロックが解除され、俺たちが挑む版となる。さっきの攻撃を見るに、順当にゴブリンを強化した存在のようだ。


「さしずめオーガってところか」


「魔法職がいれば有利ってもしかしてオーガが近接タイプだからとか?」


 その辺りは戦ってみればわかるだろうと武器を構え、そして戦端は開かれた。




 オーガの大振りだが素早い攻撃を、道中でゴブリンがドロップしたボロい盾で受け止め、ガラ空きの胴体に剣撃スキル『スラッシュ』を放つ。ついでに今ので盾の耐久値は底をつき粉々になって砕けたが、攻撃自体は受け切れたのでよしとしよう。

 ダメージエフェクトは出るものの、大きなダメージを与えられた訳ではなさそうだ。


「ぐっ、手が痺れる!」


「アリー!メイジは任せろ!」


「くそ!」


 四人以上で攻略が想定されているためか異常なタフネスを持つ、膂力も増したゴブリンといった感じのオーガ。これくらいならヤマダと俺で押し切れるだろうと思っていたが、それも途中までだった。

 何がトリガーだったのか、残りHPか経過時間か、何にしてもオーガがあげた今までとは違う雄叫びが全てを変えた。その雄叫びに呼応して飛び出して来たのは二体の魔法職ゴブリンだ。

 推定ゴブリンメイジは出てくるや否や、魔法をヤマダに向けて放ち、あろうことかオーガにバフを飛ばしやがった。ヤマダは流石の反応速度で難なくメイジの飛ばした火魔法を回避していたが問題は俺の方だ。

 バフによって膂力の増したオーガの一撃は受ければ一定時間手が痺れるデバフを受けるのだ。今までのオーガの一撃を受け止めて、その隙にヤマダが魔法を打つという戦法が取れない。

 バフを打つメイジから倒そうにも二体のメイジはお互いにカバーし合う上に、魔法防御にステ振りをしていない近接職では単体火力自体も侮れない。オーガも無視できるわけではないので俺にできることはオーガの相手となってしまう。


「魔法職がいればってそういう事かよ!」


 最初の街で取れる職業では遠距離職は魔術師しかいない。つまりはメイジを魔法職に丸投げしてあとは近接でオーガをタコ殴りにしろという事だ。

 たしかに四人以上居ればうまく役割分担をして戦えるのだろうが、生憎と俺たちは二人しかいない。

 ヤマダはメイジの魔法攻撃を時にかわし、時に相殺して確実にメイジのHPを削っていっている。今、二体のメイジのうち片方を討ち取った。こういう時にやつのプレイヤースキルPSの高さを目の当たりにさせられる。


「あいつがあそこまでやってんだ、俺がこいつをどうにかしないとな」


 とは思うものの、戦闘時永続なのかオーガのバフが切れる気配はない。青白い妖気のようなバフのエフェクトは今もオーガの体を覆っている。

 そしてオーガもオーガで、時折スキルを放っているため全く気が抜けない。これではどっちが窮鼠なのかわかったものではないな。


「ああくそ!でも楽しいな!」


「まったくだ!久しぶりに熱くなってる!」


 この痺れるような高揚感はゲームでしか味わえない!現実では決して体験できない!

 これはゲームだからこそ、ならではだ!

 だから!


「だから俺はお前に勝つ!強敵に挑んでこそゲーム!できないことを為してこそゲームだ!」


 現実で言えばこんな化け物に人間は勝ち目がない。俺だってこんなオーガみたいなモンスターに出会ったら尻尾巻いて逃げ出す。

 でもこれはゲームだ。現実ではできないことをやるために俺はここにいる。だから俺は勝つ。


「歯ァ食いしばれよ!これはお返しだ!」


 スキルのリキャストが終わる。


 オーガが棍棒を振りかぶる。


 まだだ、まだ。


 そしてオーガの棍棒が俺に触れる寸前。


「ここだ!」


 カウンタースキル『ジャストパリィ』

 オーガの攻撃を受け流していたら、覚えていたカウンタースキルが進化した。オーガからの贈り物だ。効果は敵の攻撃にタイミングよく発動することで、強制的に隙を作らせるもの。敵の硬直時間は1秒と短い。


「だが、その1秒が欲しかった!」


 剣撃スキル『チャージスタブ』

 シンプルに溜めて突きを放つ技。故に溜め時間が必要な技。その最大溜め時間が1


「プレゼントにはお返しをしないとな」


 胸のど真ん中からダメージエフェクトを迸らせながら、オーガが崩れ落ちてゆく。視界の端でヤマダが二体目のメイジを倒す姿が見えた。




称号『街道封鎖』を獲得しました。

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