第3話 星の子

 ───ここは複合世界。数多の世界が混じり合いそしてこれからも交わり続ける場所。世界のかけらが各地に散らばり、人々はその未知を切り拓いている。そして、ある日の星降りの後、彼らは現れた。不思議な加護をもち、驚くべき成長力で世界の開拓を助力する彼らはこう呼ばれた。星人ほしびとと───


 どうやら、星人とは俺たちプレイヤーの種族のことを示しているらしい。星降り、つまり流星群とともに現れ、不思議な加護と力で世界を切り拓いているとかなんとか。一部では星から生まれた星太郎だとか言われているようだ。

 おそらくだが不思議な加護とはリスポーンなどの事だろう。人間のような洞察力さえも見せるNPCらしいので、むしろこれらはNPCたちがプレイヤーを不審がらない事に対する設定であると思われる。成長力もまた同じでレベルアップ、つまり短期間でいきなり強くなる事に対する説明だ。

 こうしてみると、たしかにプレイヤーキャラクターというものは得てして世界に対して異質な存在である。数日後には比べものにもならないくらいに強くなるわ、死んでも生き返るわで普通に暮らしている側からすると不気味で仕方ない。

 その存在を許容できる場を作るというのは、このゲームのコンセプトにおいて重要であるし、そういう風な設定にすることで違和感をなくすというのも面白い発想に思う。


「まあWikiの受け売りだけどな」


 目を覚めした俺はそんなことを呟きながら身体を起こし、周囲を見回した。『?????』と視界の端に表示されて消える。

 今のはマップ名とかだろうか?

 どうやらどこかの部屋のようで、ベッド上に寝ていたらしい。部屋は狭くベッドの他には壁に吊されたランタン以外には何もない。地下室なのか窓さえなく、木製の簡単に蹴破れそうな扉がだけが唯一の外界との接点だ。

 いや、寝かされていたのだろうか?曰くどこからか現れて……みたいなのが星人っぽいし、などと考えているとカチャリと音を立てて扉が開いた。


「お目覚めになられたようですね」


 蝋燭を乗せた小さな燭台を片手に入ってきたのは、初老に差し掛かったであろう修道服を纏った女性だ。ゲームによってはクソジジイ!だとかファッ○ンビッチ!なんて叫びながら老若男女構わず敵対してきた俺としては、チュートリアル戦闘の可能性も考え僅かに身構える。

 そういえばこの世界の戦闘方法がよくわからないな。


「そう身構えなくても大丈夫です、星人様。どうぞついてきてください」


『チュートリアルシナリオを開始します』

 そんな半透明のウィンドウが数秒表示され、そして消えた。どうやらここでのチュートリアル戦闘の可能性はほぼなくなったようだ。

 くるりと修道女が踵を返す。


「しゃーない、とりあえずついてくか」


 古今東西、チュートリアルに従わない者は痛い目をみると相場が決まっている。いろんなゲームで同じような内容だったりもするし、よくある話ではあるが、それをすっ飛ばしてヘマをやらかす方がよっぽどよくある話なのだ。

 壁に吊されたランタンと彼女の持つ明かりに照らされた石造りの通路は暗いが、陰気さは感じられない。足音を僅かに反響させながら先へと進む。


「星人様、お名前お伺いしても?」


 前を歩く修道女が僅かに振り返りながらそう尋ねてきた。昔は美しかったであろうことを感じさせる横顔からは、修道女らしい慈愛を感じる。


「……アリー、それが俺の名前だ」


 少しキザっぽくなったがロールプレイという事にしよう。このゲームでは大事みたいだし。どうやらこの世界のリアルさに浮かれているらしい。

 薄暗く静謐な石造りの廊下は、しかし修道女という彼女の存在によってどこか聖なる気配を漂わせている。なんか詩的な表現をしてしまったが、多分おそらくめいびー、ここは教会の地下とかなのだろう。それを全身で感じ、改めてこの世界に足を踏み入れたのかと実感する。


「アリー様、ですね。わたくしはセリア、この教会で神の信徒をしております」


「それは御丁寧にどうも」


 日本人気質が思わず頭を下げてしまいそうになったが、踏みとどまる。高貴なる者、易々と頭を下げてはいけないのだ。


「星人様の多くはこの地のことをあまりよく知りません。私から説明いたしましょう」


「ふむ、聞こうか」


 なんとなく、偉そうな感じがちょっと楽しくなってきたのでしばらくはこのまま行こうなんて思いながら、セリアの話を聞く。

 概ね世界の話はあらかじめ知っていた通りだった。つぎはぎのように様々な世界が入り混じり、ふと気づけば別世界の領域に入り込んでいるようなこともあるらしい。

 そして人々、特に俺たち星人はその力を活かしてそんな未開地を見つけ、調べ、切り拓いているそうだ。誰もが冒険に行くわけではないが、多くはそうなるとのこと。また、新たに飲み込まれた世界の地で、助けを求める元の住人たちを救助する事も目的であるらしい。

 女神の神託で定められた事であり、この世界の人々の根幹でもあるようだ。


 そんな話を聞いているうちに階段を上りきっていた。階段の上には両開きの扉があり、おそらく聖騎士などと呼ばれるであろう白銀の全身鎧を纏った二人が左右を固めていた。いわゆる斧槍ハルバードと呼ばれる武器を持っている。

 二人はセリアの姿を見ると無言で扉に手をかけた。


「ありがとうございます」


 セリアは二人ににこやかに礼を言いながら、騎士によって開かれた扉を通り過ぎた。当然は俺は堂々と後に続く。

 騎士たちは微動だにせず俺たちの背を見送っていた。


 扉を潜り、廊下をいった先は大聖堂といった趣の空間になっていた。またも『?????』と表示され、どうやらさっきと別エリアの扱いであることがわかる。

 参拝者たちが座るであろう長椅子がいくつも並び、司祭などが立つであろう台なども見え、その後ろには謎の大きな岩が飾られている。

 長椅子に座っていた何人かが顔を上げちらりとこちらを見たが、すぐに俯きまた祈りを捧げ始めた。というか何人か頭の上に名前出てるしプレイヤーが混じっている。聖職者系の職業だろうか。


「アリー様、あちらの星の石に手をお触れください」


「あれに?」


 どうやらあの謎の岩は何か重要なものらしい。

 とりあえず促されるままに触れてみる。


「うお」


 華やかなSEとともに『リスポーンポイントが更新されました』のメッセージが表示された。どうやら星の石なるこの岩はリスポーン地点であるようだ。


「星の石がアリー様に加護を授けてくださいます。各地にあります星の石はアリー様を導いてくれるでしょう」


 セリアが微笑みながらそう言った。

 なるほど、こうやってリスポーン地点の確保をしながら冒険するわけだな。

 でも星の石ってくらいだし、ようは隕石って事だ。つまりは森の中でさえ存在する可能性もあるわけで、そう考えると下手に更新すると補給できないまま延々とリスポーンし続ける事になる可能性もあるわけか。


「なかなか、これは……難しいな」


 というか下手にその辺の石に触れない可能性もある。何か判断方法でもあるんだろうか。たしかにこの岩は何か見ただけでも凄い力があるってわかるが……。


「星の石は、星人様に呼びかけると言われています。見つけることは容易でしょう」


 俺の表情を見て何かを察したのか、セリアがそんな補足をしてくれた。NPCに搭載されたAIに恐ろしささえ感じる。最近のゲームでもここまでのものはない。開発の異常なまでのこだわりのようなのを感じてしまう。

 というかやはり、ビシビシと主張してくるこの不思議な力が判断方法か。

 ひとまずこれでリスポーンに関する説明は済んだわけだが、あとはRPG定番のジョブについてだ。当然といえば当然だがどうやらそれはここでは説明されないらしい。教会は就職斡旋所ではないしな。


「星人の方は教会を出て右手側にある、青い屋根の大きな建物、星人ギルド本部へどうぞ。そちらで道が示されるでしょう」


 そこがこの世界のハローワークらしい。ひとまず教会でのイベントも終わりのようなので次はそこに向かおう。


「いろいろありがとう、助かった」


「いえ、これも女神様の御言葉に従ったまで。星の加護があるアリー様には不要かもしれませんが、女神様のご加護がありますように」


 セリアが祈りを捧げるように、左手を胸の前へと動かし目を伏せる。ゲームによってはこの場面で神聖なエフェクトとSEが出そうなものだが、どうやらネバエンではそういったものは無いようだ。


「確かにそうかもしれないが、あんたの祈りは確かにここにあるんだ。それが俺の助けになるかもしれない」


 NPCが察する力を持つようなゲームなんだ。とりあえず何があるかわからないので、ちょっとクサい台詞でも言ってみる。というかもうこんな感じのキャラで行くのもアリかもしれないなんて考えてもいるくらいだ。

 セリアは少しだけ驚いたように目を見開くと、僅かに微笑み「そうですね」と、静かに呟いた。

 うむ。

 なんだか急に恥ずかしくなってきたので逃げようそうしよう。背中に感じる暖かい視線を振り返らないように無視しながら、俺は教会を早足で出るのだった。


 このゲーム、視線を感じる事もできるんだな。




称号『はじめの一歩』を獲得しました。

称号『加護を授かる者』を獲得しました。

称号『祈りを受ける者』を獲得しました。

特殊称号『羞恥の道化』を獲得しました。

状態『女神信仰:極低』が付与されました。

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