第2話 分身ではなく自分自身
夕飯はハンバーグで、さっきまでの少しブルーになった気分を吹き飛ばしてくれた。勝手に自分でブルーになっただけだったがそれはよしとしよう。
「ククク、インストールも完了してる。これから俺の伝説が始まるぜ……!」
興奮のあまり馬鹿みたいな独り言が漏れてしまうが、これはもうどうしようもない。それほどに楽しみだったのだ、許して欲しい。
早速ヘッドマウント式デバイスである『Newvision』を装着し、ベッドに横になる。楽な姿勢であれば何でもいいので横になる必要はないのだが、『Horizon VV3』は仰臥位を推奨し俺はそれに従っていたのでその癖だ。
『Newvision』の起動ボタンを押すと意識が暗転し、すぐにN-tec社のロゴがゆらりと現れ消える。そして、N-tecアカウントの自動作成がなされたことがメッセージウィンドウとして目の前に表示された。どうやらこのままアカウント設定に移行するらしい。
「ま、名前はいつもどおりアリーで」
無機質な英数字の羅列だった名前をアリーに変更する。
特にこれといった深い意味もなく、本名である有井 鐵からとったネーミングセンスのかけらもない名前だ。どのゲームもアリーでやっているが、ありふれた名前であり名前被りも見かける。なのでまあ、「お前はあのゲームの!?」みたいな昔の創作にあるようなことは起こらない。
N-tecのオンラインストアでの購入なども連携しているようで、支払い情報や本名、住所などの情報も時折スキップも交えながら入力していく。俺もN-tecの公式ストアで購入できていればこの辺りはスキップできたのだろうが、どうせ一番倍率が高いし当たらないだろうと避けたので仕方ない。
一通りの入力を済ませると、メインメニューへと移行した。
メニューはどうやら何か部屋をイメージしたものらしく、真っ白な壁と床にシンプルなテーブルとソファが一つ、そしてモニターのようなものが置かれている。モニターには各種設定や初期からインストールされているゲームのアイコンなどが並んでおり、それをテーブルの上に置かれたリモコンを使って操作するらしい。
ふと下を向くとグレーのつるりとした体が見えた。
「もうここからアバター有りなのか。最近は思考操作が多いけどここはレトロな感じに……、いや、ここから新たな体験をってことか」
どうやらN-tecは「新たな体験、新たな世界」というキャッチコピーの言葉に忠実に、フルダイブ直後から体感を行える様にしているらしい。
初期アバターはシンプルな人形な様なものらしく、球体関節のようなものがある。
「おーすげー、スムーズに動くな」
一通り体を動かしてみたが、今までに感じていた微妙なラグというか、ズレの様なものが感じられない。現実と遜色ないという言葉は誇張ではなかったようだ。
今までの感覚に慣れていたぶん、逆に違和感を覚えるがそのうち慣れるだろう。
「なるほど、これは確かに別世界だわ」
キャッチコピー通りの新体験であり、旧相棒が骨董品などと揶揄されるのも頷けてしまう。さよなら相棒、たぶんもうお前には戻れない……。
「部屋とかここでのアバターは自由にカスタマイズできる感じか」
ソファに座ってメニューを操作しながら色々なページを確認してみる。課金要素の様なものも多いが、無料で手に入るものや、特定ゲームタイトルと連携し実績解除で使用可能になるものもあるようだ。
「と、まあこの辺はおいおいでいいや」
あまりの自然なアバター操作感に思わず浸りかけたが、そもそもの目的はこんなことではない。おのれN-tec、こうやってのめり込ませて課金させる腹積りだな!
冗談はさておき、メニューを操作してPCにインストールしてあるゲームストアとのアカウント連携を行う。
特に問題もなく連携が行われ、同期も素早く終了しメニューに複数のゲームアイコンが増えた。
デフォルメされたネバエンのロゴが描かれたアイコンを選択すると、ロードが入ったのか意識が暗転する。ここはどんな機械でも変わらないんだな、なんて思いながら少し待つとふわりとウィンドウが表示され、音声アナウンスとともに光が戻る。
メニュー画面と変わらないような白い世界に、ウィンドウのみが浮いている。
「ネバーエンディングワールドの世界へようこそ!ここではあなた自身の姿の作成を行います。困ったときはおまかせ機能も使ってみましょう!」
「なるほど、分身じゃなくて俺自身ね」
「そうです!何か質問があれば私にどうぞ!私の音声ガイダンスについてはON、OFFの切り替えが可能です!」
ほう、どうやらゲーム自体もかなりハイテクらしい。思わず呟いた俺の言葉にも反応し、違和感のない返答をしている。ウィンドウにも音声アナウンスと同じ文字が表示されていた。
それにしても分身ではなく自分自身か。どうやらキャッチコピーのあなた自身の冒険、とはそのままの意味のようだ。俺の分身がする冒険ではなく、俺自身がする冒険。これはとてもワクワクする。男というものはいつまでも冒険なんて言葉には弱いものだ。
いつのまにか目の前に鏡が置かれていた。その横にはウィンドウが浮かんでおり、体型や目や髪など顔のパーツの選択肢などが表示されている。そこをタッチする事で詳細な設定が行えるようだ。
「ふーむ、のっぺらぼう」
鏡に写っていたのは裸ののっぺらぼうだった。胸は出ておらず、パンツを履いているのでデフォルトは男性ボディのようだ。いや、身体デバイスとの同期で男性である事が登録されているからその影響なのかもしれない。
「へー、ほー、なるほど、極端な設定にはできないわけね」
目を巨大な寄り目にしたり、はたまた極小の口にしたりみたいないわゆるネタキャラクリのような事はできないようになっているようだ。多少のデフォルメなどはあるものの、パーツはリアル寄りの造形をしており有名人の顔の再現などもできるようだ。
それぞれの部位ごとの選択肢は非常に多く数えるのも面倒なうえ、大きさや角度、色にグラデーションなど細かな設定も行えるために意図的でもない限りキャラメイクがかぶる事はなさそうだ。
猫耳などのスクリーンショットを見たことがあるが、キャラメイクでは見当たらないためNPC限定種族だったりアクセサリーの類だろう。
フェイスペイントなどは様々な選択肢があるため、こちらでのネタビルドはできそうだが、あくまで変な格好をしてるやつみたいな扱いになる程度でもはや人と言っていいのかさえわからないみたいな事にはならないだろう。
「ちなみに、あなたの見た目は世界の人々の第一印象にもつながります!それらも踏まえた上であなた自身の姿を決めてくださいね」
顔面真っ白で黒い口紅を塗ったショタハゲにしていたらご丁寧にそんなことを言われた。別にこんなキャラにするわけじゃないんだが、これはいい情報を聞けた気がする。
たしか第一印象はキャラクターの好感度とかにも関わってくる要素だったはずだ。初めからマイナスならそれを挽回する頑張りなども必要だが、確かこのゲームはそういう場合は通常よりも好感度にボーナスが入ったりとかメリットもあるらしい。不良が野良猫を助ける理論的な、こんな奴だけど実はいい奴みたいな、全部がそうではないようだが気になってネタバレに気を使いながら断片的に調べた情報ではそういったことが書かれていた。
そもそも自分自身の冒険でありネタバレなんてものもあってないようなものではあるのだが。
「お、出自なんてのも選べるのか」
「はい!それらはいくつか影響を及ぼしますが、選択した出自は自身の第一印象に最も影響を与えます!よってあなたの選択や行動によっては出自に関わらず変化しますのでご注意を!」
「てことはフレーバー的な意味合いが強いんだな」
なんとなく予想はできていたが、どうやらこのゲームのAIは見た目とか雰囲気とかそんなものも判断してくるかなりのハイテクらしい。という事はロールプレイってのもかなり大事な可能性もある。まさにRPGって感じだ。
あまり演技とかには自信はないが、意識しておく必要がありそうだ。
高貴な者、流浪の民、スラム、平民、農家の五つがあるようだ。ステータスには影響はなくそれぞれ様々な初期補正があるようだが、行動次第で変動するようだし何を選んでもあまり意味はなさそうだ。
「あー、初期補正ってそういうことね」
試しにスラムを選んだら貧相な服を着た見た目になった。この見た目の第一印象が補正ということなのだろう。本当に意味がないな、これ……。
いや、待てよ?
「これって、ジョブには影響出る?」
「良い質問ですね!例えば高貴な者は騎士系職業でのスキル習得が少し早くなります!スラムの場合は職業適性がランダムで出現しますが、それ以外のすべての職業に対しても微量ながら適正があります。他の出自についても聞きますか?」
「いや、いい」
やはり関係あったか。何がフレーバーだ!ばりばり意味があるじゃねーか!
ジョブの選択肢は見当たらないからチュートリアル後とかの就職だとは思っていたが、そういう場合なら必ずなんらかのNPCとの対話とかがあったりするはずだ。おそらくそこでも影響が出るだろうし、そこで適正職が勧められるとみた。
ステータスには影響出ないからとかで適当に選ぶとちょっとだけ後悔する奴だこれ。まあ、今聞いた内容で選ぶ出自は決まったが。
よし、これをこうして……。
「ふむ、できたな」
フルダイブではあまり体格をいじるのは推奨されていない。なぜなら現実の身体との乖離に悩まされるからだ。最悪の場合現実にさえ影響を及ぼす。フルダイブ適性の高い人間は何も違和感なく動かせるらしいが……。
ということで俺は、現実の体格とは違う設定にした。筋肉がそれなりに多めな引き締まった体に9cmも盛った183cmの身長だ。銀に赤を混ぜた短めの髪に緑と青のヘテロクロミア、パーツにはこだわったのでかなりイケメンだ。出自は高貴な者なので先ほどのスラムとは比べ物にならないほどに整った服装をしている。
そして名前はいつもどおりアリーだ。
自分で言うのもなんだがどうやらフルダイブ適性は高い方であり、古いゲームの幼女になるゲームなどプレイした時もすぐに体は馴染んだ。幼女に馴染むっていうのも変な話ではあるが、これのおかげでゲームプレイの幅はかなり広がって楽しめている。
「女キャラでもよかったけど、ネバエンは声変えられないしな」
最近のゲームではボイスチェンジャー付きも多いが、ネバエンは搭載されていないし、自分自身であるなら男の方がいいと思ったのだ。
「これがあなたでよろしいですか?」
「ああ、これがネバエンの俺、アリーだ」
音声ガイダンスにそう答えると、視界が白み始めた。どうやらこれから俺の冒険が始まるらしい。
「あなたに良い日々が訪れることを」
そんな声がどこか遠くに聞こえた。
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