ネバーエンディングワールド

トラツグミ

第一章 物語をまず始めるところから

第1話 別れと始まり

 この物語が終わらなければいいのに。


 貴方はそんなふうに思ったことはないだろうか。小説を読み終えたとき、ゲームがエンディングを迎えたとき、映画のエンドロールをながめているとき……。

 はたまた思い入れのあるものと別れるとき。いや、多くの人は先に挙げた例の時に思うのだろうが、少なくとも俺は今、そう思いながら三年以上付き合ってきたハードウェアを眺めている。

 こんな機械とだって、三年以上も触れていれば愛着も湧くしもう使わないのだろうと思えば少し寂しくもなる。これも一つの物語なのでは?なんて思ったりもするのだ。


 まあそれはともかく、長く連れ添った相棒を棚の上に丁寧に置き、俺は満を辞して箱を開けた。

 『N-tec Newvision:2.3』

 姿を見せたのはN-tec社が販売している最新式のフルダイブVRハードウェアだ。それこそ、俺の旧相棒が型遅れだの骨董品だの言われるほどに。

 二年ほど前の技術革新を起こした企業による最新モデルであり、購入権が抽選式になっていたがなんとかその権利をもぎ取り購入できたのである。

 値段は家庭用フルダイブ機器としては少し高めではあるが、それを払うだけの価値はある(らしい)。世の中には値段だけ高くて中身がない、なんてものもあるみたいだがサクラを疑うくらいにはこの製品の評価は軒並み高い。


 先ほどの感傷など何処かへと消し飛ばすほどに緊張しながらそっと新たな相棒を取り出すと、付属の説明書を開いた。

 この時代には珍しく紙の説明書が付属している。ハイテクの横にローテクを置く趣云々なんて企業側は言っているが、そんなふざけた様な内容の他に、なんらかの要因でネットワーク接続ができずデータの説明書を見る事ができない時の想定もしているらしい。

 企業のよくわからないこだわりは置いておいて、説明書の手順に従って身体デバイスとの同期を行なっていく。

 数十年前に導入された身体デバイスは様々な身体情報を記録しており、生活へさまざまな恩恵をもたらす。病院は接続するだけで色々な情報を得る事ができるし、いろいろな周辺機器を用いて自身の健康管理、果ては衣類購入の指標にまで用いる事ができる。

 そして、これとフルダイブ機器、さらにそれを動かすだけの性能を持つPCと接続する事で初めてフルダイブする事が可能なのだ。


「ついでに情報の更新もしとくか」


 排出式ナノマシンを注射器を使って注入し、デバイスに記録されていた身体情報の更新を行う。ナノマシンは身体中を巡り、様々な情報を取得してデバイスへと送信してくれる。

 ナノマシンが更新した身体情報は、同期されている『Newvision』にはリアルタイムで情報が送信されるのでそこに新たな手順は必要ない。


「うし、じゃあ、うへへ、買っちゃいますか!」


 身体情報の更新には少し時間がかかるので、一旦『Newvision』を置いてPCの前に座り、オンラインゲームストアのストアページを開く。ひと昔前のナノマシンによる情報取得では安静にする必要があった様だが、現在は激しい運動さえしなければ大丈夫なので非常に楽だ。

 ページには様々なゲームの広告バナーやサムネイルがあるがそれらは無視。俺はトップに堂々とある、「話題作!」や「売り上げトップ!」と装飾された画像リンクをクリックした。


『ネバーエンディングワールド』


 これは一年と少し前に登場した国産VRMMORPGだ。ストアページのトップを飾るだけあり、その人気は凄いの一言に尽きる。

 よくある剣と魔法の世界ではあるが、幅広い自由度に生きているのかと錯覚させるほど発達したAI、果てしなくそして作り込まれた世界などそれらが魅力となりこのゲームの不動の一位を支えている。「終わらない物語の世界であなた自身の冒険を」それがこのゲームのキャッチコピーであり、タイトルを意識したそれになっている。

 海外での展開はされていないらしいが、アクセスは多数行われているらしく、あまりにもラグいプレイヤーなどのネタ動画も投稿サイトにアップロードされている。そのラグさ故、High pingキックの実装を求める声もあるとかないとか。

 有名海外ストリーマーが日本移住を決めたり、グローバルリリースを熱望していることを叫ぶ動画をアップロードしたり、海外でも大いに話題となっている。

 ネバエンと略されるこのゲームは発売から一年経った今も話題は尽きることなく、現在は一周年記念イベントを行っているらしい。


 そもそも、俺がVR機器の更新を決めたのもこのネバエンの発売がきっかけだ。たぶんこれがなければここまで必死にお金は貯めなかっただろうし、ハードの更新ももうしばらく先の事だっただろう。

 それだけ俺にとってはこのゲームが魅力的だった。

 そこまで気になるならすぐに買えば良かったじゃないかと言われるかも知れないが、言い訳させて欲しい。いや、誰に言い訳するんだという話ではあるのだが、俺の旧相棒である『Horizon VV3』は、さっきも言った通りもはや骨董品とも言われているものだ。

 実は購入時点でも最新のものではなく、二つ前のモデルであり安くなっていたのが(誕生日プレゼントでの)購入理由だった。しかし、その時点では最新モデルともあまり性能の差はなかった。

 では何故今、三年しか経っていない中でそれが骨董品などと言われているのか。

 理由は二年前に起きた技術革新にある。

 些細な性能向上や外観の変更、軽量化などのマイナーアップデートに停滞していたフルダイブVRハードウェアの性能を著しく向上させ、体感の違和を殆ど感じさせない、すなわち現実と遜色ないと思わせるほどの体験ができる様になったのだ。

 当時は「へーすごいな」程度の認識だった。ハードの技術が向上するのはいい事だが、その度にハードを更新する余裕なんて俺にはない。そもそも技術的なことはよくわからんので性能が上がったことしかわからないし、その最新の体験を積極的に行いたいとはそれほど思わなかったのだ。

 これからもしばらくはコイツで遊ぶんだろうと、そう思っていた。

 しかし、その一年後に発表された『ネバーエンディングワールド』は俺に衝撃を与えた。魅力的すぎて、こんな型遅れで遊んでいいのか?と思うほどに……。

 そう、ただの変なこだわりでしかなかったのだが、こんな魅力的な世界を最大限に楽しむには最新式しかないと思った俺は、ハードの更新を決意し今に至るのだ。


「いやー、ここまで長かったな」


 思えば高校生になってやった"らしい"事といえば、それこそバイトくらいだ。いや、バイトを高校生らしいといえるかも微妙かもしれない。恋愛なんてそっちのけ、学業もほどほどにハード更新のために必死にバイトをしていた。

 あれ……。


「うわ、俺の青春、ヤバすぎ……?」


 なんだか少し悲しくなってきた。

 そういや、クラスメイトのあいつは彼女ができたとかあの子は別の学校の誰かと付き合ってるとか……。

 学校では女子と会話とかあまりしていない気がする。そもそもそういうイベントがないというか……。なんかイベントだとか言ってる時点で自分のゲーマー性が出てきて少し嫌になる。

 いや、学校は恋愛するために行く場所ではない、断じてそうではないのだが……むむ……。


「あーーー……、よし、落ち着いた。とりあえずコイツで発散だな」


 ブルーになった気持ちを振り払う様にゲームをカートに入れ、画面に表示された購入ボタンをクリックする。素早く購入処理は終了し、予め購入していたストアマネーで処理された旨を伝える領収証が画面に表示されてそれと同時にメールも届いていた。

 ゲームライブラリに表示されたタイトルを確認し、俺はインストールのボタンをクリックする。これでしばらく後にPCにゲームがインストールされるだろう。

 そこにピロンと通知音が鳴った。どうやらデバイスの身体情報更新が終了し、『Newvision』との同期も終わったらしい。


「インストールは……そんなにかからないな。そろそろ飯の時間だしちょうどいいや」


 俺は足取りも軽く、部屋を出るのだった。

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