第4話リョウ
「えー。似合うー。」
目の前の女の反応を見てリョウは、女子ウケ最高と言った美容師の実力の確かさを感じていた。
「今日はどうします?」という美容師の定番の質問に 、
「前回と同じで。」とリョウは定番の返答をする。通常ならかしこまりました。となるのだが今日は、
「結構伸びましたね。バッサリいってみます?お似合いになると思うんですよね~。」
と雑誌のモデルを見せられる。
写真を見て0、1秒で「チャラ。」とリョウは心の中で呟く。
だが正直なんでもいい。と思う。仕事に支障がなければなんでもいい。と。
「はい。それで。」
と、リョウが答えるといつもの美容師は
「かしこまりました~。女子ウケ最高ですから。」
と、意味ありげに笑う。
リョウはますますなんでもいい。と思いながら無言で美容師に笑顔を向ける。
「なんでもいい。」それは、どうでもいい。に限りなく近い。
最近、リョウは仕事以外のことを考える時なんでもいいと思うことが多くなった。それと同時に無性に気持ちが荒れてイライラする。
リョウは薄々気がついていた。
全てがどうでも良くなり、何にイライラしているのか。
仕事以外の「それ。」で気持ちが乱されることに戸惑っている。しかもそれは一筋縄ではいかない。
リョウは「それ。」から目を背けることで均衡を保っている。
リョウには時々そして定期的に会う女の「友達」が何人かいる。リョウの方から連絡をするということはほぼない。勤務中の時間が空いた時、また休日。携帯を確認すると誰かしら「友達」から着信やLINEがある。
仕事に支障をきたす付き合いはリョウの主義に反する。だから必然的にリョウがもつ主導権で「友達」との付き合いは続いている。
つかず離れず。
リョウは自分にピッタリの言葉だと思う。元来、面倒くさがりなのだ。
抱えることも抱えてもらうことも望まない。
乱すことも乱されることも性に合わない。
きっと、自分はこのスタンスで生きていくのだと思っている。
でも、ふと思うときがある。弟のこんな生き方をタカシはどう思っているのだろう。と。何故タカシなのか分からないけれど。
髪を切り終わり、リョウは車に乗ると携帯を見る。「友達」の中の一人からLINEが入っていた。
夕方にはタカシのマンションに行こうと思っている。
腕時計を見て夕方まではまだ時間があることを確認すると携帯の電話帳をひらき「友達」の番号を探す。
「友達」を車で迎えに行ったあと入ったカフェでリョウの向かいに座った「友達」であるその女はリョウの切ったばかりの髪を「似合う。」と言う。
愛想笑いすらしないリョウはイライラする気持ちを抑えて、コーヒーカップに口をつけ一人で喋り続ける女の口を眺める。この後、数十分後には自分の唇を当てているであろう、その女の口を見てリョウは、なんでもいい。と思う。腕時計を見てまだ夕方まで時間があるのを確認すると、女のお喋りが一区切りつくのを待ち、
「行こう。」
と伝票を持ち立ち上がる。
相手の家に行くことはもちろん自分のマンションにも女を入れることをしないリョウは、一番近くのホテルはどこだろうと考えながら車に乗る。
女が助手席に座りドアを閉めると、さっき店にいるときには感じなかった香水の匂いが鼻をついた。とても甘い匂い。フワリと笑うあの人を想わせるような甘い匂い。
リョウは思わずハンドルに突っ伏して目を閉じる。
出逢い気づいたときには好きになっていた。
ソノコの笑顔が浮かぶ。
ソノコの香りを手繰り寄せるように目を強く閉じる。
リョウくん!とふざけて腕を掴まれフワリと香った。体が触れるほど近づかないと感じることが出来ないとても微かな香り。ソノコのコケティッシュな雰囲気とはずいぶんイメージが違うその香りを、連絡せずに突然訪ねたタカシのマンションで、リョウを出迎えるために玄関に立ったタカシから感じた時、リョウは今まで味わったことのない感情に襲われた。玄関には見覚えのある、ソノコの折れそうに細いヒールの黒いパンプスが置かれていた。いつもリョウが訪ねると「リョウくん!」とタカシより先に笑顔で玄関をあけるソノコはその日、しばらく出てこなかった。
もうダメだ。潮時だ。
リョウは自分の揺れている心がピタリと止まったのを感じる。
「どうしたの?大丈夫?」
と、隣の女が声をかける。
リョウは、
「ごめん。もう会えない。」
俺の番号消してください。と端的に告げて真っ直ぐ女の目を見る。
これからホテルに連れて行かれるのだろうと想像していた女は
「え?どうゆうこと?」
と、さっき店で話していたときより低い声で詰め寄る。
しかし、リョウのごめんと謝る声の弱さに反する女を見つめる目の強さに、
「最低。」
と、ひとこと言い捨てると車を降りていった。
リョウはしばらく女の後ろ姿をみていたが、姿勢を正し大きく息を吸うとエンジンをかけた。
腕時計を見て、ギアをドライブに入れる。
タカシの住むマンションに行くためアクセルを踏む。
「また始まった…」
心の中で呟くとタカシは両手で顔を覆う。
仕事帰りのソノコが食料品の入った袋を二つさげ「遅くなってごめんね。」と疲れた顔で部屋に入ってくる。
手際よく準備された夕食が三人分ダイニングテーブルに並び、食欲をそそる匂いが部屋に広がる。
するとタイミングをはかったかのように、ドアホンも鳴らさず鍵のかかっていなかったドアを開けまるで自宅に帰ってきたような態度でリョウが入ってきた。
「おかえり。リョウくん髪切ったね。かっこいいね。」
タカシが声をかけると、
「んー。女の子ウケがいい髪型にしてください。ってたのんだんだー。」と答える。
「チャラ。」
残業で疲れてイライラしているソノコの、こそっと呟く声が聞こえタカシは苦笑いを浮かべる。リョウが「はぁ?」とすかさずソノコに噛みついた。
「今なんつったー。」
「別にー。」
「チャラいって。お前に言われたくないよ。」
「聞こえてるじゃん。お前に言われたくないってどういう意味よ。」
「お前みたいなチャラチャラしたやつに言われたくないって意味だよ。」
ねー。もうやめない?とタカシが間に入るが二人は睨みあったまま微動だにしない。
チャラチャラしている。していない。と攻防が続き、二人のケンカを見慣れてるとは言えほぼ一日中パソコンと向き合っていたせいで肩がこっているタカシは一層、肩の重みが増すのを感じた。
「タカシも大変だな。」
リョウのボソッと呟いた一言でソノコからカチンと音が聞こえた。タカシが「リョウくん。」と言って両手で顔を覆い天を仰ぐ。
「はー?じゃあ、なに?どういう人がいいわけ?リョウくんは。」
勝ち気なソノコが白く華奢なアゴを突きだしてリョウに詰め寄る、
「お前には関係ない。」
と、リョウがそれまでとは違う声色で吐き捨てた。
「はい。もうやめ。」
とタカシが笑って立ち上がりリョウの肩に手を置く。
リョウがドスンと音を立ててソファに座りソノコが鼻を鳴らしてキッチンに戻るとタカシはリョウの背中を見つめた。
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