第5話 彼について知る必要がある


(別視点なので、あまりノリが軽くありません。今回まで)



 あちこちに跳ねた荒ぶる茶髪に、私の父と同程度の多分一般的な成人男性の背丈。

 見えてるんだか見えてないんだか、薄く開かれた細目。


 そして、頭部を除いた全身を覆っている鈍色にびいろの鎧。以前遠目に確認した門兵でも、ここまで大仰おおぎょうな装備はしていなかったと思う。


 最初ギルドに入る彼を横目で確認した時は……彼が冒険者ギルドからやや離れた裏手に建つ、傭兵ギルドと間違えて入った可能性さえ考えた。

 私の知る冒険者というのは、大体もう少し軽装だったような……。


 そのレクは、何故か色々買ってくれた。

 自殺に付き合えない……などと変人を見るような目で言い捨て、色々と押し付けて。


 そして魔物を容易たやすく倒して見せた。私も、レクの指示で何体も倒して行った。


 レクが居眠りと主張した私の意識不全から、やけに身体が軽い。

 そして、魔法の使用可能な回数が明らかに多い。

 彼の指導を受けて魔法の威力も大変強力になり、消費する力の量も増しているにも関わらず……だ。


 物事を少しだけ楽に進めたり、人をおびやかせたりする程度の貧弱な魔法を7、8回撃てば……その日は倦怠感で家の手伝いもロクに出来ない様な状態になっていたハズなのに。


 恐らくレクが、私に何かをしたのだろう。それ以外の要因が見当たらない。

 まさか……と思いレクが背を向けている状態で着衣を確認したけれど、乱れた様子は特に無かったように見える。仮にソレが確認出来た所で因果関係は不明だけれど。


 魔物を何度も倒して魔法が撃てなくる兆候、ささやかな倦怠感が現れた事をレクに報告したところ……少し考えた後で彼は明るく告げた。


「魔物を倒せるようになったし……充分だな。よし、教導依頼完了!」


 やったね!などと言って彼は明るく、兜で見えないけれど多分笑い掛けてくれたみたいだったけれど……。

 私は困惑してしまう。受付嬢の話した教導依頼というのは、もっと色々と内容があった様な……。


「……?魔物や薬草類採取の諸注意は?その他諸々も教わるって、聞いた」


 私の疑問に対して、なんだそれ?といった表情をしていた彼は、不審な目を向ける私に気付いたのか……おもむろに自分の兜を手で叩いた。


「…………たはーっ、いやいやド忘れしてしまっていた。

 そういえばそうだった、いやー済まない済まない。さ、行こう!」


 いやー知ってたけどね?ハハハ……と、何だかまるで全く把握してなかったけど誤魔化したろ!といった風にしか見えない残念な様子だった。例によって私はツッコまない。


 教えて貰った事で印象的だったのは、素材の剥ぎ取りだろうか。

 レクがダルそうにしながら、ブレイブボアという魔物だけ教えてくれた。


 毛皮を剥ぎ取って肉をブロック状に……というのを魔法による遠距離操作で、やたらと切れ味の良さそうなナイフをサクサク入れて実現。

 二人して遠巻きにして見ていたけれど、果たして参考にさせる気はあるのだろうか。


「君も魔法使いだからね、いつか出来るさ。今回はどっちかって言うと切り方とか魔石の位置を見て欲しいから……何なら僕の近くにいなくても、近付いて見てていいんだよ?」


 とは言っていたけれど。


 私も確かに直接魔物を触りたいとは思わないし、解体中途で魔物の周辺が液によってビタビタになっており、正直近寄り難い。

 彼の傍から結局動かず遠目に作業を見ながら、レクを目指そう……と決意した。


 肉もレクが一切体を動かさず魔法のみで血抜きしたり、何故か持参していた塩を掛けてから、


「こんがりジューシーな火加減よろしく「ステキファイヤー」」


 などと意味不明な魔法で調理し、二人で食事を取る。

 昼食も食べずに空腹だった私には、とても美味しく思えた。


 追加で色々と教わってから、夕暮れ時になって森の出口付近でレクに解散を告げられる。


「取り敢えず僕から教える事は……一通り教えたつもりだよ。

 ひとまずお疲れ様。また明日ね。

 僕はまだ外でやる事があるけど、君はもうドンコスに戻らないと。あそこの門の扉が閉められる前に……そろそろだと思うよ」


 私は……少し間を置いてから、頷いた。


 辺りが闇夜に包まれるまで間も無いだろうに……ひょっとして、彼は町に入らないのだろうか。

 聞きたくはあったけれど、確かに私は町に戻らなければならない。


「明日も僕は昼頃、ギルドに行くから。

 えーと今回の教導依頼については、明日ギルドで少し話そう。

 まだ物足りない様なら、別に付き合うし。終了して良いなら二人で終わりましたーって報告して終わろう」


 私はひとまず頷いた。


 そうだな……と、レクは少し付け加える。


「僕は、行くとなればいつも昼頃にギルド行くんだ。

 人ほとんど居ないし……たまに居るけど。朝と夕は多少他の冒険者で賑わうらしいから……ダルそうだし。

 何か困った事があるなら、昼頃にギルドに来れば相談でも……まぁ、可能なら力にもなるよ。今回指導っぽい事したよしみでね」


 じゃあねー……あーそういや僕は「レク」って名前でねぇ……まぁいいや……と手を振って、彼は森へと姿を消した。


 こんな別れ際に自己紹介とか普通する?私が名乗る暇も無かった……。





 回想を終えて、彼女は再びため息をついた。


 男性の声に寄せる事を忘れたり、語尾が素に戻った事を誤魔化したり。

 結構な頻度で発生した私の失態に対して、レクは一切言及しなかった。


 何なら私の名前すら、聞く素振りが無くて……いや、最後の方でそれらしきモノはあったけれど。


 レクが聞いたのは、外で活動するに当たって必要な内容の確認ばかりだった。

 事情を探られないのは私にとってありがたい事だけれど……相手がそうだと、私の方もレクの事を聞きづらい。


 聞きづらいけれど、明日は最低限私に関する事柄だけでも聞かなくては。

 魔法ばっか撃ってて微塵みじんも使う気配の無い槍についても気になるけど、あまり重要じゃない。


「私が眠っている間に、何をしたの?……どうして、ここまでしてくれたの?」


 私が思わず悪口を交えて文句を言ってから謎の意識不全に陥り、それを居眠りなどと言って文句を返して来た点は……どう考えてもレクはヤバい人だ。本当に何が起こったんだ私に。


 ただ私から文句を言うまでを思えば……彼は良かれと思って色々と提供してくれていた。

 不安を元にした暴言も、今思えば私とて初対面の相手にとんでもない事を言ってしまっている。


 意識不全直後こそ、あーだこーだと言われはしたけれど……その後は特にその件について引きる事なく私を指導してくれた。

 たまに理解不能な言葉を使うので困惑させられたけれど、明るく冗談なども言うので段々と私の緊張もほぐれて気が楽になったのは確か。


 色々あったけれど、結果的に私は冒険者としての力と自信を得て装備も充実。

 魔物を倒して手に入れた魔石を換金すれば、お金も多分ある程度入るだろう。レクは魔石を全て私に譲ってくれた。


 結果には文句のつけようが無い。レクのお陰で、何故か冒険者として普通に過ごせそうに思えてしまう。


 更には彼が、何かあれば力になると言ってくれているのだ。怖いくらい、私に都合が良い。


「……信用しても良いのかしら」


 私が人目を避けるのは、ドンコス農業地区の町娘「ルーニャ」である事を周りに悟られない為だ。


 あの受付嬢には確認の為フードを外し顔をさらしたけれど、髪は短く切っていたし何より、渡されたカードに男と記載された事から……多分、疑問は持たれていないと思う。


 ではレクは何故、人目を避けるのか。たしか……ダルいとは言っていたけれど。


 私はドンコスに帰還してから、気になって門の近くにある建物の傍で閉門を見届けた。

 その間、レクが入ってくる様子は無かった。


 東西に門は設置されているけれど、壁で農地さえ覆ったドンコスの町というのは広大だ。

 わざわざ反対側へ迂回するだろうか。迂回した所で閉門に間に合うとも思えないけれど。


 彼はそもそも、別れ際の台詞を聞いた感じだと……町に戻ろうとする様子が無かった。


 野営をしている?町に宿があるのに?

 節約……というより私の様に、とにかく人との接触を避けたいという風に見える。


 本当は少しだけ、あの別れ際で彼について行こうか迷った。

 しかし、出会って1日も過ごしていない異性にすがるというのは……流石に常識的に考えて、問題がある様に思う。


 善意であふれた日常にひたっていたならその選択をし得るかもしれないけれど。私に限ってその選択は有り得ない。


 冷静に、客観的に考えたならば「町に戻る」が正解だろう。私は正しい……だろうか。


 他の冒険者に関わるつもりは無い。それは変わらない。


 大人と言える程の背丈が無い。男という事にしていても、実際は女。

 侮られたり、絡まれたりするのは御免だ。仮に善意だとしてもアレコレ聞かれては敵わない。


 けれど、私に深入りしないままこれだけ尽くしてくれた彼ならば……寄り掛かるまでしなくとも、接して行く事は出来そうな気がする。他でもない、彼ならば。


 私はこれからどうなるのか……ギルドの掲示板の依頼票を見ていた時も内容なんて、不安でまるで入って来なかった。

 教導依頼を担当する冒険者は、どういう輩なのか……何にせよ絶対にフードも外套だって取りはすまい、と決意していた。


 そう、彼はこんなにも私に都合良く……深入りどころか何も聞かずに力と自信だけ与えて、未来への不安を綺麗に取り除いてくれたんだ。


 さっきは変な自信なんて言ってしまったけれど……コレのお陰で安心して、知らない天井を眺めながら自然と笑っていられるのだろうな……。


 私の最終目標は、父と離れた別の町で誰かと結婚し養われる事。結婚しなくても養われる存在となる事。

 それを叶えるに当たって、現状彼の善意?に甘える事が色々な意味で気がする。


 ……本当に力になってくれるのなら、頼んでみようかな。

 別の町に、早く行きたいって。連れて行って欲しいって。

 彼をだ、何なら。私の勘がそう言っている。


 勿論、判断材料を増やしてからの話だけれど……リンスさんにレクの事、聞いて……それから……と考えた辺りで、眠気によって私の思考は途切れた。

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