第4話 計画はどうも、調子良いかもしれないけれど



(別視点なので、あまりノリが軽くありません)




 簡素な寝間着に着替えて、宿のベッドで横になる。知らない天井を暫く眺めてから、溜息を漏らした。


「……ホントに冒険者としてやっていくべきなのかしら」


 レクと名乗る妙な冒険者の所為せいで、変に自信が付いてしまった。神は私にどうしろと言うの……。


 目蓋まぶたを閉じて、慌ただしかった今日一日を振り返る事にした……。




 

 私の幼少期より続いた父の酒乱に伴う家庭内暴力に、疲弊し切った母さんが最近親しくしていた男性の所へ夜逃げ。それを今朝把握した私も、すぐさま朝逃げ。というか普通に家出した。


 唐突過ぎる変遷だった。昨日まで予兆も何も……いや、母さんがここ数年他の男性とよろしくやってる事がそうと言えばそうだろうけれど。


 ……そう言えば最近は母さんとの会話が減ったり、「ごめんね、お母さんがもっと強かったら……」などと唐突な謝罪を私にしていた気がする。

 ひょっとしなくても、予兆は沢山あったかもしれない。今更だけれど怠惰に、鈍感に過ごし過ぎただろうか。


 私としてはあまり居心地の良いとは言えないこの町を出て、どこか住み良い町に移住したいと考えている。


 町に居る限り父が私を探して連れ戻そうとする可能性は……そんなに低くはないと思う。

 酔いさえしなければ果樹園を営む無愛想な男というだけで、接していて不満を感じた事は無いけれど。


 酒は辞めないし酔えばただのゴロツキだ。

 酔った父に暴力を振るわれそうになり魔法で返り討ちにしてからは、夜に絡まれる事は無くなっていたけれど。

 母さんが居ない今となってはどうなるか……正直付き合っていられない。


 でも、手持ちのお金はそう多くない。そして、乗合馬車を利用するには手持ちのお金では払えない。


 そもそも、町を覆う高い壁の外に出るといった事は……一介の町娘としては一生涯に一度あるか無いか、というモノ。


 ドンコスの外を彷徨く中では最弱の魔物とされるゴブリンさえ、持ち前の鋭い牙で噛み千切られたら私の様な女子供などひとたまりも無い……らしい。

 そしてゴブリンの大抵が武装している為、武装し戦闘訓練を済ませた成人男性でも油断すれば命は無い……らしい。

 その辺は噂なので本当かは知らなかった。


 実際に近所の妻子を持つ男性––––以前冒険者として活動していたらしい––––が、久しぶりに武装し壁の外で薬草類や壁外へきがい環境下限定で採取可能な高級果実を採ろうとした際に……ゴブリンに殺されたそうだ。


 衣服や装備を剥ぎ取られ肉を食い荒らされた男性の遺体が、他の冒険者によって発見されたと聞く。

 やけに人間臭い衣服やゴテゴテの武具をそれぞれで分け装備し、遺体を囲んで奇声を上げていた……珍妙なゴブリンの群れを討伐した後だと言う。


 男手無しで、あの家の人達大変そうね……と、母さんが同情していた事を覚えている。


 ちなみに私は他人事なので特に思う所は無かった。家庭環境の問題によるモノだと考えたいけれど、こう醒めた性格の為か私は人好きされる性質たちではない。


 自嘲じちょう気味に笑っていたけれど、父の存在を跳ね除ける事が可能な頼れる人が特に居ない事に気付いてからは笑えない。笑っている場合ではない。


 乗合馬車が運行するに当たって必要なのは、傭兵ギルドに所属する傭兵の護衛。場合によっては冒険者が代わる事もあると聞く。


 一番近い「トサハ」という町に行くにも、それを踏まえて決して安く無い費用が掛かる。ただの町民が別の町に行くというのは、ちょっとした贅沢なのだ。


 着の身着のまま飛び出して早々に途方に暮れた私は……家から持参したナイフで髪をザックリと切り商業地区で古着屋で安いフード付きの外套を入手して、冒険者ギルドを訪ねたのだった。


 私が唯一誇れるモノ……母さんに以前より賞賛されていた、魔法の才を活かせる仕事。


 とは言っても、家出当初で可能だったのは僅かな土や風、水、火を飛ばす程度だけれど。


 聞く限りでは、こうも複数の種類魔法を扱えるというのは珍しいらしい。

 私より優れてそうな人は母さんいわく、少なくとも近場では耳にしないとのこと。


 内心でこの魔法の才というのを少し誇っていた。


(……魔物を倒すまで行かなくても、魔法を使って逃げ延びるくらいは出来るかもしれないわ)


 戦闘に重きを置く、護衛や討伐を生業とする傭兵は流石に厳しい。


 しかし、冒険者ならば。簡単な手伝いや納品依頼を主としている……理想的だ。


 比較的簡単らしい薬草類の納品依頼もあると聞く。

 他に、甘いだけでなく食すと気力が高まる効果を持つというリンゴ。


 先に触れた元冒険者の男性が採取を試みた、買取価格の高い果実––––町の農園では種を撒いたり苦労して該当の木を植えたり等試みるも効果だけでなく味さえも、再現不可能だったらしい––––を、壁外の森で採取するというのも考えている。


 父の件もある為、あまり町で顔を出すのは御免だし……長居するつもりもない。

 冒険者として一時的に活動して、別の町に行って……と、曖昧な計画を立てていた。




「……はい!これでルーさんの冒険者登録は完了です!

 これが冒険者会員証、カードです。無くさないで下さいね!」


「……」


 性別も名前も違うけれど、普通に登録が完了した。ガバガバ過ぎる気はするけれども、私には有難い事だ。


 女の冒険者というのは数としてそう多くはないと聞く……まして、私は15才。


 愛想を振り撒いて荒くれた男に縋るつもりも無いし、そもそも厄介な展開になりそうだから他の冒険者だって関わるつもりも無い。

 この町に留まってる様な冒険者は根無草のロクデナシと相場が決まっている。酒場の乱痴騒ぎと言えば冒険者か傭兵だ。


 私が密かに目指す、頼れる優男に養ってもらう怠惰な日々は実現不可能に違いない。この比較的整った容姿に落ちる優男さん、なんなら今すぐにでも現れて欲しいのだけれど。


 登録料も払った為、手持ちがほぼ無いも同然になった。私は稼がなければいけない。


「……今日の宿代を稼ぎたい。例えば薬草の納品依頼だけで、それは可能かし……可能か?」


「あっ……え、えっとぉ……常駐依頼で買取は、受付してます。ただそのぉ、少々買取価格が安くて……。

 冒険者の皆さんが朝に掲示された依頼をこなした、そのモノのついでにと小金稼ぎ気分で薬草を採取して来られまして。

 ですので、薬草だけで宿代というのは少し大変になってしまうかと……」


「……そう」


 詰んだ。開始早々、私の計画が既に頓挫とんざしようとしている。


 最初から例のリンゴが採れるとは考えていない。

 そもそも流通される数が極めて少なく高級品とされる理由として、そのリンゴを実らせる木の周辺は森の中でも比較的強力魔物が縄張りとしている場合が多く、採取可能な実力者は限られるらしい……とのこと。


 見つけさえすれば私の魔法でどうにか工夫して採ってみせるつもりだけれど、そもそもまだ該当の木々が立つ場所さえ把握してない。

 探しつつ、薬草類の採取で……と考えていたのだ。


 余程よほど気落ちした表情をしていたのか、リンスと名乗る受付嬢はアワアワと変な動きを始める。

 しばらくして、何かを閃いた様な顔を見せてポンッと手を合わせた。


「あっ、そうだ。ルーさん、教導依頼に参加しましょう!」


「キョウドウ依頼……?」


 私は首を傾げた。徒党を組むような響きを持っている様に思われるけれども……。


「教導依頼とはギルド側で必要と判断した場合に、ギルドから発注される依頼です。

 教え導く……つまり、ルーさんの様に新たに私達冒険者ギルドの一員となられた方に対して、経験を積まれた冒険者の先輩が色々とルーさんに教えてあげるのです!

 生息する魔物や薬草類採取に関する諸注意。その他諸々を!」


 ドヤァ……と胸を張るリンスさん。私は無言で拍手した。


 えへへ……と照れ入りながら、チョロい受付嬢が説明を続ける。


「この場合、ルーさんの依頼達成率が高まりますね?

 そしてルーさんに先輩ヅラした冒険者はギルドの評価を得られる。さっき説明した、冒険者ランクの昇格に良い影響を与える訳です。

 ギルドとしては冒険者の無駄死にを防げる。そう、皆ハッピー!」


 シュビッとピースするリンスさん。私は無言で拍手した。


 先輩ヅラという表現はどうかと思ったけれど、あまり話しているとボロが出て男という設定が崩れかねない。さっき崩れそうになったばかりの私はツッコまない。


 受付嬢のチョロスさんはムフーッと満足気な様子で、肝心の点について説明を加えてくれた。


「そして宿代を、という事ですが。教導依頼期間中に限り、ギルドが無利子で宿代を貸出致します!

 まぁ教導依頼後の依頼達成報酬から少しずつ差っ引くんですけれども、少なくともしばらくは宿に困る事はありません!」


 リンスさんは息継ぎをして「それでですね……」と続ける。


「教導依頼というのは最終的に、何かしらの形で新人さんが魔物を倒す手段を得たという点を確認した段階で終わります。

 これは罠でも暴力でも魔法でも、とにかく明確な手段を得たという報告を参加者双方から確認が取れた時点で、依頼は達成と見做されるのです。

 一人前の冒険者となったならば……魔石や魔物の素材納品も、どうと言う事はありません。つまり、返済も楽チン!」


 高らかに宣言した後で、まぁだから場合によっては期間が長くなるので、先達の冒険者の方々にギルドの評価が上がるんですよー、ランク上がり易くなりますよー……と言っても受けたがらない人は居るのですがー……と少し悲し気に、リンスさんは首を横に振った。


 教導依頼のような人格点を加算する依頼は、とあるランク以上になるに当たって必須らしい。

 ドンコスではそもそも該当ランクになり得る様な人物が現れないという点も依頼から足が遠退く原因の一つかも、とのことだ。


 募集期間は新人冒険者の所持金による。


 教導する側が現れない場合は、仕方ないので戦闘以外の諸注意を口頭で説明するに留まる。

 この場合教導依頼としては見做されず、宿代は一日分しか貸し出されないらしい。自費で宿に泊まれたり持家があるなら、宿代を貸し出す必要が無いため幾らでも募集期間を延ばせる。


 当然ながら募集期間を延ばせる程の所持金なんて、私には無いけれど。


 最近はこの制度使う機会がドンコスではメッキリ減ってー……とか、嘆かわしいのですー……とか、だからちょっと忘れてましたテヘペロー……とか、何だか愚痴り状態に突入し出した。最後に至ってはただの言い訳じゃないの……。


「教導依頼をお願い……したい」


 最初だけだ。他の冒険者に関わるつもりは無かったけれど、私だって死にたい訳じゃない。というか宿代が無いので受注する以外の選択肢が無い。


 ウンウン、良い事したよワタシー……と大きめの独り言を漏らしながら、


「宿屋は「ペコハラ亭」です。カード見せて教導依頼の者でーす、って伝えて頂けたらーそのまま泊まってOKなのでいつ行っても大丈夫ですよー。

 多分そろそろ一人だけ、ひょっとすると依頼を受けてくれそうな冒険者の方が来ると思うので……ちょっと頼んでみますね!」


 という受付嬢の言葉を後にして、私は掲示板に残された依頼票を眺め始めた。


 そして、レクという冒険者に出会った。幸か不幸かで言えば、色々言いたい事はあるけれど……幸運だったのだろう。

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