第193話 手駒
生贄の名前はナミリー。
「そこは建前でも少女の名前は、と言いなさいよ」
え? オレ、生贄って言ってた?
「素で言ってるところが狂ってるわね」
失礼な。これでもまっとうに育……ってないね。まともな環境でもなければ教育も受けてないからな。
まあ、神に差し出すんだから生贄でいいっしょ。
ナミリーに案内されたところは北地区。貧しい方々が住む感じの住宅が密集したところだ。
「スラムじゃないんだ」
背後にいるイビスがポツリと呟いた。
「どこの町にも貧しい者はいるけど、よほどの規模がないとスラムなんてできないよ」
「なんで?」
「自然淘汰されるからだよ」
大きな町なら下に回って来るパイは多いが、小さな町ではパイは微々たるもの。その微々たるパイを争い、極一部の貧しい者しか生き残らないのだ。
「まあ、最底辺が住むところなのは間違いないけどね」
雪吸いに来てた子(姿と名前を登録して管理してます)が何人か見て取れた。ここの子たちだったのね。
貧困層相手にと、まずは食事で釣った。冬は満足に食べることはできないからだ。そう思って行動したが、住んでる場所までは調べてなかった。まあ、万能偵察ポッドで町の地図は作ったけどね。
ナミリーが住む家はアパート的な賃貸家屋で、六畳くらいの一室だった。
そこには五歳と三歳の女の子と男の子。ベッドには母親らしき女性がいた。
……母子家庭か……。
別にこれと言った感想はないが、町の中でも母子家庭は生きられるんだな~と感心してしまった。
「お母さん! 治せる人連れて来たよ!」
母親に答える力はない。息も絶え絶え青い顔をしていた。死へのカウントダウンが始まってるようだ。
「お願いします! お母さんを助けてください!」
「大丈夫だよ。ウェルヴィーア教は弱き者の願いを無下にしたりしないから」
こう言うシチュエーションはウェルカム。ウェルヴィーア教の奇跡を見せてあげようではないか。
女の子の頭を撫でてやり、母親の横に立つ。
右の手のひらを光らせ、母親の額に当てるが、これと言って意味はなし。たんにパフォーマンスです。奇跡は派手に。これみよがしに。それが人の心つかむ妙である。
手のひらの光は母親に流れ、その体を光らせ、見ている者の視界を遮らせ、部屋を満たした。
「やりすぎよ」
うん。ちょー眩しいわ。
光が消えると母親の息は落ち着き、顔色もよくなった。手のひらの創造魔法の補正はすんばらしぃ~!
「……おねーちゃん……」
「病気は治ったよ。けど、これまで食べてなかったから弱ってるから、目覚めたら栄養のあるものを食べさせないとね」
「うちに食べるものないです……」
だろうね。部屋に台所もないし、ものも少ない。妹も弟も痩せこけている。
「イビス」
「できてるよ」
怖がる妹と弟の手をつかみ、部屋の外に出て道に連れ出す。
道には雪吸いに勤しんだ人たちに振る舞っていた屋台があり、イビス特製のボルシチをテーブルに並べていた。
驚愕! イビスちゃんはボルシチを作れたのです!
……こいつが謎でしかない……。
「チビッ子ども。腹一杯食いな」
自分より下にはなに気に優しいイビスちゃん。こいつを聖女にしてやろうかしら。
まあ、聖女より異端審問官にしたほう効率的か。イビスの場合は。
「ナミリーも食べなさい」
「あ、あの、お金が……」
「スズたちは、神より人を救う役目を与えられたの。だから人を救うの。もし、あなたも弱い人から助けを求められたら助けてあげて」
「……わたし、なにもできなかった……」
「ううん。ちゃんとできたよ」
え? ってな顔でオレを見るナミリー。
「スズにちゃんと助けてって言えたでしょう」
意味がわからないって顔になる。結構、表情豊かな子やね。
「人はね、弱ると声を出せなくなる生き物なの。あなたもそうでしょう? お母さんが病気になって、お腹空いて、どうしていいかわからなくなった。けど、ナミリーはどこかでスズのことを聞いたんでしょう?」
うんと頷いた。
「スズたちが食事を与えてること聞いて、そんなスズならお母さんを助けてもらえると思ったのでしょう?」
またうんと頷く。
「そして、ナミリーは動いた。心を奮い立たせてスズの前に現れた」
本人はまだ人の傲慢さに気がついてないだろうが、七、八歳の子が理解してたら弟子にしたいわ。
これは世間的にはいい話になる。ウェルヴィーア教を売り込む宣伝にもなるのだ。
「弱いことは罪だけど、弱いことになにもしないことは害悪。弱いなら弱いなりに動いて、より先にいくのが人だよ」
と、言ってもまだ理解はできないか。できたら影武者にするわ。
「……どっちにしろ利用するんじゃない……」
ハイ。利用する気満々ですが、なにか?
「もし、強くなりたいと言うならウェルヴィーア教に入るといいよ。今よりもっと、誰よりも強く、ナミリーを強くしてあげる」
ウェルヴィーア教はいつでも入信オッケー。ウェルカム。次世代を担う優秀若者は先に奪われる前にオレがいただきます、だ。
「は、入りたいです! 強くなりたいです!」
その心意気やよし。
ウェルヴィーア教の聖紋を出して首にかけてやる。
「今からあなたはシスターナミリー。ウェルヴィーア教の信徒だよ」
手駒ゲットだぜ!
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