第155話 お父さんか!

 春の足音がもうそこまで聞こえてきた。


 と言っても雪は降った側から吸い取られ、今年は冬をまったく感じんかったよ。つーか、なんか環境破壊した感じっぽいな。今年の冬、なんか暖かったし。


 ま、まあ、長い年月で見れば気候変動なんてあって当然。オレのせいじゃないさ。仮にオレのせいだとしても今年から伝道巡回に出るのだからオレ知らねー、だ。


「……この子は……」


 守護天使の呟きなど右から左にグッバイだ。オレは神の声など気にせん女である。


「あ、リン様。おはようございます」


 朝早く起きてしまったので、気晴らしに散歩に出たら警備担当の獣人が音もなく現れた。


「おはよう。警備、ご苦労様」


 よりよい人間関係は挨拶から。スムーズな上下関係は労いから。こう言う細かいフォローを忘れては神のようになってしまうわ。


「体を大切にして警備よろしく」


 言葉で人の心を買えるなら優しい言葉の一つや二つかけるくらい惜しくはないし、恥ずかしくもない。安売りの殿堂より安く言葉を発するぜ。


「はい! お任せください!」


 ああ、万事お任せしますよ。オレにはそんな余裕ないしな。


 散歩してるじゃん! とか言ってはならぬ。レベルが高かろうと毎日の運動は大切なの。また女騎手が現れたときダッシュで逃げるためにな!


「そこは戦いなさいよ」


「オレは勝てない戦いはしない主義だ」


 ガチンコはイビスやねーちゃんの担当。オレは安全なところから指揮するのがお仕事なの。


「そう言いながら最前線に立ってそうよね」


「…………」


 違うと即答できないのが悔しいです!


 ぐぬぬな気持ちで散歩を続けるが、清々しい朝が台無しである。


 心を落ち着かせるために山へと向かう。誰が作ったかわからんが、ベリー摘みや山菜採りに山道がある。


 運動にはちょうどいいので山道を登り、展望台だか休憩所で一休みする。


「レベルが上がるのはいいけど、それに見合った運動をするのは面倒だな」


 普通の九歳の体なら一キロも山に登れば息切れの一つもするだろうが、階段を十段昇った程度にもなってない気がする。


「イビスはどうやってんだ?」


 ジェスは岩を担いで訓練してるとこは見た。ねーちゃんは、まあ、魔物をぶっ殺してるんだろう。ミューリーに察知の魔法を教えてあるからよ。


「毎日のように銃を出させているでしょうが。アホみたいに」


 アホみたいに、は語弊があるな。前みたく十六時間じゃなく四時間にしたじゃないですか~。酷い~。


「銃を出して箱に詰めるのも結構体力を使うみたいよ。汗を流しながらやってたから」


 いつものオレの肩にいるのになんで知ってるんだよ? 第三の眼でも持ってるのか?


「いや、横でやってるのになんで知らないかが不思議だわ」


 あれ? そうだっけ? オレも手のひらの創造魔法をフル稼働させてるからよく知らんわ。


「それにジュアとミューツの訓練のときにかなりハードなことしてるし、朝晩五十キロの荷物背負って走ってるわよ」


 へ~。そんなことしてたんだ。頑張り屋さんやね、イビスって。


 オレはそこまでやる気もないので山道でも歩いて体を鍛えましょう。


 とか思って山道を上に上にと進むと、森林限界を越えてしまった。ありゃ?


「ガウ~!」


 思えば遠くへ来たもんだと、適当な岩の上で休んでいると、シルバーの声が聞こえた。


「なんだ?」


「リンがいないから慌てて探しに来たんじゃない」


 主が起きたらいないと騒ぐ前に起きたら察しろよ。一緒に起きろよ。お前、最近出番がないんだからよ~。


「ジュアとミューツもいるわね。あと、イビスも」


 まだ姿が見えないのになぜわかる? やはり第三の眼があるんだろう?


「わたしの意識は万能偵察ポッドに繋げるの。リンがそうしたでしょうが」


 あ、ああ。そうでした。災害竜退治で燃え尽きた感があって忘れてたわ。


「リンねーさま!」


「ねーさま!」


 やっとオレの目にも見える距離まで来た。


 確かにイビスも横にいた。大きな荷物を背負って。


「リンねーさま、出かけるなら声をかけてください」


「ねーさま、酷いよ~」


 なぜか不当に責められた。いや、小さい子を連れてこれる距離じゃないし。


「ちょっと気分がそうさせたの。ごめん」


 とりあえず謝っておく。オレが謝れば丸く収まるのだから。


「……波風立てないようにするお父さんか……」


 中身や思考は野郎ですから。ごめんなさいね。


「せっかく来たならここで朝食にしよう」


 たまには冬山で朝食を、もいいだろう。寒ざむしいところではあるけどさ。


 アイテムボックスからテーブルを出し、温かいものを並べる。


「さあ、お食べ」


 この山から見る景色もしばらくお預け。故郷、とまでは言わなくても九歳まで育ったところ。情は少なからずある。


「……まあ、いいところではあったな……」


「なんだい、ボス。メランコリーかい?」


 メランコリーって、今日日聞かねーな。前世、何歳まで生きてたのよ、君は?


「まあ、そんな感じ」


 間違ってはいないので否定はしない。春にはここから旅立つんだからな。


「いい景色だ」


 朝食をいただきながら故郷の景色を胸に刻んだ。

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