第154話 リン、九歳

 今年も冬がやって来た。


 オレが生まれて九度目の冬だ。


「……九歳か……」


 振り返れば短い人生である。内容はとても濃く、ベリーハードだったけどな……。


 それでも今年の冬は穏やかである。しんしんと降る雪を情緒的に眺める余裕がある。


「それはリンだけね。わたしはコピーする頻度は変わらないんだけど」


 危機のときしか役に立たないのだから平時は働けや。あと、君はコピーするためにも生まれた(?)の。なら、コピーするのがあなたの存在意義なんです。


「……木蓮もくれんが羨ましい……」


 その顔は妬ましいって言ってるけどね。


「聖都グランディールは雪降ってる?」


 うちのコピー天使さん、頻繁にハピネスの守護天使、木蓮のところに遊びにいっているのですよ。


 ……職務放棄って知ってる……?


「降ってはいるけど、ここほど積もってはいなかったわね」


 聖都グランディールはここより南に位置する。距離にしたら二百キロ以上は離れている。途中には一千メートル級の山があるので気候も違う。ここよりは暖かいのでしょう。


「南の暖かい地に生まれたかったよ」


 まあ、どこに生まれても大変な暮らしだったでしょうけどね。無人島からスタートとか考えるだけで胃が痛くなるわ。


「まあ、ここも慣れれば住みやすいけどね」


 静かになった周りを見回す。


 亜人たちの八割は聖都グランディールに移り、残るは三十人くらいで、グランディール傭兵団の第一支部を支える人数しかいない。


 子どもたちもほとんど聖都グランディールに移した。将来を見据えてね。


「ただいま~」


「リンねーさま、戻りました」


「ねーさま、ただいま~」


 訓練に出ていたイビス、ジュア、ミューツが家に帰って来た。


 忘れている方のためにお復習さらいしようか。ジュアとミューツは獣人の子で、ジュアは七歳。ミューツは五歳だ。二人はオレの側近とするために手元に置くことにしたのだ。


「お帰り。お風呂入ってきなさい」


 汗で汚れた三人を風呂へと向かわせる。


 ねーちゃんたちやかーちゃんは我が家を出たので、ちょっと改築した。


 来年、オレも出るので、地下はミューリーのばーちゃんが暮らしやすいようにし、地上に館を建てて兵団の宿舎とした。


 地下でミューリーのばーちゃん一人では寂しいだろうから、厨房と食堂、風呂に談話室は地下にして、管理者も地下に部屋を用意した。


 まあ、今はオレたちだけなのでミューリーのばーちゃんが一人で回してもらってるよ。


 冬はゆっくり流れていく。


「わたし以外はね」


 リリーさんのぼやきは平和の証。断末魔と比べたら小鳥の囀りも同然。心地好さすら感じるくらいだ。小鳥さん。もっと囀ずって~。


「……クソが……」


 ヤダ。守護天使が汚い言葉をお使いになってますわ~。


 なんて無理矢理鳴かすのも今後の関係をギクシャクするもの。生かさず殺さず仲良くやっていきましょう、だ?


 来年の伝道巡回のために家の中に閉じ籠って用意に勤しんでいると、ばーちゃん──ではないな。おねーさんになったシスターミレーヌと議員を辞めてウェルヴィーア教外交部部長に再就職したじーちゃんがやって来た。


「いらっしゃい」


 オレのために働いてくれる者は皆下ぼ──いや神様。供物ホットワインを与えましょう。飲みんしゃい。


「外はどう?」


 外とは世間のことね。オレたちのウワサがどうなってるか教えてちょ。


「ウェルヴィーア教の、と言うより、リン様やハピネス様のことで持ちきりじゃな」


 ウワサは千里を走る、か。異世界でも人の性質は変わらんか。


「そう。なら良かった」


 敵のように隠れて動くなどオレはしない。もちろん、メリットデメリットを考えた上でのことだ。


「おそらく、アイカワ帝国にも広がっていると思うぞ」


「それならそれで構わない。使徒の保護に動いてくれるなら」


 仮に保護に走らなくても構わない。邪神側が騒いでくれるならこちらから目を逸らしてくれるし、実態を晒してくれるはず。オレの考えでは、災害竜をけしかけた者は裏で暗躍するタイプだ。滅多なことでは姿は現さないだろう。


 そんなヤツは他人を利用する。自分を圧し殺して自分の欲しいものを得るよう動くのだ。


 そんな相手に同じ戦法は通じない。いや、敵わないと言っても過言じゃない。怨念のような作戦なのに、損切りは冷徹だ。もうそれだけで敵のイヤらしさに悪寒が走るわ。


 対抗するには表に出ることだ。だが、背後にも備える。敵に標的は二つと思わせるのだ。


 ……もちろん、隠し球は用意するけどね……。


「近隣の都市にはリン様やハピネス様のことは伝わっておるな」


「伝道巡回することも?」


 なによりはそれを知らしめて欲しい。でないと都市に入るときひと悶着が起こるだろうからよ。


「ああ。リン様の施しを待ちわびておるよ」


 オレのバックには神がついて、手のひらの創造魔法と言う奇跡を持っている。人の心をつかむなどチョロいものだ。


 ……奇跡を仕込むのも大変だけどな……。


「ダリアンナの町はほぼウェルヴィーア教に改宗したわ。バリューサ教の教会は反発してるけどね」


 ほぼ改宗したのなら問題はない。奇跡(利益)の前には些細なことだ。


「無理に改宗させる必要はない。信じたいものを信じればいい」


 ウェルヴィーア教は宗教の自由を許します。好きなものを信じろだ。


「伝道巡回に出るまでウェルヴィーア教を広めて」


 二度と敵が入って来れない場所にするぜ!

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