第153話 番外編 敵の名はルル

「ルル様。申し訳ありません。失敗しました」


 ヴィヴィが右脚を失って帰って来た。


「あら、そう。ご苦労様。オババ。ヴィヴィの脚、治してあげて」


 テントの端っこで水晶を覗く豆粒のようなオババに声をかける。


「やれやれ。神も厄介なのを呼び出したもんじゃよ」


「ふふ。それ、あちらも思ってるんじゃない?」


 バージルバーン──世間では災害竜と呼ばれ、いくつもの町や都市を壊滅させた、まさしく災害を与える竜だ。


 あそこまでするのに三百年近くかかり、百年以上隠すのに苦労し、何百人もの人生を費やした。負ける要素0。こちら側の最終決戦兵器──と、わたし以外は思っていたものだ。


「ほっほ。確かにのぉ。ルル様を相手にしようと言うんじゃからな。わしなら地の果てに逃げるよ」


「わたしは悪魔か!」


「悪魔より最悪な何かじゃよ」


 なんとも失礼なオババである。わたしは優しい女の子だよ。いやまあ、見た目は、だけどさ。


「しかし、ヴィヴィの脚を奪うってどんなヤツだったの?」


 ヴィヴィはガチガチの戦闘職。うちで一番の猛者だ。この世界で十指には入るでしょうよ。


 ……この世界、強さのバランス悪すぎだよ……。


「二人は少女で、もう一人はわかりません。遠くから攻撃してましたので」


「三人もいるの? 反則なんですけど~」


 おそらく神の使徒でしょうけど、三人も集まるとかズルいわ~。こちらは一人で頑張ってるのにさぁ~!


「ルル様は何十人と同胞を利用しておるじゃろうが」


「同胞じゃありませ~ん。邪神と契約した者同士って関係ですぅ~」


 わたしらは邪神と契約して、己が望みを叶えるために動いている。仲間意識などこれっぽっちもない。まあ、仲間意識や望みを利用してはいるけどさ。


「ただ、一人は神の使徒とは違うと思います。わたしと同じように力を与えられた者のような気がします」


 ヴィヴィはこの世界で生まれ、わたしと出会い、力を与え、強くなった者だ。ちょっと強くなりすぎて出せる場がなかなかないのが困ったもんだけどね……。


「少なくとも二人は使徒なのね?」


「はい。わたしとやりあった少女は間違いなく使徒です。能力はわかりませんが、戦闘職ではありません。動きに洗練さや気迫が違いましたから」


「あの少女?」


「はい。あの少女です」


 何年前からか自由貿易都市群リビランで噂があった小さな魔女。神の使徒だと察して攻撃したが、どれも回避され、わたしの手駒が何十人と命を散らした。


「以前と同じなら転生させられて来たのでしょうけど、十年も生きてないのに異常よね」


 これまでの経験からして神から与えられる能力は一つ。二つはない。以前、能力を奪う能力者がいたが、まともな能力ではなく、使いこなせていなかった。


 おそらく、いや、神から与えられた能力は成長させるものでしょう。敵ながら可哀想だと思うわ。余程の好条件下じゃないと成人まで生きられないんじゃないかしら?


「異常は異常じゃが、頭の切れる者じゃろうな。おそらく、考えに考えての能力じゃろうよ」


 だね。短絡的な能力ではこの世界で生きられないし、わたしたちと戦うことすらできないでしょうね。他の使徒に潜り込ませてる者から情報が届いているしね。


「はぁ~。厄介なのが現れたものよね」


 弱い敵などそうはいない。敵は強いと思ってなければ足を掬われるわ。それで倒された邪神の使徒もいるからね。


「しょうがない。バージルバーンが倒された以上、ここには用はないわね」


 そろそろ拠点が欲しかったけど、まだ時期ではないと諦めるしかないわね。


「……しばらくリビランから離れるか……」


 あちらもわたしの存在は勘づいているはずだし、目を光らせているはず。行動はかなり縛られるでしょう。なら、さっさと逃げたほうが利口だわ。


「今度はどこに?」


「そうね。アイカワ帝国にでもいきましょうか。あそこにも神の使徒が何人か生まれたっぽいし」


 紛れ込むならリビランよりアイカワ帝国のほうが楽だ。あそこは他種族に寛容なところだからね。


 リビランでわたしは亜人とされる。いや、魔人と呼ばれる忌むべき存在だ。正体を晒せば殺されるだろう。魔人は昔、この世界を支配していたとされると言われ、今も生き残っている同族が暴れ回っているのだからね。


「まったく、もうちょっと活動しやすい種族に生んで欲しかったわ」


 わたしは別の世界で生まれ、邪神によりこの世界に生み落とされた。それはもう三百年も前のことだけどね。


「充分、好き勝手しておるじゃろうが」


 そんな突っ込みしちゃイヤン。わたしは結構、苦労して生きてますよ。


「とにかく、リビランを出てアイカワ帝国にいくから」


 そうオババとヴィヴィに告げてテントを出る。


「マホ。バウリを呼んで来てちょうだい」


 テントの近くで遊んでいる子どもたちの世話をしている少女に声をかけた。


「はい、ルル様」


「ルルさま~遊んで~!」


「遊んで遊で!」


 わらわらよって来る子どもたちを相手しながらバウリを待つ。


「ルル様。どうかなされましたか?」


 このキャラバンの長を勤める中年の男、バウリがやって来た。


「商売を切り上げてアイカワ帝国に移るわ」


「わかりました。すぐに用意します」


 旅から旅の生活を送るので、急なことでも慌てたりはしない。心構えは常についているわ。


 ちなみにわたしたちは娼婦の一団。体を売って旅をしているわ。


 この魔物溢れる時代では命の値段は安く、存在は軽い。貧しさに子を売ることも珍しくはない。


 わたしは売られる子らを買い、娼育して育て、お金を稼いでいる。って建前ね。本当は世を恨む者を見つけて揺り籠を植えつけて世に魔物を放つことをしているわ。


 まあ、植えつけるのはわたしじゃなくてもできるから困りはしないんだけどね。世を恨むヤツなんて腐るほどいるし。


「アイカワ帝国にはあいつがいるし、ちょっと手を貸してあげようっと」


 邪神の使徒ではあるが、わたしには世界がどうなろうと知ったこっちゃない。神と邪神の戦いにも興味はない。


「……そう。わたしが興味があるのは……フフ……」


 願いは口にはしない。出すと叶えられないからね。ただ、胸の中で願い、行動するのみである。

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