第156話 出発

 春は旅立ちの季節と申しますが、まさか九歳で故郷を出るとは六年前は思いもしませんでした。


「お○んもこんな気持ちかね?」


 いや、○しんなんて観たことないんだけどね。又聞き程度にしか知りません。ごめんなさい。


「お、ボスはおし○の国だったのかい。道理で辛抱強いと思ったよ」


「なんでイビスがお○んを知ってる?」


 君、確実に戦争が許された国の人だよね。


「コロンビアに潜伏してるときに観て、おもしろかったからDVD買って観たよ」


 国名からあまりよい想像ができないが、おし○っていろんな国で放映してんだな。そんなにおもしろいのか? オレ、苦労話よりチートでイージーな世をナメ腐った話のほうが大好きだわ。


 ……来世はそんな人生でありますように……!


 どこかに絶対いるだろう慈愛と幸せの神様に全力投球でお願いした。マジ頼んます!


「だといいわね」


 肩からの不吉なセリフは聞かなかったことにする。人間、明日を見なくなったら試合終了だから。


 来世も大事だが、もっと大事にしなければならないのは今生である。今この瞬間だ。今を大事にできないヤツが明日を大事にできるワケもない。さあ、オレよ。今を生きるのだ!


 なんて脳内劇場はこのくらいにして現実を見ようか。


 今日は伝道巡回出発の日だ。自由貿易都市群リビランにある都市や町、村々を回ってウェルヴィーア教を広める第一歩である。


 春の日よりとなり、野には春の草花が芽吹いている。なんて、情緒的なことを吹き飛ばすくらい人が集まっていた。


「なぜに?」


「出発は派手にと言われたのでな」


 出発式を任せるとじーちゃんに言いました。けど、派手にとは言った覚えはありません。どこで脳内変換されたのよ?


「この町を聖地とし、信者巡礼の地とする」


 ここを守るためと町への柵に応えるとなると、使徒が生まれた地として人を呼ぶのがいい。


 人が来れば町に金が落ち、落ちた金はさらなる金を生むためにここを維持するために使われる。守るために人を雇う。オレの帰る場所が残るのだ。


 教会も建て、公園を造り、道を整備し、ここに来たいと思わせるようにした。


 オレがいなくなっても整備は続き、やがて町は都市となり、一大観光地になるだろう。


 そのために人を集めた、と納得しておこう。ここに集いし信者はオレの力となるんだからな。


 ……捧げられる魔力に笑いが止まりませんわ……。


「そう。ご苦労様」


 いい仕事をしたのだから労いましょう。


「ありがとうございます。励んだ甲斐があります」


 都市の議員よりやり甲斐を見せるじーちゃん。まあ、神がバックにいるのだ、都市の木っ端議員どもを従えさせられるのだから気持ちいいだろうよ。


 ……政治家のやり甲斐とか理解できんけど……。


 家を出て、いつの間にか用意された赤絨毯を踏んで教会広場に向かう。


 集会ができるように広場は広くしてあるので、三千人は余裕で収納できるだろう。今はただの野っ原だけど。


 赤絨毯の左右には町の者だけではなく、他からもやって来た者もいる。ざっと見、千人以上はいるな? この時代では驚異の集まりだろうよ。


 BGMや賛美歌もないので人のざわめきを聞きながら扉が開く放たれた教会へと入る。


 中にはジェスが率いる聖騎士団とウェルヴィーア教に入信してシスターとなった者ら。町の有力者などが集まっている。


 礼拝堂もこの日に合わせて百人ほど入れるくらいに広くした。信者様方の魔力奉納が予想以上に捧げられましたからね。


 赤絨毯の先には、この教会を任せたシスターミレーヌがいる。


 シスターミレーヌも神に愛されし者として聖人扱いになってしまった。


 本人もすっかり神に感化され、残りの人生を神に捧げるとまで言うほど。まあ、生臭シスターだけど。


 シスターミレーヌの前に進み、祈りを捧げる。


「神よ。あなたの命に従い地上に慈愛と祝福を広めて参ります」


 オレの人生を幸いとするために。オレはオレに誓います。


「神の使徒にして神の娘に託します。どうかこの世界をお救いください」


「リンは人として人の世を救うと誓う。邪神の手から人を守る」


「宣誓が放たれた。人の世に幸あれ」


 タイミングに合わせて鐘がなり、外から歓声が上がる。


 こんなもんでいいのか? と思うが、まあ、いいんだろうと思うことにする。


 立ち上がって回れ右。外へと向かって歩き出し、扉の左右にいる聖騎士が扉を開いた。


 外に出ると歓声がさらに増す。


 しばらくその歓声を身に浴び、五分くらいして右手を挙げる。


 それで信者たちは歓声を止める。


「……人ならば己の幸せは己で築け。与えられる幸せに身を任せるな。この世は人の世界。人の手で幸せを満たさなければならない。神に祈ることは許す。神に願うことも許す。されど、まずは己の力で世を生きよ。神はそれを願い、地上に人を使わしたのだ」


 宗教は言ったもんが勝ち。そして、いいように解釈するのが人である。


「さあ、伝道巡回へ! 世界を救う旅の始まりだ!」


 言って赤絨毯の上を歩き出した。

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