第61話 フラグ

 今年の春の訪れがいつもより早かった。


「雪、あんなに集めちゃったしね」


 調子こいて毎日のように集めたから、とは思いたくない。きっとそんな年だったのだ。うん。そうだ。そうしよう。


「別に現実逃避しなくてもいいじゃない」


 現実逃避じゃない。冷静かつ客観的な境地からだ。


「根拠が境地になってるわよ。まあ、あれだけ吸引具を創れば境地にも達するけどね」


 吸引具コピーから解放されたリリーが深いため息をついている。


「大儲けだったからいいじゃない」


 吸引具の売り上げ帳簿を見て嬉しそうなミューリー。このねーさん、吸引具販売で商人としての才能を開花させた感じだ。


「噂が広がれば他の都市からも買いに来るわよ」


「……それはイヤ……」


 毎日のように雪を吸っていれば人の目に止まるもの。雪に苦しんでいるなら欲しいと思うもの。ねぇ、それ売ってくれないかしら? なんて言うオバチャンがやって来た。


 あ、これアカン流れや。とは思ったけど、人は欲望に忠実な獣。拒否することができなかった。


 だが、欲望を制してこそ人である。悪い流れを良い方向へと変えるべく、吸引具を銀貨四十枚と設定し、魔石で動くようにして売り出した。


 だが、オレの思惑など斜め上を飛び越えていった。


 冬だからと言ってまったく流通がないわけではない。少しながら雪の降らない都市から物は流れて、ダリアンナの町からも流れていくのだ。


 雪をはける魔道具がある。悪事でなくても良い噂は千里を駆けることを知りました。


 まず地獄耳な娼館のばーちゃんがやって来た。


「いいのがあるそうじゃないか売っておくれ」


 完全無欠に決めつけである。


「あんた以外、あんなとんでもないものを作れるヤツなんかいないよ」


 冷静かつ客観的な根拠であった。


 まあ、真実は横に置いとくとしてだ。世話になっているのだからと承諾したら、百個も要求して来た。しかも、金貨三百五十枚に値切るんだから容赦ねー。


 ちなみに、銀貨十枚で金貨一枚になるらしい。詳しくは知らん。オレの中ではイモが基準になってるから。


 それでも金貨三百五十枚。ボロ儲けと喜んでいたら、息を切らしたじーちゃんと孫登場。二百個欲しいと無茶を言う。


 どうしてもとごねるからラオ村が欲しいと言ってやった──ら、自分の統治にして孫を管理者とすると約束してくれた。


 もうイヤとは言えない。悪魔に魂を売ったかのように要求されるがままに四百個。オレの冬は吸引具を創るだけに終わった。


「まるで自分が創ったように語ってるけど、八割わたしがコピーしたんだからね」


 言わなければわからないのだから黙ってなさいよ。オレだって薬を創ってたんだからさ。


 邪神の揺り籠を破壊したことにより、オレのレベルは12へと上がった。


 ねーちゃんより上がったのはハーケンハイローが上位の魔物だからだろう。


 レベル12。ゲームなら小ボスを倒せるレベルだろうが、神が設定したレベル制はちょっと雑と言うか、甘いと言うか、能力が高くなり過ぎてる感じがするのだ。


 今のオレならたぶん、シルバーにも勝てるんじゃないかってなくらいに肉体能力が上昇してたりする。


 これ、メッチャ不便。茶碗を握り砕くとか歩く凶器である。恐くてなにも触れんわ。


 なんとかせんとアカンと、服に負荷をかけたが、鋭くなった五感抑えるには苦労したよ。


 メガネをかけたり仮面をつけたりヘッドホンをつけたりと、リンが変になったと大騒ぎだわ。


 考えに考えて、身体能力低下の腕輪を創ってなんとか乗り切ったよ。


 で、魔力だ。もちろんのごとく魔力も急上昇。たぶん、イモを三十万個出せるくらいだろう。


 ……ピンと来ないとか言わないで。オレもピンと来てないのだから……。


 なんにせよ、魔力が増えてなによりーーとならないのがオレの人生。増えたら増えたで厄介事が全力ダッシュでやって来るのだ。


 吸引具を創ってると、町で風邪が大流行。なんとかしてくれとマーレねーさんがやって来たのだ。


 医者に診せろよ。診せた? わからないって? それを七歳児に言うなや。知らんがな。こっちは疲れてんだよ。


 なんてごねてたら再度、じーちゃん登場。なんとか頼むと泣きつかれてしまった。


 なら、自由貿易都市群内で獣人やエルフ、ドワーフの戦奴、奴隷を禁止をする法案を作れと無茶を言ってやる。


 さすがに押し黙るじーちゃんだが、風邪が深刻なのか、苦渋の末、作ると約束した。言っとくけど、期限は一年。できないときは金貨二万枚。どうよ?


 さらに苦渋を見せるじーちゃん。どうせやってますアピールして誤魔化そうとしてたんだろう。


 十数分もの思考を経て、承諾した。


 では、この契約書に署名を。あ、不履行はなしよ。悲しいことが起こるからさ。


 そうそう。契約書を十枚ほどあげるから好きなように使ってよ。署名した方には薬を売ってあ・げ・る。


 で、じーちゃんが快く署名してくれました。


「魔女め、って顔してたわよ」


 天使のように微笑んだのに悲しいわ~。


 約束したなら誠意を示すのがオレ。町に出て風邪がなんなのかを鑑定する。


 やってみてビックリ。これ、邪神の呪いだわ。


 魔物だけじゃなく、こんなこともしてくんのかよ邪神ってのは。これは消しても発生源がわからないことには根本的な解決はしない。


 そんなの探している暇はないな。ならば、呪いに抵抗力をつける薬を創ったほうがいいな。エイ、ヤー、トーと樽単位で創る。


 自由貿易都市群全体で流行ってるのか毎日ダースで出荷されるこの繁忙期。児童相談所があれば駆け込みたいくらいだったよ。


 なんとか解放されたのか昨日。まったく、最悪な冬だったぜ。


 はぁ~。災害竜相手するまでゆっくりしたいもんだぜ。


「リンって、邪神に向けてフラグが立てるの上手よね」


 そんなフラグ立ててねー!

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