第6話 アハーンウフーン

 オレたちが住むところから町までは三百メートルくらいある。


 三歳の身なので町に行ったのは数えるくらいで、行った先は宿屋の裏。表町がどうなってるかはまったく知らないと言っていいだろう。


 まあ、それでも賑わいがあるかないかくらいはわかる。


「今日は静かだな」


 午後だから、裏まで表の賑わいは聞こえて来なかった。


「隊商が来てないからだろうね」


 来るのは夕方だろうし、今は嵐の前のなんとやら。凪の時間だ。町に来るにはちょうどいい時間帯だ。


 宿屋に来たのはエールを売ってもらうためとかーちゃんに客が来たことの報告である。


 本職でないかーちゃんは、宿屋の手伝いで日銭を稼いでいるのだよ。


「あたしはエールを買って来る。リンはかーちゃんに言って来て」


 三歳児に告げろとか酷なことを。とかは今さら。かーちゃんどこ~?


 広くもないのですぐに発見。洗濯してました。


「かーちゃん」


「ん? リン。どうしたんだい?」


 かーちゃんはたぶん、二十二歳くらい。西洋系の顔立ちだけど童顔で少女でも通じるだろう。肌艶も十代で通じ、脱いだらスゴいんです、ってヤツだ。


 まあ、貧乏なクセにいい体かと言うと、オレの手のひらの創造魔法で男のアレを生命エネルギーに変換させてるからだ。


 ……なんか、サキュバス化してんじゃね? とか思わなくはないが、まあ、オレたちが生きるために必要なこと。笑って受け流せ、だ……。


「客来た」


 ねーちゃんには普通に話すが、かーちゃんには片言でしゃべっている。娘が異常とか可哀想だからな。まっ、親孝行だ。


「そうかい。金持ってそうだったかい?」


 母は強し。金儲けと割り切ってます。


「うん。エール飲むって」


「そうかい。なら、いっぱい出させないとね」


 金のことだからね。邪推しちゃイカンよ、青少年諸君よ。


「夕方には帰れるから引き止めておきな」


「うん」


 万事お任せあれ。かーちゃんが出させる前にオレたちがいっぱい吐き出させるからよ。ケッケッケッ。


 小樽に入ったエールを買って帰ると、男が湯船に浸かりながら大イビキを立てながら眠っていた。


「効いたみたいだね」


 あの石には催眠効果も付属させてあったのですよ。男の知識と技術をコピーするために、な。


「ねーちゃん。すぐに漁らないの。そっちはかーちゃんに任せなよ」


 男の服を漁るねーちゃんを嗜める。


 金はかーちゃんが奪うのだからオレたちはその他を奪えばいいだけ。職業分担だよ。


「そうだった。ついやっちゃった」


 笑顔で言うことじゃないが、それだけ強かに育ったってこと。嗜めはしても怒ることではない。


「形から僧侶っぽいし、回復魔法とか使えたら助かるんだけどね。ねーちゃん、こいつの頭に手を乗せて」


「……触りたくないんだけど……」


 日に日に男嫌いが増してるな、ねーちゃん。


「男はゴブリンと思いなよ。いつも殴ってるでしょ」


 オレからしたらゴブリンを殴れる(触れる)ほうが信じられないよ。オレには無理だわ。あんなばっちーもん。


「それもそうね」


 と、男の頭に手を乗せるねーちゃん。どうやら男はゴブリンと認識、いや、ゴブリン以下と固定された感じだな。


「いくよ。頭が痛くなったらすぐ手を離してよ」


「わかった。やって」


 では、この男の知識と技術をねーちゃんにコピーする魔法をゆっくり発動しちゃって~!


 手のひらの創造魔法。


 これは物質も創り出せるし、魔法も創り出せる。ただ、問題は魔力だ。緻密になればなるほど魔力はかかる。オレの魔力では記憶を見るのが精一杯だろう。


 だが、そこは知恵の働きどころ。魔力がないのなら魔力を持っているヤツからちょうだいすればいいだけのこと。


 この男の魔力は結構なもので、文字や言葉、町での暮らし、近隣の事情、魔法などなど大量に情報を得られた。


「……回復、毒消し、破邪、これは光の魔法か……」


 ほぉ~。光魔法とな。男の顔色からは想像できん系統だな。いや、魔法に顔は関係ないか。理不尽だとは思うけど。


 かーちゃんが帰って来る頃には粗方の知識と魔法はコピーできた。ついでに男の生命力も、な。


「……あ……うん? 寝ちまったのか……」


 男が目を覚まし、ぼんやりしている間にかーちゃんが家へと連れていく。


 本人の生命力を活性化(寿命は縮むだろうけど)させたのでハッスルするだろうよ。文字通り、命を燃やしてね。


 今日は外で、正確に言うなら家の外に掘った避難場所でねーちゃんと一緒にご就寝。アハーンでウフーンな声も聞こえないので安らかに眠れましたとさ。


 朝、男は疲れた感じで去っていき、かーちゃんは艶やかな顔で見送った。


「リン。ナナリ。銀貨四枚も取れたよ」


 銀貨の価値はわからんが、冬を越すには銀貨十七枚は必要だったはず。そう考えればいい儲けと言っていいだろう。


「やったー!」


 と喜びを体で表してかーちゃんの働きに報いる。嫌悪しているねーちゃんの分もな。


「また来てくれるといいね」


「うん!」


 そのときはまた絞り取ってやろう。オレたちが幸せになるために、な。クフフ。

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