第3話 小悪魔的なカノジョ 前編

「なぁ、ちといいか?」

「んあ?」

「あ、悪ぃ、俺は野柴……」

「告られのせいだろ? 俺に何か用?」

「こ、告られって……モブだぞ? 顔も名前も知らねえのに、そんな異名を付けられる謂れは……」

「異名じゃなくて事実な。そう怒るなって! アレだろ? その告り女子について聞きたいんだろ?」

「まぁな。どの子がそうなのかと、名前とか知ってたら教えてくれ」


 頼れる奴が見事にいない以上、致し方ない選択だな。

 1年で同じクラスだった奴等が知っているとも思えないし、初顔な奴に聞くのが手っ取り早い。


「しゃあねえな。椎名しいな真彦まひこだ。椎名でいいぜ」

「椎名って名前か、なるほど」

「ちげー! それは俺な。彼女は……うっ!? いや、俺からはやめとく。それはそうと1年の時、同じクラスだったぜ?」


 よし来た、ビンゴ!

 やはり男のダチを作っておくべきだな。


 初日のモブ女子に告られた後、何の進展……進みようが無かったが、今朝出会った女子がどうにも怪しいと踏んだ俺は、なりふり構わず席近くの男に渋々声をかけるしかなかった。


 同じクラスなら、名前くらいは把握しているだろう……そう思っていたが、名前を教えるつもりは無いのか、自分の席に戻ろうとしているようだ。


「って、おい。椎名。彼女がどの辺に座ってるかだけでも教えてくれ」

「……近くにはいない。てか、聞きたきゃお前が聞け。告られてんだから、楽勝だろ?」


 俺と椎名の席は廊下側の壁際に位置していて、嫌だったけど前の方に座っている。

 今の反応を聞いて察するに、近くにはいないと判断出来るが、今朝に会った彼女の姿と顔を探すのは、決して楽じゃない。


 難しさを物語るのが、教室の広さと真ん中に集中している女子列だ。


 いくら何でもジッと見つめまくると無駄な感情を抱かせかねないのだが……そう思っていると、その列の中でひと際目立つ女子を発見する。


 ――というより、椎名とのやり取りをずっと見られていたのか、彼女は頬杖をつきながら俺を見つめていた。


 今朝は力強い腕に気を取られていて、彼女の全体像を見る余裕が生まれなかったが、ちょっと離れた所でも見える程の素肌と、小顔な彼女に似合い過ぎなポニーテールに、思わず見惚れそうになった。


 そしてどうやら、モブというワードに囚われていた俺の認識を、すぐに否定しなければならないほどの美少女であるということが分かってしまった。


「野柴。彼女は手強いぞ。1年の時点で、かなりの野郎どもが撃沈してる。そんな女が自分から告るとか、何か企んでるのは違いない。美少女だからって、性格がいいとはマジで限らねえ」

「そうなのか? 普通な俺に何でなんだろうな?」

「さぁな。情報はいくらでもくれてやるが、俺を頼るなよ? マジで」


 どういうわけか、椎名はビビりが進攻中らしい。

 少なくとも今朝の時点ではそんな感じでは無いし、何より俺の命の恩人だ。


 休み時間になるのを待って、彼女が座る席に近づいてみることにする。


 授業中は多分ちゃんとした姿勢で聞いていたはずだろうけど、俺が近付こうとするとすぐにまた片手で頬杖をついて、俺を上から下まで観察し始めた。


 告られの時と同様に注目を浴びる前に、さっさとお礼を言いに行くべきだな。

 幸いにして、彼女の周りには女子も男子もウロチョロしていない。


 行くなら今しかない。


「け、今朝はありがとう! 君だろ?」

「何のこと?」

「な、何……のことって、君は俺を知ってるよな? 告った張本人だし……」

「……せいくん。どうしてわたしを知りたいのか、答えられる?」

「いやっ、君から俺に告っただろ? 初日に。モブだ何だって言ってたけど、見覚えがあるし君は俺を知っているし」


 何だ? 実はこの子じゃないのか?


 しかし椎名によれば、間違いなく彼女が俺に告白をした女子であり、俺の名前を呼び捨てしているわけだし、人違いじゃないのは確かだ。


 それなのに近付かせといてこの態度は、どういうつもりがあるのか。


 最初から気がある素振りというか、好きですなんて言って来たくせに、俺が近付くと途端に自分を明かさなくなるとか、彼女はまさか……小悪魔的な女子なのか?


「は、初めての初めまして……それは覚えてるんだけど、それは合ってる?」

「知らない」

「う、嘘だろ!?」

「……そろそろここから離れてもらってもいい? 休み時間終わるから」

「うぅ……ごめん」


 なかなか厳しい言葉だし、叱られているような感じだ。

 なまじ美少女なだけに、反論すら出来ない。


 すごすごと自分の席に戻ろうとすると、甘え声で聞こえて来たのは……。


渚沢なぎさわこころだよ、せいくん」

 驚いて振り向こうとしたら、すでにチャイムが鳴っていて、急いで席に戻るしか無かった。


 彼女から名乗ってくれた。

 しかし小悪魔的女子なのは間違いなさそうで、俺から声をかけるのは常に緊張が走りそうだった。

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