第2話 命の恩人的なカノジョ
「おはよ、せい。真面目じゃん? 偉い偉い!」
毎朝いつものように、構いたがりでツンデレな姉が、俺いじりな声掛けと髪をわしゃわしゃするために顔を覗かせる。
「止せって! いつまでもガキ扱いすんなよ。高2よ、俺」
「ガキじゃん! そんなせいから見て、姉であるあたしは?」
「早く生まれただけのガキ」
「んだとこらぁ!! 口の減らないガキが! お前なんか、車線はみ出したバイクに轢かれて小指でも痛めればいいんだ~~! バーカ!」
「ひでぇな。とりま、行って来る。すねてっと、可愛いくねえぞ?
「早く行け、おタンコなす!!」
「まだその文句使ってんのかよ」
実の姉である萌こと、野柴萌は自宅から大学通いをしている怠け者……いや、言い過ぎか。
口は非常に悪いが、姉弟の仲を保とうとしている美しき姉だ。
そんないつものやり取りをしていた今日の朝。
モブ女子から告白された日から、三日くらい経っているが、恋に繋がるイベントは現時点で起きていない。
本当にアレは何だったのだろうかと、悪夢にうなされ……るほど、自称モブ女子の顔に心当たりがないのが救いだ。
週末に近づいているそんな晴れた日。
美しき姉である萌をバカにした罰当たりなのか、マジで真面目にお高そうな車が、俺を目がけて向かって来るじゃないか。
おいおいおい、あんなのいつものやり取りであって、死亡フラグ立てた覚えは……。
『キキキー!!』
ブレーキオイル漏れか、運転スキルが足りなかったのか、俺のすぐ目の前まで突っ込んで来た。
恋の始まりを感じることなく逝くとか、そりゃひでえよ神様。
――なんてことを声に出していたら、どこからともなく力強い腕が俺を抱え上げ、素早い身のこなしそのままに、車という脅威から離してくれた。
こんな力強い腕に抱きかかえられるとは、どこのマッチョなんだ。
「ふぅー、大丈夫?」
「た、助かった……って――!? お、女?」
「はいっ、わたしは正真正銘女の子です! そういうあなたは、せいくん!」
「ど、どうして俺の名を……? ん? 見覚えがあるような無いような……」
「その前に……お姫様抱っこから、解放しちゃいますね!」
「い……っ!?」
全く周りを気にしていなかったが、ただでさえお高そうな車が朝っぱらから自損事故とか、野次馬だらけにならない方がおかしい。
しかもよりにもよって家の近くで起きたせいで、萌が野次馬ってるじゃないか。
何だかんだで弟大スキーな姉にこんな姿を見られたら、それこそ生きて帰れなくなる。
「うおぉう!! ええーと、キミ! アレだ! この近くに砂場があるからそこへ……」
「ぁ……」
「へっ?」
「あ、の……あのあの、わざとじゃないですよね? さ、さっきから無意識に、そのぅ……」
「うわたぁっ!? ご、ごめん……も、もちろん意識してじゃないから、安心して……」
未遂じゃなくてすでに触っときながら、安心も何も無いと思うが。
触れていたのは彼女の腰の辺りだったが、あんなに力強い腕をしていて腰は華奢とか、ギャップ萌えすぎる。
人けの無い砂場に連れて来たのも、決してそういうことじゃない。
「あー……ありがとう! キミがいなければ俺は間違いなく、逝ってた。命の恩人だよ、マジで!」
「わ、わたしもびっくりしちゃいました。そろそろいいかなぁ……なんて思って、せいくんに会いに来たとこに、まさかのアレでしたもん! 早速お役に立てて、バッチリ印象付け出来ました!」
「……会いに来たって? お、俺に? どこかで会ったかな? 制服が同じな時点で、同じ学校ってことくらいは分かるけど」
「えっ、そ、そうですかぁ~……あはっ、き、急にポカポカして来ました」
見覚えがあるのは確かだし、俺が言った言葉に反応してか、照れて恥ずかしがる仕草……パタパタと顔周辺を手で扇ぐのとか、それを隠すような声なんかは可愛さのセット売りとも取れるぞ。
そうか、可愛いっていうのはこういうことか。
この子の仕草と恥ずかしがる声は、誰かに甘える時の声に近いし、幼い声だ。
目はクリクリとして大きい目、舌唇が少し大きめだけど、照れた時にも見せたぷっくりとした頬の小顔な丸顔は、癒し系な感じに見えた。
「――っとぉ、そろそろ学校に向かわないと、ギリ遅刻ですよっ! せいくん、行こ?」
何だか知らないけど可愛いし、気になってしょうがなくなる。
しかしどういうわけか、命の恩人な彼女からは自己紹介めいたものが聞こえて来ない。
俺の名前は知っているのに、一体どういうことなんだ。
「せいくん、命の恩人とのひと時を一緒に過ごしただけですから、わたしの名前を知るよりも、命があって良かったことを噛みしめませんか? ねっ?」
「き、きみがそう言うなら。でもおかしいな、どこかで会ってるのに……名前すら浮かんで来ないなんて、本当にごめん!」
「いえいえ~。まだまだこれからですよ? でも、次からは容赦なく進んじゃいますからね?」
「んっ?」
「足は平気ですよね? 急いで行きましょ~!」
「りょ、了解」
ここまで可愛い子なのに、何で名前が出て来ないんだ。
絶対会っているのに……しかしまぁ、今回は命の恩人的なカノジョに感謝しかないな。
同じ高校ならまた会えるだろう……とにかく今は急ぐか。
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