§ そにょ8 ☆ジョー・ダンテ監督は冗談て!? だしアフォガードは阿保かとだ☆

「こんにちは、ママ。少し遅くなったがホワイトデーでちょいと作らせてもらった。店のお好み焼き用の鉄板で焼いたから、香りが移ってるのは勘弁してくれ」


 そう言って俺はビッグママに紙袋を手渡した。

 片手に収まりそうな小さなヤツだ。

 ママは袋を開けてのぞき込むと俺に返答。


「手作りのクッキーかい。おかしなモノは入ってないだろうね」


「毒味してやろうか?」


「冗談だよ、ありがとうさん」


 そう軽く礼を言って、クッキーをひとつ口に放り込むママ。

 そして「確かにちょいとお好み焼きの匂いがしてるね」とつぶやくと、受付役をやってたブランに叫ぶ。


「コイツを休憩室の皿にあけておきなブラン! からの貰い物だってメモ書きも添えてね!」


 そのママの言葉に、受付役をやっていたブランがすぐにこちらへ寄ってくる。

 マロニーではなく、表の顔のショウとしてなのを強調するママの言いかた。

 俺がショウとして作った物なら、変な物を入れて店の名に泥を塗る真似はしないとの意味だ。

 やってきたブランも紙袋を覗き込んで言った。


「あ、昨日さんざん苦労しとったクッキーやん。何とか形になったんか、ショウ?」


 そして手を袋に突っ込み、クッキーを取り出し口に入れる。

 すぐにブランは少し渋い顔をした。


「なんか少しソースと豚肉の匂いがすんな。あ、でも食感はエエ感じになっとるやん」


「生地の混ぜかたがすくな過ぎてもダメ、おお過ぎてもダメやからな。納得のいく混ぜ具合を見つけんのに苦労したよ」


「フェットチーネさんには、出来たらこれ渡さんときや。気にしはらへんやろうけど、ちゃんとクッキーの香りさせたらんと可哀想やで」


「……途中で俺もそれに気付いたから、フェットの分はフライパンで焼いたよ」


 ブランは俺のセリフを聞きながら、もうひとつクッキーを口に放り込む。

 そして紙袋の口を閉じながら俺に返事。


「なんだかんだで、ショウって結構こういう所マメやよなぁ」


「母親と最初の彼女に、さんざんこの手の事で振り回されたからな。特に母親」


「あ〜……」


「母親の誕生日、父親の誕生日、父と母が出会った日、両親が夫婦になった日、他にも細々こまごまとした何かの記念日にかこつけて母親を祝福して感謝をささげさせられたよ。忘れたらヒステリックに八つ当たりされてたな」


「うわぁ」


「自分の誕生日が、産んでくれた母親に感謝する日じゃなくて、皆が自分を祝ってくれる日だなんて、ミトラが生まれるまで知らなかったよ」


 思わず昔を思い出して、顔をしかめる。

 母親がミトラの誕生日を祝った日。幼い俺の心の中で何かがひとつ、また壊れた日。

 その後もミトラは祝われ続け、俺は母親に感謝を捧げ続けなければいけなかった。


 なぜ弟だけが。

 しかし周囲の者が言う『お前は兄なのだからそれが当たり前』の言葉と共に、無理矢理に押さえつけられたその気持ち。


……駄目だな、まだ何かの拍子に過去のトラウマがよみがえる。

 俺は頭を軽く振って過去の呪詛じゅそを消し去った。

 ママはそんな俺の様子に気が付いたのか、軽い調子で話しかけてきた。


「まぁ、そういうマメなやつはそれだけで好感を持たれやすい。母親に感謝はしなくても良いが、そのマメさは誇りにしても良いと思うよ」


「ありがとうママ。そのふくよかで魅力的な美しい外見だけでなく、精神性までもが気高けだかいのが完璧だ」


「はぁ、本気で言ってるのがタチが悪いんだか良いんだか。その最低なネーミングセンスといい、お前さんの世界のエルフは特別変わってるよ」


「いろんな人に同じ事をさんざん言われたが、こればかりはな。それに俺に言わせたら、この世界は食べ物の名前に古神聖エルフ語が使われ過ぎだぜ」


「それがネーミングセンスが壊滅してるってんだよ。お前さんが刀の紅乙女に、最初に付けようとした名前がいまだに忘れられないよ」


 ママのその言葉にブランが反応した。


「え? ショウはどんな名前にしようとしてたん? なんか聞くの怖いけど」


 ママに限らず様々な人から名付けの才能をけなされている俺。

 なので、やや憮然ぶぜんとした表情で言った。


「ハギノツキ・ウナギパイ・ナマヤツハシ・アカフクモチ・シロイコイビト・イマガワヤキ。こちらの世界の言葉に訳すんなら『秋と冬が混じる刹那に紅に染まる森の木の枝たちの如き麗しき乙女』って意味だ」


「紅乙女って名前になったのが奇跡やな」


「この世界にだって、言語が変われば違う意味に取れてしまう発音だっていくらでもあるやろ」


「例えば?」


「酒の焼酎とか、最初は“しょっちゅう”と聞き間違えていたな。ジン酒も◯◯ジンとか聞いてどこの国の人かと思っていたし。中国人アメリカ人みたいに」


「でもどんな言い訳したって、いまショウが立ってるのは日本の地やで」


「ぐ……」


 ママも、そんな俺たちのやり取りを見ながら溜め息をつく。


「まったく、異文化コミュニケーションってヤツは難しいねえ」


 そこへ、顔を真っ赤にしたクラムチャウダーが飛び込んで来た。


「たたたたたた大変や、大変! 大変な事が起こってしまったわ!!」


 うむ、こんな時のこいつの「大変」は大した事じゃ無い。

 ブランもママもそれを知ってるから、冷ややかな顔でクラムを見ている。

 ブランは紙袋の口を開けてクラムに突き出すと、なだめるように言った。


「まあまあクラムちゃん、ちょい落ち着きぃな。ショウが作ったクッキー食べる?」


「……食べる」


 クラムも紙袋に手を突っ込んでクッキーを取ると、口に放り込む。

 ボリボリと噛み砕いて飲み込むと少し落ち着いたようだ。


「……なんか少しお好み焼きの匂いがする」


「試作品だ。大目に見てくれ」


 タイミングを見計みはからって、ブランが彼女に訊ねる。


「そんで、何が大変やのん?」


「そそそそやそや! 私、アルバイトに雇ってる男の子から愛の告白をされてん!!」


「「「はぁ!!!?」」」


 いつものように大変ではなかったが、ある意味とても大変な事を報告された。





「いやあ、やっぱり女の身ひとつで仕事するんは大変なんですよ。だから力仕事やってくれる男手おとこでってすごく有難いし、すごく感謝してるんよ」


 とりあえずそう前置きするクラムチャウダー。

 どう反応したら良いのか分からないので、黙ったまま聞いている俺たち。

 だがそれに気付かずに彼女は話し続ける。


「それにあの男の子、見た目が私の好みにドンピシャなぽっちゃりさんやろ? お弁当作ってあげたり、さりげなくボディタッチしたりして私の気持ちを伝えようとしてたんやけど」


 ブランがツッコミを入れかけるが、かろうじて口を閉じた。

 クラムチャウダーもひと息つくと、胸に手を当てて深呼吸。

 そして意を決した表情で続きを話す。


「そんでイマイチ私の気持ちが伝わってない様子やし、思い切って言ってみてん。『きみのルックス、私の男の好みにどストライクやねん。好きやで、君のこと』って」


「お、おお……。見た目の好みはともかく、思い切ったなクラムちゃん」


 ついツッコミ混じりにそう返すブラン。

 しかし大きな決断を告白したせいか、心ここにあらずといった面持おももちでクラムは話し続ける。


「そしたらさ、彼が急に泣き出して私に返事をしてくれてん。エルフ語で」


 あ、なんかこの話のオチが読めてしもたぞ。

 クラムが次に言ったセリフは、そんな俺の予想が正しかった事を証明した。


「『好きです付き合ってくださいコレナンテギャルゲ』って」





「……クラム、さすがの俺でも分かる。ソイツそんなつもりで言った訳じゃないと思うぞ」

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